―――――己の横を。
焦りと動揺を曝け出しながら、通り過ぎようとする酢昆布娘。
そんな態度を出されても、微動だにしなかったオレは。
伸ばされたままの、左腕を動かし。
見掛け倒しの細く華奢な腕を、咄嗟に掴んだ。
―――――と、同時に。
こちらへと引き寄せ、何処にも逃れぬ様――――両腕で繋ぎとめる。
「離して」と、身体全身使って捥がれるが。
本気で逃げ出したかったら、オレを弾き飛ばして壁にでも叩きつければ良い。
・・・・・けれど。
――――この娘は、そんな事は絶対にしない。
例えそんな風にされたって、コイツを手放す気なんざ毛頭無い。
オレの胸に宿った、黒い燻りは。
このお団子娘にしか、消せそうにないのだ。
「銀ちゃん!」と何度も、悲鳴に近い声が両耳に届けられても。
―――――悪ィな。
お前のその羽を、毟り取らせて貰うぜ?
閉じ込めていた、片方の腕を外して。
陶磁の様な頬に、掌をそっと当てれば。
オレの体温と、酢昆布娘の体温が重なり合う。
・・・・何て、心地良い感触。
そんな自分とは裏腹に、先程よりも明確に。
『恐れ』の二文字を、全身で表す少女に対して。
唇の両端が、自然に上がっていくのが分かった。
――――そんな、怖がらなくても良いのに。
5本の指先が、頬から顎へと曲線をなぞり。
親指と人差し指を掛けて、顔全体をこちらに向けさせる。
2つの蒼眼に映るのは、今まで見た事の無い自分。
固く閉じられていた、淡い桃色の唇が。
もう一度、オレを呼ぼうとして動き出す――――が。
それを己で、封じた。
暖かな感触が、唇から伝い――――脳を麻痺させる。
『理性』なんて文字は、既に追いやってしまった。
もう残ってるのは、己の『欲』だけ。
僅かに開かれた隙間から、舌を差込む。
少女の口から、微かに毀れて来る苦し気な吐息。
舌と舌が絡む度に、淫靡な水音が室内に響き始めた。
更に欲に溺れようとした、その瞬間。
―――――下唇に、痛みが走る。
それに反応して、重ねていた唇を離してしまった。
両肩で荒く息をしながらも、強気な瞳を向けてくる少女。
舌で舐めれば、鉄錆びの味がした。
なるほど、これが。
お前が出来る最終的な、抵抗って訳だ。
でもな?既に時は遅しだよ。
――――だって、お前の羽はもう。
オレが『接吻』と言う器具で、手折ったもの。
逃れる事なんざ、出来やしねえさ。
・・・・・・羽を、奪われた鳥は。
空へと飛び立つ事は、もう叶わないんだよ。
どんなに、望んだとしても。
もう、遅いさ。
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