Influence 後編
住宅街から、市道に出ると。
両脇に、等間隔で立つ街灯が。
脇を過ぎ去る車や、対向車を照らしている。
着々と目的地に近づいている事を示す、道路標識の看板。
高架下、橋の上を通り過ぎ。
路なりに、タイヤを進め。
――――と、何度目かの信号待ちで。
首だけ動かし、背後の神楽に。
「――――寒くねえ?」と、問い掛けると。
「平気です」と、返事。
「先生の背中、暖かいですね〜。――――何か・・・寝ちゃいそう」
『寝ちゃいそう』の言葉に、思わず身体を左右に動かす。
「おい、こら!寝るな!寝たら、座席から落ちっぞ!
地面に脳天を直撃しちまうぞ!」
「――――冗談ですよ」
欠伸を堪えた様な、返事が耳に届き。
・・・・・あながち、冗談でもねえんだろが。
信号が、青に変わりそうになったので。
再度振り向き、口を開く。
「――――もうじきで、着くから」
「了解♪」
赤信号から―――青信号。
再びアクセルを吹かし、二輪を転がす。
目的地までは、あと少し。
視界が開けた、路の先に。
徐々に姿を現す、夕刻の海。
灯台の灯りは、明暗交互に点されている。
「ご希望の場所が、見えてきたぜ」
「ホント?」
潮の香りが風に乗り、鼻腔を擽る。
「ホント、香りがすんだろ」
「あ、ホントだ」
少し高めの防波堤近くに辿り着くと、べスパを止めれば。
暗くなりかけた海と空が、オレ達を出迎えた。
ライトを消し、メットを取り。
キーを外して、スタンドを立てる。
オレの後に続いて、神楽もメットを取り外し。
「有難うございます」と言って、シートから降りた。
お古のメットを受け取り、シートを開け。
中に入れて、勢い良く閉め。
「――――ほんじゃ、神楽君。どうされますか?」
神楽はメットで少し乱れた髪を、手櫛で直すと。
「よっと」
突然防波堤に両手を着いて、軽々とジャンプし。
片足を掛けて身体を持ち上げ。
一旦立ち上がり、腰を下ろすと「センセも!」と。
左手でコンクリートを、何度か叩く。
・・・・やれやれ、オレスーツなんですけど。
右手で軽く、頭を掻いていたら。
「あれ〜?体力的に、ちょっときついですか?」
からかい口調で、そんな事言ってきやがった。
「ばあか。お前、オレを舐めんなよ?こんなのお茶の子さいさいだっての」
・・・・の筈だ。
多少コートと、スーツで動きにくいが。
「とっ!」
両手を着いて、勢い良く両足を蹴る。
神楽と同じ様に、片足を掛け身体を持ち上げて。
防波堤に二本の足で立ち、ゆっくりと腰を沈め胡坐を掻く。
「どうよ?」
ポケットからタバコを取り出しつつ、口に咥え。
「――――疲れた顔・・・してません?」
「気のせいですう。お前の両目は、節穴ですか?コノヤロー」
左手で壁を作りながら、火を点す。
先端に白煙が立上り、独特の香りが漂う。
海を挟んで両脇には、陸続きを示す灯りが点々としている。
―――この防波堤の下では、波がぶつかり飛沫を上げて。
たまに冷たい雫が、数滴顔に掛かり。
頭上を見上げれば。
星達が申し訳なさ程度に、輝いていた。
深く息を吸い、肺に煙を送り込んで。
間を置いて、紫煙を吐き出す。
視線を隣に座る、神楽に移せば。
「・・・・・・・・・」
じっとこちらを、見つめていたので。
「――――何すか?」
「・・・それ、美味しいんですか?」
人差し指を、タバコに向ける。
「―――まあ・・・・それなりに」
「どんな味?」
興味深々で、問い掛けられ。
思わずどう答え様かと、思案する。
――――どんな味って・・・聞かれてもなあ・・・・。
「ちょっこと、吸わせてくださいよ。興味合ったんですよね」
「――――おい!?やめ―――」
止める間も無く。
突然オレの口から、取り上げて。
フィルター部分が、小さな唇に運ばれた。
見様見真似で、息を吸い込んだは良いが。
「――――!ぐっ・・・ごおほ!ごほ!」
急に咳き込み、涙目で咥えていたタバコを離す。
やれやれと溜息を吐き、タバコを受け取りながら背中を摩り。
「ば〜か。お前みたいなお子様には、無理なシロモンなの。んで?どうよ。お初の味は」
「苦くて――――マズイ」
再び咥え直し、「そうだろ、そうだろ」と相槌を打つ。
十分咳き込み終えたらしく、落ち着きを取り戻した神楽が顔を挙げ。
「は〜・・・苦しかった。――――あ、でもこれって」
「?」
「『間接キス』、ですよね」
神楽の言葉を受け、初めて気付いた。
「――――そうとも、言うな」
この年齢になって、『間接キス』の言葉に。
一瞬でも動揺した、オレって一体。
内心一人突っ込みしていたら、「う〜ん」と両腕を伸ばし。
背伸びをする神楽が、こんな事を言い出した。
「な〜んか信じられない。先生とこうして、夜の海にいるなんて」
「・・・・おいおいおい。誰のリクエストよ?これ」
「うん?私だけど。ほら、もう卒業しちゃったし。
先生と話すの何か―――久し振りの様な気がして」
「んな・・・大げさな――――まだ幾日も、経ってねえだろ」
伸ばした両腕を下ろし、「そうなんだけど」と膝を抱えて笑った。
「そう言えば、先生。他の女子生徒達には、お返ししたの?」
「――――いんや。してねえ」
「うわあ〜。ちゃんとお返ししないと。来年から、貰えなくなりますよ?
