今朝。
「――――最近。お肌が、荒れてる気がするネ」
髭を剃るオレの隣で、洗面所の鏡を睨み――――そう呟きながら。
両頬を軽く摩る、酢昆布娘。
「そうかあ?」
真向かいに映るもう一人の自分から、視線を神楽へと移動させる。
百面相を繰り広げる少女の肌を、それとなく見てみたけれど。
『荒れてる』どころか、肌理が細かい『滑らか』な肌。
それこそ。本当に、肌荒れに悩んでいる女性達が見たら。
『何処が!?』と、即突っ込みを入れて来そうな程の。
「気の所為じゃねえ?普段と変わんねえ、気ぃすっけど?」
「気の所為じゃないアル!自分の事は、自分が一番良く知ってるネ!このまま放置したら、肌荒れ街道まっしぐらヨ」
「――――どれ」
唸る酢昆布娘の頬に、空いた片方の手でそれとなしに触れてみる。
と――――――触れた途端。程好い弾力と柔らかさが、同時に出迎えてくれた。
上下の動きをする己の掌の中で、その感触は決して変わる事が無い。
なんつうか・・・・・。
コイツのほっぺって、美味そうだよな~。
甘そうっていうか。
自分が触れているのが、神楽の頬である事を。つい、忘れてしまいそうだ。
そのままパクリと、口に含んでみたい衝動に駆られる。
・・・・・が。そんな事をしたら、まず。コイツの拳の餌食になる事間違いなしだし。
「――――い」
「――――ん?」
「オイ」
「あ?」
「・・・・・いつまで。人のほっぺ、触ってるつもりアルカ」
神楽が眉間に皺を寄せ、こちらにジト目を送っている。
「――――あ゙。悪ぃ、悪ぃ」
思わず触り心地が良くて、声を掛けられるまで。手を、離せずにいた。
己が触れていた箇所に、白く細い手が重ねられる。
「・・・・ビタミン不足かも。最近空気も、乾燥して来たし」
釣り上がった両眉が、今度は下げられていく。
オレ的には、何ら問題無いと思うのだが・・・・・。
掌が受けた少女の頬の感触は、まるで『餅』の様で。まさしく、『餅肌』。
しかし。女というモノは、殊更『お肌』に敏感である。
どんなに『心配無い』と伝えたところで、自分が納得出来なければ意味無いのであろう。
再度洗面所で自身の顔を確認すると、酢昆布娘は溜息を吐き。
この場を、後にした。
髭をそり終えたオレは、蛇口を捻り――――両手で水を受け止め。
溜めた水を、顔全体へと行き渡らせる。
「う~・・・・冷てえ」
以前よりも冷たさを増した水が、脳内を完全に生き返らせてくれた。
傍に置いてあったタオルを、手に取りながら。
「ビタミン不足・・・・ねえ」
先程、酢昆布娘が呟いていた言葉を。無意識に、復唱。
長椅子に腰掛け、連ドラの再放送を見ていた時だった。
「――――じゃあ。僕、買い物に行って来ますね」
『万事屋』へと顔を出した、もう一人の従業員がオレと神楽にそう告げたのは。
「ああ。・・・・いや、待て。オレも行くわ」
首を左右に傾け、軽快な音を2・3回鳴らしながら。
身体を、立ち上がらせる。
「え゙!?銀さんも、来るんですか?」
オレの言葉が意外だった様で、新八は眼鏡の奥の瞳を限界位置まで開いており。
このリアクションを当然、見過ごせる筈も無く。
眉間に皺を寄せ、「何か問題でもあんの?」と質問を投げてやった。
「いえ、別に。そういう訳では――――。ただ、珍しいと思っただけで。銀さんが、自分から買い物に同行したいなんて」
「余計なお世話だっつうの。
依頼も来ねえし、大して面白くも無い連ドラ見たって。退屈なだけだしな。――――つうことで、神楽あ。定春と留守番してろよ」
酢昆布娘は、オレと違って・・・・ドラマに夢中なのか。
こちらを見向きもしないで、酢昆布を咀嚼しながら。画面に、見入っている。
「ん、了解ヨ」
まあ。返答が戻って来ただけでも、良しとするか。
少女と巨大な飼い犬を、『万事屋』に残して。
オレと新八は、目的地へと向かった。
行きつけの、『お江戸スーパー』に辿り着くと。
