Big Mouthの逆襲



――――今日・・・・一体何回目?これ?

もう既に、痛みさえ慣れちまってて。

「・・・・ああ、またか」みたいな、感覚っていうの?

額から流れてくる、己の大事な血液が顎まで到達するのを感じながら。

オレはその『元凶』となる存在に、一応声を掛けてみる。

「お〜い、定春。いい加減、この癖止めろって言ってんだろ?
何度銀さんの頭、噛めば気ィ済むんですカ?このヤロー」

「グァウ」

「返事する時くらい、頭を離せっての――――おい、神楽!」

長椅子に腰掛け大江戸新聞を読んでいる同居者は、この状況を綺麗にスルーしてくれている。

「か〜ぐ〜らぁ!無視すんじゃねえ!」

「――――何ヨ?」

視線を新聞からこちらに移すと、明らかに不機嫌な顔を浮かべた――――が。

そんな事は、知ったこっちゃない。

「何よ?じゃねえよ。これ、どうにかしろって。もう既に噛む回数が、10は超えてるんだけど。
このままだと銀さん、いずれ出血多量で病院送りになるよ?」

「――――ったく・・・・定春。もうやめるヨロシ」

やっと天の声が、届いたと喜んだのも束の間。

頭に刺さった二本の犬歯は、そこから離れようとしない。

「ほれ、定春!お前の飼い主の神楽ちゃんが、離しなさいって!」

「グァウ」

「―――――てんめっ!おい!神楽!ちっとも言う事聞かねえぞ!?」

「・・・・ふむ?おかしいアルナ。定春、ちょっと機嫌悪そうネ。何かしたカ?銀ちゃん」

「する訳ねえだろ!何かされてるのは、こっちいいいい!」

―――――本当一体、何だってんだ?

オレがコイツに、何したってのよ?

・・・・・あのワンワン翻訳機、何処やったっけ?

今この時にこそ、使うべきじゃねえの?

・・・・・って、あれオレが捨てたんだった。

「もう、定春!言う事聞くヨロシ。もう一緒に遊んであげないヨ?」

ずうっと頭に噛み付いている巨大犬を見上げながら、先程よりも強い口調で嗜める酢昆布娘。

その一声が聞いたのか、渋々といった態で――――二本の牙はオレから離れていった。

「クウン」

「よし、良い子ネ。・・・・・あ〜あ。銀ちゃん、酷い出血アルナ」

「そりゃあ何度も同じ場所噛まれりゃ、傷口も広がるっつうの!」

「仕方ないネ。ちょっと待つヨロシ」

そう言うと酢昆布娘は、長椅子から腰を上げる。

ほんの数分姿を消したと思ったら、両手に救急箱を収め再び居間に戻って来た。

「ほれ、銀ちゃん。傷口見せるアル」

「良いって、自分でやっから」

「こういう場所は、人に任せた方が綺麗に出来るネ。良いから、こっち向く!」

抵抗したらしたで、更に傷口が広がりそうな気がしたので。

「へえへえ。優しく頼むぜ?」

敢えて此処は、逆らわない事にした。

身体ごと酢昆布娘に向けてやると、「ヨシ」と満足気に頷く。

ガーゼと消毒液を取り出して、液をガーゼに染み込ませると。

「ちょっと、染みるヨ」とだけ言って、傷口にそれを乗せた。

正直痛かったが―――――昔、攘夷時代で受けた時の事を思えば。

「――――屁でもねえよ」

本当、ちっぽけなモンだ。

鼻唄交じりに処理を施していく、少女をそれと無しに眺めていると。

楽しそうに笑みを浮かべて、「もう少しヨ」と言葉を放つ。

こんな事でコイツの笑顔を拝めるなら、定春に噛まれてやるのも悪くないかも。

なんて・・・・・オレ的には、有り得ない事を考えていたら。

「―――――――?」

はて?何処からと無く、強い視線を感じるではないか。

その視線の正体を見つけようとして、顔を動かそうとしたが。

「動くな」の一言で、止められてしまった。

仕方なしに、自由に動く2つの眼だけを動かせば。

両足に顎を乗せて、こちらを――――いや正しくはオレを凝視している。

白い巨大犬。

・・・・・・あれ?アイツから感じる『視線』て。

まさかと思うが、ひょっとして。

『嫉妬』?

「―――――銀ちゃん?どした?」

ひょこっと顔を覗き込む少女に、取りあえず返答。

「・・・・・ああ、いんや」

気の所為かも――――知れないし。

でも、もし。気の所為では、無かったら?

噛む回数が悉く、増えていったのは。

―――――つまり、これって。

定春なりの、『逆襲』って事?

「銀ちゃん!?急に固まって、どうしたアルカ?」

「・・・・・・・いや、何でも」

この先――――オレは、コイツに幾度。

傷を作られる羽目になるのだろうか。

「ワン」

己に向けられた視線に、白い巨大な飼い犬は。

顔を上げて笑う様に。

見事に生えている、二本の犬歯を思い切り見せてくれた。

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