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「ただ~いまっと・・・・・っく」
不夜城から戻って来たオレは、玄関に到着し。
しゃっくりを交えながら、家に戻って来た際の言葉を口から出した。
―――――当然、返答は無いのだが。
時刻は当に午前様を過ぎており、廊下の先に設けられた居間の灯りも。
消されているし、居候と飼い犬が起きてる気配も無くて。
起きていたら、起きていたで。
勿論雷を、落とさねばならなくなるのだが。
「――――無理だよなあ~・・・・ひっく。こんな状態じゃあよ~」
独り言状態となりながらも、履き慣れたブーツを脱いで足を踏み入れる。
ああ~・・・・視界が・・・・・回ってるよ。
ちょい飲み過ぎたか?――――胃の靠れ感が、拭えねえ。
後少しアルコール入れてたら、間違いなくゲロってたな。
んでもって、頭痛起きてたよな。
――――その先に待ち構えているのは、間違い無く『二日酔い』。
「危なかった~・・・・ホント、最悪だもんな。二日酔い」
一度は『二日酔い』を経験した事がある人間なら、誰もがそう思うであろう。
着流しに収めている左手を僅かに上げて、胸元の痒みを掻いて取り去る。
暗闇の中の廊下を微かに軋ませながら、忍び足で居間へと歩み。
――――水でも一杯飲んで、それから寝るかと思案していたら。
「・・・・・・?」
世界が回る視界で、何かを捉えた。
豆電に灯された室内――――対で置かれている、長椅子の上に。
何かが、いる。
焦点を合わせようと、右手で瞼を擦り。
今度は眉間に皺を寄せ、若干首を前に出し――――再度、長椅子に視線を送った。
「――――――」
・・・・・見間違いでは、無かった様だ。
その『何か』は、長椅子に横たわり。寝着のまま、腹式呼吸を繰り返している。
オレは眉間に皺を寄せたまま、覚束ない足取りで。
長椅子の前まで、歩を進めた。
横たわった身体からは右腕が床に伸ばされ、左腕は丁度胸の位置に置かれていて。
だらしなく唇を半開きにしたまま――――眠りの世界へ旅立っている、居候の姿。
かろうじて捉えられる様になった視線を移動させ、時刻を確認すれば。
――――短針が1の数を示し、長針は8の数を示していた。
「・・・・つうか。何こんな所で、寝てやがんだよ」
テレビを消したまま、眠くなって寝ちまったんだろうか。
―――――やれやれ。んとに、しょうのねえ奴だなあ。
横たえた身体の横では、申し訳無さ程度に隙間が作られている。
其処に腰を落とせば、微かに音をさせて尻元に皺が寄り沈んでいく。
「おい、神楽。か~ぐ~ひっ・・・・く・・・・ら。ひっく」
横隔膜の痙攣が、未だに治まらないまま。少女の名前を呼ぶ。
「神楽。――――っく。起きろって」
今度は滑らかな頬を、軽く叩いてみるも。眠りが相当、深いのか。
居候娘の両瞼が、開かれる様子は無い。
此処で寝て、もし体調を悪化させたとしても。
それはコイツの責任で、オレが悪い訳じゃない。
このまま放っておいても良いのだが、後々風邪を発症し面倒看る羽目になるのは自分だ。
そんな面白くも無い結末が、目に見ているので。
何としても、コイツの寝床で寝かせねばならない。
だが神楽は、呼び掛けに反応しない。
―――――と、なると。残された手段は一つである。
つくづく・・・・・自分は甘い。この少女に。
両肩を上げて盛大に溜息を吐くと、オレは長椅子から腰を持ち上げた。
身体を反転させようと、向きを変えた時。
酔いが回ってる所為もあり、身体がぐらつき――――傾き始める。
「―――――おっと」
それを阻止しようと腰を屈め、咄嗟に両手を着いた場所が。
長椅子の背凭れと、先程自身が腰を据えていた隙間であった。
――――その狭間に。横たえた、神楽がいる。
先程よりも近づいた、オレの顔と――――少女の顔。
半開きになった容の良い唇からは、綺麗に並んだ歯が伺え。
更にその奥には、豆電色に照らされた――――舌が視界に映り。
その一部分の場所に、オレの視線は留まる事になってしまった。
視界は回ってる筈なのに・・・・其処だけは、何故か鮮明に見える。
―――――そして。今さっきよりも、唇の形は良く見えて。
・・・・・近づいている?・・・・・どうして?
途端に頭の中で、『警報』が忙しく鳴り出した。
――――違う。近づいてるんじゃない。オレが―――近づいたんだ。
やめておけ。コイツは、ただの『居候』で『従業員』だ。
止まれ、銀時。もう一度力を入れて、立ち上がれ。
語りかける自身の声は冷静なのに、身体の動きは止まってくれない。
少女の寝息を感じる距離まで、己の顔は近づいていた。
待て。――――酔った勢いで、こんな事をするな。
唇と唇の距離は、数センチまで差し掛かっている。
後悔するぞ。
逃げろ。
今すぐ、この場から。まだ間に合う。
『警報』と共に、聞こえて来る声に対し。
もう一人の声が、胸中で呟き始めた。
・・・・仕方ねえ・・・・じゃん。
こんな、無防備な姿で。こんな寝顔、見せられて。
――――更には。
「ん・・・・ぎん・・・・ちゃ」
こんな声で、己の名を呼ばれては。
酒に酔っていなくたって、触れたいと思っちまうよ。
頭・・・・湧いちゃってんのかな?オレ。
――――と、何処か。他人事の様に、考えていたら。
閉じられていた両瞼と長い睫が、同時に震え出し。
ゆっくりと――――開かれていく。
「う・・・・・ん?」
豆電色に染められた2つの碧眼には、自身の真摯な顔が映されていた。
オレの顔が、間近である事を知ると――――その瞳は、驚愕を宿す。
「銀・・・・ちゃん?いつ―――帰って来たノ?」
同じ様に、驚きを発した唇からは。
こちらを誘う様に、艶めいた舌先が顔を覗かせていて。
・・・・・ああ。もう酔いなんざ、吹っ飛んじまった。
質問に答える余裕も、無いままに。
逃れられない様、背凭れに預けていた手を離して。
少女の頭と長椅子の狭間に差し込んで、動きを固定すると。
目の前にある、唇に――――自分の唇を降り注がせた。
あまりの甘美な感触に。
『逃げる』どころか、『捕らわれた』事を知った。
ESCAPE
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