ねえ?貴方は――――。
何時になったら、『私』を見てくれるノ?
好きで、好きで。――――それこそ、呼吸が止まりそうな程。
銀髪の侍が、私の世界の中心で。
この男無くしては、生きる意味が無い。
そう想えるくらいに、私は囚われてしまっている。
手を伸ばせば、触れられる距離にいるのに。
私と『坂田銀時』と言う男の狭間には、目に見えない境界線が引かれていて。
――――その一線を、越える事も出来ずに。
『家主』と『居候』。
『雇用主』と『従業員』。
これらの関係を、続けている。
本当に、気付かない?――――貴方に、向けた。熱が籠もった、視線に。
本当に、気付かない?――――貴方に、向けた。熱が籠もった、言葉に。
これだけ分かりやすい、サインを送っていても?
銀髪男は何事も無い態で、綺麗に流しすだけで。
どんだけ想いを籠めても、貴方の心に届く事は無い。
どうすれば、届けられるノ?
どうすれば、分かって貰えるノ?
胸が焦がれるくらい、貴方が好きだって。
――――同じ気持ちに、なんて。贅沢は、言わない。
だけど・・・・・せめて、気付いて欲しい。
私から貴方へと送っている、『シグナル』を。
「―――――――」
瞑っていた両目を、ゆっくりと開いていけば。
『押入れ』という、真っ暗闇の空間が出迎えてくれる。
押入れの襖に視線を移動させ、私は横たえていた身体を起き上がらせた。
この壁の向こう・・・・・居間と和室を隔てる、襖の向こう側に。
―――――男は、いる。
僅かな衣擦れ音をさせて、体制を変えると。
私は寝床の扉ともなっている、襖に手を掛けて。
なるべく音をさせずに、静かに開いていけば。
徐々に出現する隙間から、居間の豆電の光が漏れて来ていた。
自分一人分が出れる間隔になり、私は段上から降りていく。
テレビの近くでは、可愛い白い巨大犬が。
両足に顎を乗せて、気持ち良さ気に―――――夢の世界へと旅立っている。
彼を起こさない様に、忍び足で居間を通り過ぎ。
きちんと閉められている、和室への襖の前へと歩を進めた。
無意識に右腕が上がり、己の手が境界線へと伸びていく。
・・・・・此処を開けて、どうしようと言うノ?
そんな声が脳内に響くも、私は和室へと通ずる襖に手を掛けていた。
慎重に開いていくと、和室の真ん中に敷かれている布団が。
僅かに盛り上がっているのを見て、此処の家主が寝ているのを見て取れた。
其処へ近づく為に、井草の床へ足を踏み入れて行く。
若干足の裏を擦る音がしたが、銀髪男が目を覚ます気配は無い。
枕元まで辿り着くと、両膝を折って――――腰を下ろす。
こちらに背を向けて、正しく腹式呼吸を繰り返している男の顔を。
こっそり、覗き込んで見た。
口を半分開けて、涎を垂れ流しながら。
幸せそうに、眠っている。
・・・・・何とまあ。だらしない、顔なのだろうか。
この寝顔を見て、『百年の恋』とやらも冷めるかと思ったが。
既に脳内が侵されているのか、『可愛い』に変換させられてしまっている時点で。
やはり重症、なのかも知れない。
――――にしても。呑気に、眠ってる。
少なくとも敵では無く『居候』の身だが、こんな真夜中に。
年頃の娘に・・・・寝室へと侵入されて、如何なモノだろう。
特に私なら、問題無いのか。
この男からしてみれば。別に『異性』として、見てる訳でも無いし。
『娘』や『妹』みたいなモン・・・・・だろうし。
―――――それでも。・・・・それでも。
私達、別に。
血の繋がった『親子』でも無ければ、『兄妹』でも無いんだヨ?
