―――――あれから、幾年の月日が流れたのだろう。
居候兼従業員だった少女が、『万事屋』を旅立ってから。
瞳の住人
「ん――――銀さん!銀さん!?」
メガネの青年の声で、我に返る自分。
「・・・・・何だよ?」
若干身を乗り出し、心配そうな表情を浮かべている眼前の従業員。
「――――大丈夫ですか?体調でも、悪いんですか?何度も・・・・溜息吐いてますし」
・・・・・そんなに、溜息を吐いていたんだろうか?
自分では、全く気付いていなかった。
「――――いんや。別に、至って元気だよ」
「そう・・・・ですか?何と言うか・・・・やる気の無さが、更に増してる様な
――――何処と無く放心状態に、陥ってる様な・・・・・」
「やる気が無いだけは、余計なお世話だ!コノヤロー」
心配してんのか、貶してんのか・・・・どっちなんだ?コイツは。
「・・・・そう言っても。神楽ちゃんが、旅立ってから――――ずっとそんな感じですし」
「・・・・気のせいだろ」
――――ったく。見なくて良い所まで、見てやがって。
オレは視線を青年から逸らし、長椅子から腰を上げると。
和室兼寝室へと、足を向けた。
「少し・・・・横になるわ。依頼人が来たら、起こしてくれ」
いつもならこの言葉に。
『ちったあ、身体を動かせよ!昼行灯ばかりしてねえで!!』
と――――ダメガネの怒声が、背後から聞こえて来そうなものなのだが。
「―――――分かりました。じゃあ僕はその間、洗濯でもしてますね」
すんなりオレの台詞を受け取り、居間から立ち去っていく。
その様子を肩越しで、見送りつつ――――自身も室内へと足を踏み入れた。
『何度も・・・・溜息を吐いてますし』
己に向けられた、台詞が何度もリフレインされる。
よりによって、新八に指摘されるなんざ。
「こりゃあ――――思っていたより、重症って事なんだろうか」
思わず苦笑いが、浮かぶのが分かった。
――――アイツがいなくなって・・・・特に何ら、変わり映えもしないだろうと。
高を括っていたのだが・・・・感情ってのは、思ったよりも正直モンらしい。
窓辺に近寄り、壁に背を預けながら――――頭上を見上げる。
まるでペンキを塗りたくった様な、鮮やかな青色。
――――そして、存在を誇示する様に輝く――――黄金色の球体。
その青空を遮っていく、数多の銀河船達。
「本日も、快晴なり・・・・か」
数年経とうが、この景色が変わる事は未だに無い。
ただ『神楽』の名が付いた少女が、オレ達の傍から『
日常は変わらず――――過ぎていく。
「―――――平和だねえ。以前の喧騒だらけの日々が、嘘みてえだ」
複数の銀河船が、往来する青空を見続けながら。
・・・・・お団子娘の姿を、脳裏に浮ばせる。
―――――今頃、お前は一体。何をしているんだろうか?
何処かの『
あの禿げオヤジと、一緒に。
「――――連絡一つ・・・・寄越しやしねえで」
思わず此処にいない、娘に対して毒吐く自分。
あの空の――――大気圏の、もっと先の何処かに・・・・神楽はいる。
心地良い風に煽られながら、無意識に両瞼を閉じると。
『銀ちゃん』
少女の笑顔が、瞼の裏に――――浮かんだ。
幾年の月日が経っても――――決して消えてくれない。
オレの中に、居座っている酢昆布娘。
・・・・一緒にいる事が、当たり前になっていた。
それこそ、親子みてえな関係で。だけど、居心地はそれなりに良くて。
いずれは別れの時が来る――――オレの元を離れて、別の人生を歩んでいくと。
そんな事は、解りきっていた筈だったのに。
いざ実際に・・・・・離れてみれば、どうだ?
こんなにもアイツの存在が大きかったなんて、思い知らされる始末だ。
まさか、こんな気持ちを気付かせられるなんて。
想いが益々、募っていくのを感じさせられるなんて。
「――――もう一度だけ・・・・逢えねえかなあ」
瞼の裏に映る、酢昆布娘じゃなく。
『えいりあんはんたー』として、成長していると思われる。
『女性』となった、神楽に。
「・・・・・逢いてえよ」
―――――そしたら今度は、絶対離しはしないのに。
「戻って来いよ、神楽」
別れの際に――――口に、出せなかった言葉。
この言霊が、届けば良い。
風に乗って――――大気圏を越えて、銀河にいるアイツへ届けば良いのに。
「こういうのを、『恋焦がれる』って・・・・言うのかね」
もう一度・・・・両瞼を、閉じれば。
『銀ちゃん』と、名を呼び。
笑顔の花を咲かせている、神楽の姿が見えた。
月日が経っても、色褪せる事は無い
愛しい―――――瞳の住人。