いつか――――この日が来るって、何度も頭では分かっていたのに。

・・・・・どうしてかな?いざその日が来ると思うと。

口にし難い感情が、否応無く湧き上るのは。





悲しい気持ち(JUST MAN IN LOVE





「―――もう、準備は終わったのか?」

蒸し暑さを感じさせる、真夏の夜――――。

己の寝室の窓辺に背を預けながら、入り口で佇んでいる女に声を掛けた。

「――――うん。そんなに、荷物も無いし」

・・・・・・そう言って。

女は畳みに右足を乗せ、足を交互に動かし。

オレの方へに、向かって来た。

「・・・・今日は、飲みに行かないアルカ?」

首を傾げ、唇の両端を軽く上げる女の問い掛けに――――。

頭上を仰ぎ、琥珀色の満月を視界に映しながら答える。

「不思議な事に、行く気分じゃねえんだよな。――――つうか、行けないっつうか」

「どして?」と、再度質問が投げかけられる。

女は腰を下ろしながら、反対側の窓辺にオレと同じ様に背を預けた。

「明日――――お前が、万事屋を・・・・地球を出るってのに。
朝帰りや午前様の状態のままで、いられる訳ねえだろが」

「そうネ。銀ちゃんと一緒にいられる、最期の――――夜だもんネ

両目を瞑って、両腕で膝を抱えて顎を乗せる同居人。

「飲みに行かれてたら、流石に切なくなって泣いてたかもヨ?」

「ば〜か。お前が、泣くタマかってえの。いつもみたいに、ぐっすり寝てるに決まってる」

「酷い、言い草アルナ。こんな超絶美女を、目の前にして

『何処に?』なんて、言い返しやしない。

実際年月を経て、コイツは――――自他共認める、良い女になった

出逢った頃の少女が・・・・此処まで変貌するなんざ、想像も出来なかったが。

「ねえ?銀ちゃん」

「ん?」

「私が――――いなくなったら、寂しい?」

何を、聞いてくると思ったら。

当然だろ?あんだけ、賑やかで騒々しかった生活が――――。

急に・・・・・無くなるんだからよ。オレ一人と、一匹になるんだから。

「・・・・・さあな」

だが決して、本音は言ってやらない。

「普通こういう時は、嘘でも良いから――――寂しいの一言くらい言えヨ!天パ!」

整った眉を吊り上げ、口調を荒げる美女に対して。

「あ――――寂しい、寂しい」と、応対してやれば。

急に勢い良く立ち上がり、捨て台詞を吐かれてしまった。

「もう良いアル!銀ちゃんの馬鹿!」

和室を出ようとする美女の手首を、咄嗟に捕まえて。

「!?」

驚愕した表情の女を、そのままこちらへ引き寄せた。

胡坐を掻いたオレの上に、華奢な身体がすっぽりと収まる。

「何する――――」

身を捩りこの場から、抜け出そうとする女を。

背後から両腕でしっかりと、捕らえる。

白く細い項に、顔を埋めて――――低音で本心を囁いた。

寂しいに・・・・決まってんだろ

勝手に万事屋に・・・・オレの背中に、乗っかり込んで来て。

『お荷物』だったのが、何時の間にか『特別な存在』に変わっていて。

少女から大人の女に変わる、その瞬間達を―――――。

一番間近で見ていたのは、このオレで。

胸中に芽吹いた感情に、やっと気付き始めたって時に。

―――――お前は、明日。

以前からの夢を叶える為に、傍から離れてしまう。

もっと・・・・傍にいて欲しいに、決まってんだろ

この言葉に――――捕らわれた女は、肩越しに振り向くと。

オレの名を呼ぼうと、口を開いた―――――が。

「ぎ――――」

最後まで、呼ばせなかった。

容の良い唇が――――オレの名前を、紡ぐ事は無く。

その変わり、お互いの唇の温もりだけが感じられる。

言葉も何も無い――――けれど、愛しい感覚。

名残惜しかったが、そっと・・・・唇との距離を取った。

瞑られていた瞳が、ゆっくりと開かれていく。

「ぎん・・・・ちゃん」

潤んだ碧眼に、薄っすらと艶のある唇。

扇情的な表情に、煽られるのは十分で。

「―――――そんな顔するなよ。止められなくなるじゃねえか」

神楽との接吻・・・・・これで、もう何も思う事は無いと。

必死に理性で、抑えていたのに。

「・・・・良いヨ。銀ちゃんになら」

意味が分かってて、そんな言葉を口にしてるんだろうか?

私と最期の夜――――過ごしてヨ

抱き締めていた両腕を、軽く解かされて。

くるりと身体を180度、反転させて再度密着させて来る。

背中に回された、両腕は微かに震えていて。

その震えを抑える様に、再び強く抱き締めた。

「――――良いんだな?本当に」

耳元でそっと、呟くと。

首を僅かに縦に振るだけで、言葉は出て来なかった。

――――そして、オレ達は。

『雇い主』と『従業員』の関係を、切り崩す為に。

満月の光に照らされた室内で、抱き合ったまま横になる――――。




神楽の口から漏れる、甘い吐息と嬌声。

今宵の証を示す、赤い痕跡。

肩や背中に感じる、愛しくて鋭い痛み。

抱き合う度に、蕩けそうな感覚――――。

綺麗な碧眼から、零れる透明な雫達。

時間が許すまで――――何度も、何度も味わう。

『愛』と言う名の、快楽を。

もっと・・・・・もっと。

視覚を―――聴覚を。嗅覚を・・・・触覚を、味覚を刺激して。

オレの五感全部を、刺激してくれ。

神楽

いつまでも、この日を忘れない様に。

夢で逢えたら、気持ちを通じ合えた時へ帰れる様に。

そして・・・・・。

愛しい女を、忘れてしまわない様に。

ずっと、己の胸に刻まれている様に。

愛している




何度も心で、声を上げ続ける―――――悲しい気持ち。




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