全く以って、『他人』同士。
年齢離れてたって、『男』と『女』が一つ屋根の下にいるノ。
・・・・・いつまでも。そんな擬似関係に、囚われてるのであれば。
コワシテシマオウカ?ワタシカラ。
それで、貴方に――――私の気持ちを、気付いて貰えるなら。
・・・・・畳上に座らせていた身体を、立たせる為に。
上半身を前に傾けて、両手を付き――――片膝を折って足裏に力を込めた。
揺らぐ身体を、そのまま・・・・横たわる男の上へと圧し掛からせる。
「う・・・・・う?」
男の身体に掛かった重力を怪訝に感じたのか、僅かに眉間に皺を寄せて唸り声を出す。
私はそれすらも無視して、掛け布団の上から。
男の身体を、抱き締めていた。
「ん・・・・んん?」
漸く眠りの世界から、現実の世界へと引き戻された銀髪男は。
首だけを起こして、眠気眼でこちらを見やると。
弾かれた様に、瞳を大きく広げて。
「――――っと?神楽!?お前、こんな所で何してんのお!?マジで!」
驚きを隠せない様子で、質問をして来た。
「・・・・・・・・」
私はそれに答えず、先程の体制を保つ。
「何?もしかして、夢遊病?それとも、寝惚けたか?
どっちにしろ、重いから降りろって!んでもって、ちゃんとてめえの寝床で寝ろ!」
質問から、説教を始める男に対し。
「――――嫌アル」
と、短く返答をする。
「は?嫌って・・・・お前なあ。――――何だ?前みたく、眠れなくなっちまったってか?
悪いけどな、今度は銀さん相手してらんねえから。眠れなかったら、勝手に朝まで起きてろよ。
だけど、押入れでな!銀さんの睡眠時間を削るのは、許さんぞ――――つう訳で。オレは、眠いの。
とっとと、此処から消えて下サイ。てか、ハウス!」
右手の人差し指を立てて伸ばし、居間に設けられている『押入れ』を指差した。
――――が。もう一度。
「――――嫌アル。私は、犬じゃないネ」
と、返答をした。
いつまでも動こうとしない私に、痺れを切らしたのか。
横たえていた身体を僅かに起こして、不機嫌な表情を浮かべながら。
「おい!かぐ――――」
私の名前を、呼ぼうとした時――――。
抱き締めていた身体を起こして、己の顔を男の顔へと近づける。
鼻頭と鼻頭が、ぶつかる距離。
「なっ・・・・何だよ」
ねえ、銀ちゃん。私――――今、凄く危険な状況下にいるノ。
それこそ今にも崩れそうな、断崖絶壁の上に。
かろうじて、立っている様な・・・・そんな感じ。
既に心臓の脈動は、限界点を越えてしまっている。
もし此処から落ちそうになったら、銀ちゃんは――――私の手を握ってくれる?
――――抱き止めて・・・・くれる?
『誘惑』の二文字を宿らせた、私の身体を。
限界まで開かれた、男の瞳を見つめたまま。
掛け布団に置かれていた、無骨ながらも優しい手を取って。
――――己の方へと、導くと。寝巻きの上から、左胸に当てさせた。
導かれた男の手が、一度だけピクリと動いて。
生地越しから伝えられる、銀髪侍の掌の体温が・・・・・熱く感じられ。
私はその熱に中てられながら、小さく溜息を零した。
「か・・・・ぐら?」
眼前の男は、瞬きさえも忘れ――――唖然とした表情を曝け出す。
「銀ちゃん――――」
呼び慣れている名を、小さく呟いて。
眠っている時と同じ様に、半開きになった唇へと――――己の唇を降り注ぐ。
優しく触れ合うような、そんな
硬直している銀髪侍の顔を、凝視したまま。
「今度は・・・・心臓がうるさくて。眠れないアル」
以前と同じ様に――――眠らせろヨと、懇願した。
―――――見て、欲しい。
貴方の為だけに生まれた、『心』と『身体』を。
私という、『裸』を全て曝け出すから。
貴方自身で、感じて。
誘惑
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