すかさずメガネ少年が、カートに籠を設置して――――店内へと入った。
その横に並んで、店内に視線を巡らす。
「さてと・・・・今日は、どうしようかな?そろそろ、寒くなって来たから。鍋にでもします?って、言っても。
そんな大層な鍋なんて、出来ませんけどね。以前の様にお登勢さんからの、お恵みがあれば別ですけど――――お?鮭が安いぞ」
冷凍された、鮭の切り身が。バラ売りされたコーナーに、新八が歩を進めていく。
・・・・なんつうか。めっきり、主婦だよな。コイツ。
買い物をしに来た主婦達に紛れても、全く違和感が無いんだが。
「――――――」
それとなしに。鮮魚コーナーの後ろを振り返れば、青果コーナーがあった。
色とりどりの野菜が陳列されており、動かしていた二本の足が止まる。
『ビタミン不足』
今朝――――酢昆布娘が、放った言葉が。再度脳内で、リフレインされた。
「いや~!脂の乗った鮭が、大特価で売り出されてたので――――って?あれ?銀さん?何処に行くんですか?」
背後から新八の声が、届けられ―――肩越しに振り向く。
「――――野菜。買ってかね?」
一折、品を揃え。レジを済まし、袋に詰め込むと。
先程来た路を、男二人――――横並びで戻って行く。
「結構、大量に買っちゃいましたね。野菜。大安売りしていたから」
「まあ・・・・あって、困る様なモンじゃねえしな。身体に良いし」
「健康から一番程遠い人が、言う言葉とは思えませんね」
苦笑いを浮かべながら、何ともまあ・・・・可愛くない言葉を放ってくれる。
「うっせ!こう見えても、健康には人一倍気を遣ってんだよ。オレは。だから―――『糖尿病寸前』で、済んでるんじゃねえか」
「・・・・いや、自慢気に言われても。
それも、どうかと思うんですけど。それにしても、何だって・・・・こんなにたくさんの野菜を、購入したんですか?」
一瞬だけ―――――ぐっと。言葉が、詰まる。
「っ・・・・と」
まさか、あの酢昆布娘の為だなんて。口が裂けても、言えない。
・・・・と、言うか。何だって、このオレが。アイツの為に、此処までしてんだか。
神楽の肌が荒れようが、自分にとっては痛くも痒くも無いのに。
「ウチの食卓事情、知ってんだろお?今朝だって――――卵としょうゆと、ご飯だけだぜ?それだけでも、良いけどよ。
其処に、『野菜』を添えてみろ。ちょっとだけ、贅沢気分になれんじゃん。朝から『お野菜』って、何か得した気しねえ?」
嘘では、無い。嘘は、言ってない。
実際――――卵掛けご飯だけだと、なんか寂しい。
「ああ、確かに。オカズが、一品増えると。心持ち嬉しいですよね」
笑う新八に対し、オレも笑みを浮かべ頷く。
「だろ?」
・・・・・そういやあ、碌に――――野菜を、取らせてなかった気がする。
まあ――――常に家計はあの少女と、巨大犬の所為で大赤字の為。
其処まで気を回せる余裕も、無かったんだが。
「オレって、本当。涙が出るほど、甘い人間だわ」
特に。『神楽』という、少女に対して。
だが。それがちっとも、苦に感じないから。自分でも、不思議っちゃあ不思議。
「え?何か、言いました?」
正面を向いて歩いていた新八が、こちらに視線を向け問い掛けて来る。
――――どうやら、独り言を聞き取られずに済んだらしい。
「いんや、何も」
買い物から戻り――――台所。夕飯の下拵えの支度をする、新八の隣にて。
「・・・・どうしたんですか?」と、声を掛けられた。
ビニール袋の中から、選別し取り出した野菜達を1つずつ手に取りながら。
「何が?」とだけ、答える。
「何が?じゃありませんよ!どうして、銀さんが台所にいるんですか!?」
驚愕を浮かべる、ダメガネに対し。
思わず眉間に皺が寄るのを、感じた。
「此処って、オレの家だよね?って事は、オレが何処にいようが。特に問題は無い訳だよね?新八君」
「そりゃ、そうですけど・・・・。でも、疑問を浮かべたくもなりますよ!