そういう所はね、女子ってシビアなんですから」
「だってよお。あの後、袋の中身確認したけど。
多分あれ、ほとんどが『お情け』だぜ?」
紫煙を吐き出せば、潮の香りに混じって空気と同化していく。
「お情けじゃ・・・ないのもあると思う。―――先生、結構人気あったし」
携帯灰皿を取り出し、灰の部分を落として。
波音に耳を澄ませながら、両目を瞑った。
「そうかあ?その辺―――あんま気にしてねえからな。
まあ・・・別に良いさ。ただ一つ」
「え?」
再び煙を肺に押し込み、紫煙を吐き出すと。
「ただ一つだけ・・・貰えりゃそれで良いから」
閉じていた両目を開き、横目で神楽を見やる。
顔だけをこちらに向けて、首を傾げ呟く。
「一つ・・・だけ?」
オレは右手を、小さな頭に乗せて。
一瞬息を止め、吐き出す様に言葉を伝えた。
「て・・・事で、来年も頼むぞ?神楽」
「―――――ふえ?え・・・?私――――?」
驚愕の表情で、己に向かって人差し指を向けたので。
思わず、盛大に溜息。
も〜しもし?大の男が、恥じらいつつもよ?
お前の名前を、出したってのに・・・そりゃ無いんじゃない?
「今この場で『神楽』と言う名を持つ女が、他にいますか?ん?」
「・・・でも、何で私なの?」
海風に吹かれ、神楽の細い髪が顔に掛かる。
それを邪険に払い、片手で抑えながらの質問。
――――今更、隠してもしょうがねえか。
短くなったタバコを、携帯灰皿に押し込んで。
「・・・お前が、初めてだったんだよ。一昨年のヴァレンタインで」
「?」
「――――こんな『反面教師』に、チョコをくれようとした物好きな奴。
大抵の女子生徒なんか、オレみたいな教師には目にもくれなかったし。
まあ『セクハラ教師』なんて呼ばれる男に渡そうなんざ・・・思わねえよな、普通」
「『セクハラ教師』はともかく―――『反面教師』では、無いと思うけど」
『セクハラ』の四文字は、肯定デスカ―――まあ別に良いけどね。
新しいタバコを取り出して、再び口に咥える。
「――――どうだろな?」
受け取りかたは、人それぞれだ。
「・・・だから。正直―――お前がチョコを、くれようとしてるのが分かった時。
なんつうの?柄にも無く喜んだ訳よ。初心な少年野郎みたいに?
――――なのに」
両目を吊り上げ、神楽を見据えると。
「へ?」と、間の抜けた表情。
「へ?じゃねえよ。気付かない振りしながらも。
いつ渡されんだ?って・・・準備万端で構えてたんだよ?こっちは。
それが―――綺麗にスルーだよ?しかも2年間。
オレの手に渡る所か、お前の胃の中に入っちゃうし」
「そ、それは―――!」
反論を唱えようとする少女に、喋る暇は与えず。
「―――オレが口実作ってやんなきゃ、今年もスルーされてた訳だろ?」
「口・・・実・・・?――――あ!あん時の、『放課後』の時!?」
今頃気付いたんですか。
もう・・・お前の鈍さに、グラス掲げて乾杯してやりたい。
「で、でも!放課後と言う時間枠を利用して、先生に――――」
「いんや。オレが機転を利かせなかったら、渡してなかったと思うね。」
きっぱり言い切った言葉が、面白くないのか。
神楽は白い頬を、膨らませる。
「そんなの分からないじゃないですか!大体何でそこまでして―――」
そう―――何で、こんなに拘る必要があんだって。
自分だって考えたさ。
てっきり、悩むモンだと思ったけど。
――――答えは案外、簡単に見つかった。
『初めて』ってヤツは、良い意味でも悪い意味でも。
『影響』を、与えてくれるモンだと。
そういや今まで教師やって来て・・・生徒を。
―――まあ元教え子だけど・・・意識したのって。
・・・・『初めて』かも知れない。
「『初モノ』は、手にいれないと。気が済まないのよ、オレ」
「・・・・・・・」
答えに納得していない神楽は、以前頬を膨らましたままだ。
「いつまでも、そんな顔してっと。『可愛いお顔』が台無しになるぞ?」
右手の人差し指で、柔らかな餅肌を突くと。
確かな弾力が、指先に宿る。
「よっく言う。――――可愛いだなんて、思っても無いくせして。
