―――――今日も、あの男は。

眠らない街『不夜城』へと、繰り出している。





自分勝手な夜





壁に掛けられた時計を見れば、午後11時を過ぎていた。

いつもならばテレビの電源をOFFし、洗面所へ向かって歯を磨き。

己の寝床へと、足を運ばせるのだが。

「・・・・・・・」

どうも今夜は、そういう気が起きない。

―――――はっきり言うと、睡魔が襲って来ないのだ。

しんと静まり返った、居間の室内の――――隅っこでは。

先に夢路と、旅立った白の巨大犬が。

己の足に顔を乗せて、気持ち良さ気に寝息を立てている。

僅かな軋み音をさせながら、長椅子から立ち上がり。

飼い犬を起こさぬ様、出来るだけ忍び足で和室へと向かう。

閉じられた襖の戸を、両手で開けた――――が。

真っ暗な室内が、私を出迎えただけだった。

此処の家主は今頃、どっかの店で酒を煽っては。

呑んだくれの馬鹿面を晒して、良い気分に浸ってるに違いない。

・・・・・私には、『お子様は早く寝ろ』と言うくせに。

私だってもう、ガキじゃない。

善悪の区別だってつくし、腕っぷしにだって自信はある。

―――――とは言えど、大人でもない。

けれどあの銀髪侍の、言葉がどうしても気に入らない。

『ガキ』も『クソガキ』も。

心境の変化なのだろうか?急に、あの男に反発したくなって。

私は居間から廊下へと、足を進めて。

洗面所と厠を通り過ぎ・・・・玄関へと向かった。

履き慣れた靴を素足に通し、施錠された戸を開錠し。

静かに右手で、玄関の戸を開いていく。

徐々に開かれた隙間からは、冷気を少し含んだ夜風が。

私の前髪と肩まである髪を遮り、万事屋の室内へと入り込んでくる。

開かれる視界に映るのは、煌々と輝くネオン達。

まるで導かれるかの様に、私の止まっていた両足は動き出す。

普段なら自分の知る由も無い、夜のかぶき町界隈。

こんな事を知れたら、即あの過保護男が怒りそうだけど。

今更引き返すつもりは、毛頭無かった。

後ろ手に戸を閉めて、鍵を掛け――――路上へ続く階段を下り始めた。

点々と明りが灯る家々と、一定の距離に設置された街灯の光を頼りに。

―――――かぶき町を、歩き出す。

あの銀髪男が、一体どんな場所で。

どんな人達と、接しているのか?

自分の知らない時間を、どの様に潰しているのか?