さっき購入した野菜類を取り出して、包丁片手に。僕の隣に、立っているんですから。まさか・・・・料理するつもりなんですか?」
―――――今更、何を言ってくれっちゃてんの?コイツ。
「まさかも、クソも。そのつもりで、此処にいんだけど。
この包丁持って、オレが遊ぶ様に見える?―――――それとも、お前を刺す様に見える?」
包丁を持て余す様に動かせば、刃元が陽射しの光を受け。
キラリと、一筋の光を生んだ。
「何さらっと、怖い事口にしてくれてんだ!あんた!?そんな意味深な視線を、こっちに向けないで下さいよ!」
オレの隣から、すかさず離れる新八に対して。
両肩を竦め、シンクの上に置いた――――野菜達を手にする。
「ちょっくら、此処貸りんぞ。そんな時間、喰わないから」
やれやれといった態で、ダメガネ少年は溜息を吐き。
「終わったら呼んで下さい」とだけ言うと、台所から姿を消す。
「へえへえ」
短い返答をし、綺麗な黄緑を成す――――楕円形野菜に手を伸ばした。
一枚・一枚、丁寧に葉を取り、水流に晒すと。
複数の葉を重ね合わせ、俎板に置き。銀色の刃を、落とす。
もう片方の手が、落とされる刃に合わせ――――左へと徐々にずれ出した。
最初はぎこちなかった、包丁と俎板の二重奏も。
慣れて来たのか、断続的なリズム音に変貌していく。
「やっぱり、器用だわ~。銀さん」
思わず自分で自分を褒め称えてしまうくらいに、キャベツは見事な千切りに変身。
切り終えた千切りキャベツを水切りし、予め用意していた皿に盛る。
まるで、有名どころの・・・・『とんかつ』屋の、キャベツみたいだな。糸みてえ。
さて、続きましては。
酢昆布娘の肌の白さと、タメを張れんじゃないかというくらいの。白の根菜。
包丁を手にして、刃を通らせる。
皮に銀刃を当てて、そのまま横滑り状態を保持。――――いわゆる、カツラ剥きだ。
一度も途切れる事無く剥けられた、薄い白い皮はシンクの中へと落ちた。
皮を捥がれた円柱・・・・大根を。半分にして、半月の形にする。
そしてそのまま、刃を落とし・・・・短冊切りにし。更にその上から、細切りにした。
「大根も、良い感じだ」
千切りキャベツの上に、細切りされた大根達が盛られる。
こんな感じで、次々と野菜達を細切りにしては。
―――――皿に盛っていく――――の繰り返し。
包丁と俎板が出合う軽快でリズミカルな音を、台所に響かせながら。
彩りを宿した『サラダ』が、完成された。
――――夕食時――――
「いただきま~す」
男二人・女一人の声が、同時にハモる。
普段見栄えしない食卓の上に、一箇所だけフインキの違う皿を見て。
隣に腰掛けていた神楽が、途端に奇声を上げた。
「うきゃっほおおう!サラダが、あるネ!どしたの?コレ!」
碧眼を爛々と輝かせ、サラダを見つめる酢昆布娘に向かって。
軽く溜息を吐きつつ、返答をしてやる。
「野菜が大安売りしてたから、大量に購入したんだよ。一気に食うなよ?オレ達の分も、あんだからな」
釘を刺しておき、眼前に置かれた箸に手を取った。
それに続いた新八が、笑顔で余計な事を口にする。
「このサラダね、何と――――銀さんが、作ったんだよ」
「ええ!?嘘!銀ちゃんが!?何でまた?」
驚き見開かれた2つの青が、サラダとオレを交互に映している。
「――――うっせえなあ。無性に『生野菜』が、食いたくなったんだよ。