つうか・・・・これもセクハラなんじゃ、ないんですか」
いつまでも突いているオレの指を、左手で捕まえ。
2つの碧眼で、睨んで来る。
頬を突いた程度で、セクハラ扱いとは手厳しい。
「もう生徒じゃねえじゃん。『元生徒』だろ?」
「元教え子だからって、馴れ馴れしく乙女の頬を突かないでくれます?」
―――――おや、まあ?馴れ馴れしいってか。
「ほんじゃあ・・・・。」
掴まえられた、指を振りほどき。
ダウンジャケットに覆われた、身体を引き寄せた。
「!?」
突然の事に、小さな顔が上がり。
大きく開かれた2つの蒼い瞳は、オレの姿を映し出す。
「『教師』と『元教え子』じゃなければ、OKって事か?」
「は?な、何?それって、どういう―――」
訳が分からないと言った、神楽の態に。
唇の両端を上げて。
「オレの彼女になりゃあ良い。てか・・・なれ。拒否権無し。」
「―――――は・・・はああ!?」
突然動揺し始める、右腕の中の少女。
「か・・・かの・・・か・・・」
「あ〜・・・神楽君、落ち着きなさい。何を言いたいのか、さっぱりデス」
顔を茹蛸状態にしながらも、深呼吸をし再度口を開いた。
「い、いきなり何を言い出すんですか!しかも命令調って!拒否も出来ないって!」
「――――お前、オレの事嫌い?」
この疑問に蒸気が湧いた様に、更に顔が赤くなる。
お〜お、湯が沸かせそうな勢いだな。
「嫌いなんかじゃ・・・て言うか!そ、そういう事を言ってんじゃ無くて―――」
「じゃあ、別に良いじゃん。」
オレが発した言葉に、神楽は両目を瞑り溜息を吐く。
「先生が何を考えてんのか、さっぱり分かんない」
紫煙を吐き出し、先程の言葉を繰り返す。
「何言ってんだ、さっきも言ったろ?彼女になれって」
だが・・・少女は頷く所か、反抗して来る。
「反応が面白いから、からかってるだけデショ?その手には――――」
その言葉の先は、続かなかった。
――――と言うか、続けさせなかったと言った方が正しい。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
会話も途切れ、波の音が繰り返し聞こえるだけ。
同時に己の唇に伝わる、柔らかな感触。
重なった場所から、そっと離れ。
閉じていた両目を、ゆっくり開ければ。

驚きで碧眼を大きく開いた、神楽の顔。
鼻先と鼻先が、触れ合う距離。
右手で白く肌理細やかな頬を、優しく触れた。
「いい加減な気持ちで・・・言ってるんじゃねえぞ?」
当たり前だ―――オレの気持ちだって、『三年分』積もってる。
生半可な想いで『彼女になれ』なんて、口に出すか。
障壁になってた、『教え子』も無くなった今・・・遠慮なんか、しねえ。
「・・・ずるいよ、先生」
両頬を赤く染めて、整った眉を八の字にさせ。
碧眼を潤ませながら、上目遣いをして来る神楽。
――――いかん・・・この表情は、反則。
「理性理性理性理性――――」と胸中で呪文を唱え、離していたタバコを咥える。
「最初から言っただろ?拒否権は無・い・の。
今から神楽君は、オレの『彼女』デス」
この言葉に「強引だなあ」と、眼前の少女は噴出し笑った。
「・・・な〜んか、忘れられない日になりそう」
オレの右腕に、頭を預けて。
ぽつりと呟く、『恋人』に。
「―――いやいや。忘れられても、困るんデスケド」
・・・・と、真剣なツッコミを入れた。
真っ暗な海と空に、交互に光を照らす灯台の灯り。
先程よりも輝きを増した、頭上に織り成す星達。
海風に靡く紫煙と、鼻腔を擽る潮の香り。
空と海と風―――この自然達を証人とし。
オレ達は新たな『関係』として、一歩を踏み出した。
※ホワイトデーネタ銀神小説・・・・終わった。
案の定長くなってしまいましたが、お許し下さいませ。←ホントだよ。
最初は前後編でまとめようと、思っていたのですが。
どんどん文章が増えていき、結局7話まで・・・・ORZ←滝涙。
この様な小説に目を通して下さり・・・そして此処までのお付き合い、真に有難うございました。
※以前のブログサイトより抜粋。加筆修正あり(10/03/10)