冷たい無骨な指が――――私の手首を・・・・掴んだ。

それは突如として、男が行う仕草。

手首を掴んだ男の指は、力強く―――自分の領域へと私を、引き込もうとする。

重力に逆らえず己の足は、雇用主の部屋へと踏み出していた。

―――――ああ。また。

出口の見えない、終わりの無い夜が始まる。





豆電が灯る、和室内。

眼前にいる銀髪の男はいつもの様に、表情を読み取らせようとしない。

『死んだ魚の様な瞳』が、其処にあるだけ。

固く閉じられた唇は、決して言葉を紡ごうとせずに。

男は両腕を広げ、私を胸の中に閉じ込める。





ねえ?どうして?――――私を、求めるノ?





毎回聞こうとしても、言葉は喉元を通り過ぎて。

前歯で、塞き止められてしまう。

途端――――見慣れた天井と、豆電を灯す電気へと視界が変わった。

二人が重なったと同時に、衣擦れの音が発生する。

会話は、交わせれぬまま。

その代わり、お互いの鼓動音を感じるだけ。

―――――お互いの、熱くなった体温を感じ合うだけ。

『情事』と言う名の、肩書きを添えて。

銀髪男の愛撫に、私はただ快楽の階段へと導かれて行く。

刻まれたリズムに・・・・己の口から漏れる、嬌声と吐息。

覆い被さる男の、荒い呼吸音が時々漏れては。

それに呼応するかの様に、頭部から爪先まで電流が流れて。

―――――全身が、快感に溺れる。

うっすらと翳る視界に映るのは、自分を映す銀髪男の顔。

熱を帯びた瞳が、私を捉えて離そうとしない。

・・・・そんな瞳で、見ないでヨ。

もう――――戻れないじゃない。

どれだけ私を魅了すれば、気がすむノ?

どれだけ貴方を愛すれば、良いノ?





何て・・・・罪な男なのだろうか。





「――――――っ」

今までとは違う、強烈な感覚に――――。

思わず身体を仰け反らせれば、胸元にちりっとした痛みが一瞬走った。

もう何度も経験した・・・・この痛みを己は、知ってるのだ。

赤く彩られた小さな証は、今宵の二人をより深く繋ぎ止めるという事を。

激しく身体を揺さぶられ、休みなく連続で襲い来る。

苦しくて、それでも甘美な感覚に。

無意識に自身の瞳から、流れ出た透明な雫が。

頬に、一筋の軌跡を描く。

短く熱の篭った嬌声と淫らな衣擦れ音が、絶え間なく室内に響いて。

―――――羞恥も恥じらいも無い。

ただ男から与えられる、激しい熱を受け止めるだけ。

ただ男から与えられる、激しい唇を受け止めるだけ。





この男を、愛した。





それだけで、私は壊されていく。

「好き」も「愛してる」の、言葉さえ無い。

ただ欲望のままに、私を誘い――――快楽へと導くだけ。

『死んだ魚の様な瞳』と揶揄された、瞳に熱を帯びさせて。

端正な顔立ちに、幾つもの雫を宿らせ――――私に浴び散らせる。

――――そんな、貴方は。まるで。





美しい、悪魔。





私を虜にした、美しい悪魔よ。

貴方の望むままに、踊りましょう。

疲れ果てても、意識が無くなるまで。

貴方の望むままに、奏でましょう。

快感に酔いしれ、快楽に溺れる声で。

だから、貴方も――――。





私を愛して。

そして、壊れて。






見かけ倒しの細く華奢な手首を、徐に掴んで。

境界線となっていた、襖の向こう側にいた女を。

こちらの領域へと、引き寄せれば。

体重を感じさせない足取りで、居間から和室へと足を踏み入れて来る。

これから自分と、眼前の女に起こる出来事は。

出口の見えない、終わりの無い夜の始まりでもあった。





抵抗しない女の表情からは、何も読み取れない。

恐怖も・・・・侮蔑も、嘲りも無く――――。

沈黙を守り、ただ静かに目の前に佇んでいる。

真一文字に閉じられた口が、開かれる訳でも無く。

豆電色に染まった、二つの碧眼がじっと己を凝視していた。

・・・・まるで、何かを訴えるかの様に。

思わずその瞳に、呑まれそうになったオレは。

両腕を広げて、眼前の女を胸の中に封じ込めた。





―――――なあ?何故。お前は―――抵抗しない?





