依頼も舞い込んで来る事も無く、ただただ居間で暇を持て余すだけの時間。
此処の家主は案の定、いつもの定位置を陣取り――――愛読書と睨めっこ。
私を除くもう一人の従業員は、忙しく動きながら家事に勤しんで。
愛しい巨大な飼い犬は僅かに尻尾を振りながら、前足に顎を乗せて両目を閉じていた。
――――当の私といえば。同じ、空間にて。
特にする事が無いので、2人と一匹を対象物として順次に視線を送っている。
「・・・・・・何だよ。人の事、ジロジロと」
ふと――――眼前に居座っていた家主が、声を掛けて来た。
視線は愛読書に、落としたままだったが。
「――――別に。暇だったから、銀ちゃん達を見てただけアル」
正直に答えたのだが、銀髪の男は両肩を竦め・・・・軽く溜息を吐いた。
「本当に、暇人だな。何なら、新八手伝ってやりゃあ、良いじゃん」
「そっくり、その言葉お返ししてやるヨ。
手垢が付くほど、ジャンプを読みまくってる男に言われたくないネ」
此処で初めて銀ちゃんは、愛読書から顔を上げて。
右手を己の顔の位置まで持っていくと、徐ろに人差し指を立て左右に細かく振った。
「何を、言う。良い作品程、何回も読み返すのは当然の事だろが。深く読み潜っていく事で、更に新たな発見を見出せるんだよ。ジャンプは、その代表作なの!お前には、分からんだろうがな」
・・・・単に屁理屈にしか、聞こえないのは気のせいだろうか。
「―――――つうか。オレは、観葉植物でも無いんでね?
あんまり、見ないでくれる?お前の視線が気になって、ジャンプに集中できんのよ。
これ以上見るってんなら、お金取るよ?銀さんの拝観料は、めっさ高いからね」
「銀ちゃんに金を払うくらいなら、駄菓子屋に全額振り込むネ」
「あ〜っそ。じゃ、そうして頂戴」
視線をジャンプに戻しながら、今度は右手の5本指全開にして上下に振り始めた。
用は『此処から失せろ』の意を込めた、ジェスチャーである。
その仕草に若干ムッとしたが、確かにこれ以上この昼行灯を拝んだ所で何も出やしないので。
長椅子から腰を上げ、居間から和室へと移動した。
和室に辿り着くと、畳の床の上で正座をし。
黙々と洗濯物を器用に折り畳んでいく、新八の後姿。
私はその横を通り過ぎ、閉じられていた窓に手を掛ける。
徐々に開いていけば、少し冷気を含んだ風が隙間から入り込んで来た。
「過ごしやすくなったね。最近」
背後から新八の声が、背中に届けられる。
肩越しに振り返り、山の様に積まれた洗濯物達を。
片付けていく、メガネ少年に向かって。
「窓開けても、大丈夫カ?」
「うん、良いよ。そんなに、強く吹いてもないみたいだし。それに、換気もした方が良いしね」
新八の許しを得て、私は窓を全開にする。
四角く切り取られた場所から、『かぶき町』の街並みが臨めた。
顔を天へと仰げば、私の瞳と同じ色の空と――――黄金色に輝く球体。
そしてその場所を、幾多の銀河船と。
羽を伸ばした数羽の鳥達が、飛来している。
時々己の身体を遮って行く風は、暑さを感じさせず・・・・とても心地良い。
「すっかり・・・・秋アルナ」
立ち上がらせていた身体を下ろし、両尻を井草の床へと到着させる。
上半身を壁に齎せたまま、両目を瞑って秋の気配に身を委ね始めた。
「そうだね、以前の暑さがまるで嘘みたいだ」
「この心地良い気候も、いずれは寒くなるんだろうナ」
――――春・夏・秋・・・・そして、また冬が到来して。
年が繰越され、また新たな年がスタートされるのだ。
1日なんて、本当にあっという間。
『現在』だったものが、『過去』になる。
今日みたいに、依頼も―――――何も無い、平凡な日でも。
私にとっては、かけがえの無いモノ。
―――――当然の、様に。
愛くるしい白い巨大な犬、定春がいて。
メガネだけが取り得の、アイドルオタクがいて。
・・・・・・そして。私の、『世界の中心』でもある。
糖尿病寸前の、マダオ侍がいて。
奴等と過ごす、365日は――――とても楽しくて、愛しく感じる自分がいるのだ。
――――やれやれ、全く。
こんな風に思うなんて、私も相当ヤキが回ったと見える。
「――――神楽ちゃん?神楽ちゃん?」
「どうしたあ?新八。神楽が、どうかしたんか?」
「あ〜・・・・いえ。どうやら、眠ってしまった様で」
「――――ったあく。何処でも、寝れる奴だなあ。ありゃ―――しかも、窓全開じゃねえか。
馬鹿が・・・・風邪、引くっての。最近気温差が、激しいんだからよお」
「布団か何か――――」
「ああ、良いって。お前、家事終わってねんだろ?オレが、やっとくから」
「それは有難いんですが・・・・手伝おうって気が、更々無いんですね。あんた」
「だって、オレよりも。お前の方が、上手でしょ?余計な事して、手を煩わせちゃマズイじゃん」
「・・・・もう、良いですよ。今更、期待なんかしてませんしね。
じゃあ、僕―――まだ買い物があるんで。今から、行って来ますけど。神楽ちゃんの事、頼みましたよ?」
「へえへえ、行ってらっさい」
「・・・・こんな場所で寝ないで、てめえの寝床で寝りゃ良いのに。この態勢じゃあ、節々が痛くなるっての。
んっとに、世話の掛かるお団子娘だな。
――――しゃあねえから、今回だけは――――銀さんの膝貸してやらあ。有難く思えよ、クソガキ」
大好きな人達と。
同じ空間で、同じ時間を過ごす1日。
――――物凄く。それが、『愛しい』。
愛しのハピィデイズ