BODY CALLING
風呂上りに。
―――長椅子から立ち上がった少女を、背後から抱き締めたら。
短い奇声を上げて、一瞬身体を硬直させる。
その次に顔を僅かに上に向かせ、眉間に皺を寄せて。
「銀ちゃん」と、淡い桜色した唇を開きいつもの声で。
己を捕らえて離さない、背後にいる男の名前を呼んだ。
少女の咎める視線に対し、オレは気付かない振りをする。
「―――――いきなり、どうしたアル?」
「うん?別に」
正直理由なんて、ありゃしない。
無意識に両腕が動き、少女を捕らえたのだから。
「別にで終わりかヨ。―――――て、言うか。寝るから離して」
「いやあ、離してやっても良いんだけどね?身体が言う事を、聞いてくれないって言うか」
離す所か、更に腕には力が篭る。
それは―――――まるで、吸い付く様に。
「じゃあ無理矢理にでも、聞く耳持たせてやろうカ?」
外見上では細い右腕をゆっくりと持ち上げ、開かせていた掌を拳に変える。
「そのグーは、何デスカ?神楽ちゃん」
「――――魔法の拳。これを鳩尾に入れれば、否が応無しに言う事を聞く羽目になるヨ」
――――つうかさ。それって、オレの身が危険だよね。
見せ掛けの華奢な身体から繰り広げられる、この少女の腕力は半端じゃあ無い。
下手すっと、オレの腹に見事な穴が出現する事になる。
「お前は、銀さんを殺す気か?このヤロー」
「大丈夫ヨ。痛みなんて、ほんの一瞬アル。その後は気を失って、横たわるだけネ」
なあんて台詞を、ドス黒い笑顔浮かべて放ってくれちゃうもんだから。
意地の悪い笑みを浮かべて、さらりと返答してやった。
「あっそ。やれるモンなら、やってみ?」
「――――――」
お前がオレに対して、そんな事出来る訳が無いって事は。
重々、承知しているんだよ。
自分でも分かっていたのか、少女は両頬を膨らませポツリと呟いた。
「―――何か、ムカつくアル」
右拳を下ろし、腑に落ちないと言った言葉に。
思わず唇の両端が、上がっていくのが分かる。
「何よ?そんなに銀さんに、抱き締められるのが嫌なんですかあ?」
「――――そんな事思ってないって、知ってるくせに。性質悪い男アルナ」
ぶっきらぼうな口調で、じと目で睨まれたが。
そんなモンで、臆する銀時様じゃあないっての。
「お褒めの言葉として、受け取っておこうか」
「――――で?寝ようとする私を捕獲して、どうするつもりネ?」
最早この状況を受け入れた少女は、盛大に溜息を吐く。
「おんやあ?それを言わせる気?」
己の唇を小さく容の良い耳元まで持っていき、低音で囁くと。
途端に白く透き通った肌は、微かだがピンク色に染まった。
「・・・・こんの、スケベマダオ侍」
「仕方ないデショ?神楽ちゃんの身体全身が、オレを呼んでるんだモン」
「はあ?何ヨ?それ」と呆れた表情を浮かべ、顎を思い切り反らせる少女。
こちらから見れば、何ともそそられる姿勢になっていて。
捕らえていた左腕を、ゆっくり持ち上げ頬に触れた。
親指と残りの4本を滑らせ、白く陶磁の様な肌を堪能しつつ。
2つの碧眼に吸い込まれる様に、身体を前に傾け顔を近づけていけば。
それを悟った少女は、長い睫を震わせながら瞼を閉じた。
――――今さっき、口にした言葉は嘘じゃない。
ほら――――コイツの唇が、こんなにもオレを呼んでいる。
唇と唇が触れ合う毎に、もっともっとと―――声が聞こえるんだ。
それに応えるかの様に、何度も何度も『熱』を注ぎ込んで。
名残惜しい感を漂わせつつ、ゆっくりと身体を起こせば。
一本の透明な糸が、オレと少女を繋いでいて。
「ほらな?神楽の唇は、オレを求めていただろ?」
「――――唇・・・・だけアルカ?」
しっとりと濡れた淡いピンクの唇が、上下左右に動く度に艶を放つから。
益々、頭の芯が痺れる感覚に陥りそうに。
「――――いいや」
今度は導かれる様に、耳から項へと唇を侍らせば。
擽ったそうに首を竦めながらも、湿った息を漏らし始める少女。
「あっ・・・・銀・・・・ちゃん」
――――――そう。頭の先から、爪先までが。
オレの名前を、ずっと呼び続けている。
それに応える様、丁寧に優しく。
――――『愛』を注ぎ込んで。