身体が野菜を求めて、しょうがなかったの!生野菜危機ってヤツ!それに毎回似た様な食事じゃ、飽きも来んだろが」
オレの言葉に、すかさずメガネの突っ込みが。
「すみませんね。毎回似た様な食事、作って。文句あんなら、自分達で作って下さいよ。
でも―――確かに、銀さんの言う通り。サラダが食卓の上にあるだけで、何だか明るくなりますね」
「うん!とっても、美味しそうアル!食べて良い?銀ちゃん」
――――そんなに、嬉しそうな笑顔を浮かべられたら。
また作ってやっても、良いかな?なんて。柄にも無い事、思っちまうじゃん。
・・・・オレは、神楽の。この『笑顔』に、めっさ弱いのだから。
「ど~ぞ・・・・って!だから、そんな一気に取るんじゃねえっての!」
「あれ?ドレッシングは?」
取り皿に盛ったサラダを手に、酢昆布娘が問い掛けて来る。
「ウチにそんな、ハイカラな調味料があると思うか?マヨネーズか、醤油で食え」
「ふうん・・・・まあ、いいや。じゃあ、両方かけヨ♪」
醤油とマヨネーズを同量にサラダにかけ、一口頬張った瞬間・・・・少女は両目を張り。
「――――っ!?美味い!美味しいアル!銀ちゃん!」
連続に箸を動かしながら、一気に皿の中を平らげていく。
あっという間に、空っぽ。
「あ、本当だ!美味しい!美味しいです!銀さん!」
眼前に座るメガネ少年の皿も、じきに無くなりそうなペース。
「・・・・・・・」
こんなモン、作ろうと思えば・・・・・誰でも作れんのに。
それを喜んで胃に納めていく、少年と少女。
―――――なんつうか、すんげえ。照れ臭さを感じるのは、何故?
「・・・・神楽あ」
「ん?何ヨ?」
他のおかずには箸を付けずに、只管『サラダ』に夢中になっている酢昆布娘を見つめ。
「――――満足か?」
「大満足アル!これで、私のお肌も潤う事。間違いなしネ!有難う、銀ちゃん!」
そう言って、両目を細めて笑う神楽。
釣られる様に、自然と唇の両端が釣り上がる。
「――――そうか。良かったな」
1つの皿に盛られた、生野菜達。
キャベツ・大根・人参・ピーマン・トマト・・・・おまけに、缶詰のコーン。
切って盛るだけの、簡単な料理。
だけど、それで。お前が、喜ぶんなら。
「また、明日。作ってやんよ」
あなたに サラダ
※銀さん、神楽ちゃんに白旗振って降参です。
神楽ちゃんがこんなに喜んでくれるなら、また作ってやるくらいの勢いです。拙宅の銀さんは、神楽ちゃんの笑顔に激弱いので。
お肌繋がりから、サラダを食すという設定にしたのですが・・・・・・無理矢理感が否めないですね。大変申し訳ありません・・・・・Orz
本誌では神楽ちゃんの為に、チャーハンを作ったという事で。なら、サラダくらい。銀さんなら、作れるだろうと。
勝手な妄想をして、書いてしまいました。銀さん器用だと思うので、最初はぎこちなくても、リズミカルにお野菜を刻んでいそうです。
この時期乾燥が多いし、肌に気を使う事は必須なのですが。神楽ちゃんのお肌は、絶対に餅肌なんだろうな。←間違いねえ。
でもちょっとした事で、お肌が気になるのはやはりお年頃。私くらいの年になると、反対にどうでもいいやあ!的な感じになるんですけどもね。←それは、マズイ。
この様な駄文に最後まで目を通して下さり、真に有難うございました。
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