毎回聞こうとしても、まるで呪に掛かったかの様に。

唇は開いてはくれず、頑なに閉ざされたままだった。

―――――答えが、怖い。

そう・・・・怖さが、己の唇を凍り付けてしまっている。

この問い掛けに、胸中に囚われている女は・・・・何て答えるのだろうか?

抵抗もされず、拒否されぬ事を良い事に。





オレは今日も・・・・お前を、求める。





女の身体を、敷布へ組み敷くと同時に――――覆い被さる自身の身体。

沈黙が漂う中・・・・・微かな、衣擦れ音をさせて。

『着衣』の二文字を、取り除けば。

見事に調和された、女の身体が――――露になった。

触れれば・・・・陶磁の様な柔肌が、掌に吸い付いて来る。

唇で味わえば・・・・極上の感触が、舞い降りてくる。

――――そして。自身が施す触覚と、味覚に溺れた眼前の女は。

短く甲高い嬌声を、室内に響かせては戦慄いた。

それだけでも、艶かしいのに。

両瞼を閉じて、快楽の海に身を委ねていた女が。

うっすらと――――瞼を開け、こちらを伺っている。

僅かに眉を寄せ、瞳はゆらゆらと熱を帯び。

単発的な悲鳴を上げていた唇は、湿り気を宿して。

――――そんな、扇情的な表情をするなよ。

益々・・・・離したくなくなる・・・・じゃねえか。

戻れなくなる・・・・じゃねえか。

どれだけオレを、惹きつけて止まないんだよ?

どれだけオレを、捕らえて離そうとしないんだよ?





――――お前は、罪深い女だ。





こんなにも焦がれて、形容し難い感情。

『恋』とか『愛』の次元を、容易く超えている。

どうすれば?この感情を、口にする事が出来るのか。




先程よりも強烈な甘い感覚を、女に与えれば。

それに呼応する様に、自身にも跳ね返って来た。

美しく反り返った胸元へ、無意識に引き寄せられ。

其処へと唇を落とし、きつく吸い上げる。

決して幻では無く――――現実だと言う、証を。

今宵の二人が、深く繋ぎ合った・・・・赤い証拠。

組み敷いた女の身体を、激しく―――揺さぶり掛ける。

与え続ける快感の波は、自身にも降り注がれ。

知らず呼吸が、荒くなっているのが分かった。

更に絶え間なく室内に響く、女の熱を含んだ短くも連続な悲鳴が。

オレの鼓膜を刺激し、快楽へと押しやっていく。

完全に開ききった唇へ・・・・誘われる様に、自身の唇を塞いで。

理性も何も無い――――ただ己が、組み敷いた女を。

――――貪欲なまでに、求めている。

心も、身体も。

『神楽』という名を持つ、女の全てを。





この女に、囚われた。





それだけで、オレは壊れていく。

コイツ無しの自分は、絶対に有り得ない。

離れ様としても、決して離してやらない。

苦しそうに歪んだ表情とは裏腹に、光悦とした甲高い悲鳴。

激しく穿ち揺さぶられ、快楽の底へと堕ちる寸前の。

――――お前は。まるで。





美しい、悪魔。





オレを虜にした、美しい悪魔よ。

その美しい身体で、踊って見せてくれ。

快感の高みへと、昇り詰める前に。

オレを虜にした、美しい悪魔よ。

その美しい声で、奏でて見せてくれ。

快楽の底へと、堕ちる前に。

そして、お前も――――。





オレに、囚われて。

そして、壊れて。





TANGO NOIR






※神楽ちゃんと銀さん、両視点から書いてみました。
題名は気付いた方もいらっしゃると思いますが・・・・・私が敬愛して止まない、大物女性歌手でございます。
ぶっちゃけ、中森明菜さんなんですが。この「TANGO NOIR」と言う曲、凄い良い歌なんですよ。←当時管理人が、中学生くらい?
小説もほぼ、歌詞に近い様な・・・・・(すみません。でもどうしても、書きたかったので!)ORZ
実際聞いて頂ければ、分かるんですけども。
何となくちょっと、裏を含んだ・・・・意味深的な?いや純粋にTANGOを踊っている状況かも知れないのですが。(T▽T)
此処は敢えて、裏っぽくしてみたり・・・・・ORZ←やめときゃ良かったか?
久々に大人な銀神を書いてみようと、思って・・・・・書いてみました。
長々と、大変失礼致しました。
この様な駄文を読んで下さり、真に有難うございました。



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