「・・・・気になるアル」

またキャバクラに、行ってるのかも知れない。

それともグラサンのマダオと、屋台か居酒屋で飲み語りしてるのかも知れない。

―――――知りたい。銀ちゃんが、今何処で何してるのか。




『不夜城』と言うだけあって、周囲は賑やかだった。

呼び込みをする店員と、駆け引きをする客達や。

団体で飲んでいたと思われる人達が、次の居場所を決めようとしていたり。

ネオンの下で、いろんな『大人』の男女達が。

奇声や怒声――――笑声をあげ、更に騒がしさを増している。

成程・・・・此処が、『眠らない街』かぶき町。

まるで初めて来た街かの様に、思わず首が上下左右に動き出してしまう。

昼間とは違って、何て――――騒々しいんだろう。

日中は閉まっている幾多の店が、ここぞとばかりに開いていて。

街を練り歩く通行人に、脇目も振らずに声を掛けている。

「―――――ねえ?一人きりでどうしたの?」

―――――と、突然背後から声を掛けられた。

両足を止めて、肩越しに振り返れば。

いかにも頭の悪そうな、チャラ男三人組みがこちらを見ている。

・・・・・無視して、前を歩き出そうとしたが。

「おっと!無視ですかァ?そりゃつれないんじゃない?」

突如私の前を塞ぐ様に、一人の男が壁になる。

他の二人は左右を塞ぐ様に、別れて逃げ道を塞いだ。

内心舌打ちをし、一言「どくアル」と口にすれば。

「君、可愛いね〜!そんな寂しそうな顔しないで、お兄さん達と遊ぼうよ♪」

私の言葉なんざ、綺麗にスルーして頓珍漢な台詞を吐いて来やがった。

「ねえ?幾つ?実は未成年でしょ?だめだよお?こんな所に、一人で来ちゃあ」

右側に立っていた男が、にやけ顔で口を開く。

通行人達は我関せずを決め込んでるのか、割って入ろうともして来ない。

「優しいお兄さん達が、送ってあげるよ。お家何処?」

慣れ慣れしく、左肩に手を置いたもんだから。

『ぷちっ』と、何かが弾けて。

「どけって、言ってんだヨ」

無意識に左拳が、男の鳩尾に命中した。

男は「うっ」と、呻き声を上げ――――その場に崩れ落ちる。

「お前等に、関わってる暇なんか無いアル。とっとと、路退けろヨ」

淡々と述べた台詞と、私が取った行動に。

残りの二人は、驚愕の表情を浮かべたが。

瞬時に、怒りの表情に変わった。

「てんめえ!!クソガキいいい!なめた真似してんじゃ――――」

右拳が振り上げられ、私を目掛けて殴ろうとした――――その時。

男の右腕が、誰かの手によって制止されていた。

「!?」

「おいおい。こんな路のど真ん中で。

ウチの神楽ちゃんに、何しようとしてくれてんの?」

―――――この声は・・・・・・。

「銀ちゃん!?」

名前を呼んだのを皮切りに、チャラ男の腕を捻り上げていく。

「―――――っ!いてっ!いてててええええ!!」

尚も痛がる男を尻目に、飄々とした態度で。

「このまま大人しく引くんなら、この手離してやっても良いけど?」

何度も首を縦に振る男を確認すると、握っていた手を離す。

それと同時に、慌てふためく三人のチャラ男達は。

まるで脱兎の如く、この場から走り去って行った。

「―――――何で此処に?」

あんな奴等・・・・私一人でも、余裕なのに。

それよりも、どうして今目の前にいるのだろう。

何処かの店で、呑んでいたんじゃなかったノ?

――――――だが。私の問い掛けに、答える所か。

眉間に皺を寄せて、明らかに『怒り』の表情を浮かべている。

「・・・・・お前こそ、どうして。こんな時間に此処にいるんだ?」

聞き慣れた低音が、更に一段と低くなっている。

それだけ、怒っている証拠なのだろう。

「・・・・何となく、眠れなくって。そしたら、外に出たくなって」

「夜の9時以降、外出は禁止って。銀さん言わなかったか?」

「―――――言ったアル」

「じゃあ、何で『禁』を破った?」

――――――それは。

「・・・・・・知りたくって。
銀ちゃんが、何処で何をしてるのか・・・・知りたかっただけネ」

この台詞に眼前の男は、珍しく目を見開き。

「ンナ理由で、かぶき町まで来たってのか?」

呆れた口調で、両肩を竦めた。

「私は銀ちゃんが、思うほど――――ガキじゃないアル。
そんな心配される、必要ないネ」

そうヨ・・・・あんなチャラ男達だって、別に銀ちゃんに助けられなくたって。

―――――突然、両頬に強い刺激。

「む!?」

銀髪男の右手で、両頬を寄せられているのが分かった。

ぐんと近づく男の顔は、より一層怒気を含んでいる。

「オレに心配されるのが、気に喰わないってか!?
さっきだって、オレがたまたまお前の姿を見つけたから良かったものの
・・・・助けなかったら、大変な目に遭ってたんだぞ!」

「ひゃにヨ?ひゃいへんなめっへ」

私の言いたい事が、十分に通じたのか――――「やっぱり」と呟くと同時に。

頭を垂れて、深い溜息を吐いた。

私の頬から、痛みが遠のく。

「夜のかぶき町は、性質の悪い野郎共がゴロゴロしてんの!
優しく甘い言葉を掛けて、お持ち帰りすんのが奴等の常套手段なんだから」

―――――お持ち帰り?

「私なんか持って帰ったって、食べられる訳ないヨ」

「――――いや、だから!そういう、意味じゃなくてだな!
あ〜もう!これだから、何も知らない無垢って奴は面倒なんだよ!」

・・・・・そんな事、言ったって。

「良いか!?もう本当に、夜9時以降の外出は駄目だからな!
破ったら、酢昆布も無し!卵掛けご飯も無し!定春との散歩も禁止!!

人差し指を顔に突きつけられ、情け無用で非情な言葉を浴びせられる。

「ええええええええ!?酷いアル!酷過ぎるネ!
自分は朝帰りとか午前様帰りとか、平気でしてるくせに!」

「銀さんは、大人だから良いの!!
人間関係の駆け引きとかも、十分に心得てるから!」

―――――出た!『大人』扱い!

「じゃあ!いつになったら。
私も銀ちゃんと一緒に夜のかぶき町に、繰り出せるんだヨ!」

頬をこれでもかと、膨らませて。

眼前の男を上目遣いに、睨み付けてやった。

銀髪の男は私から視線を、ふいに逸らすと。

「―――――心身共、『大人』になったらだな。まあ・・・・18歳くらいか」

まだまだ後、4年もあるじゃねーカ!

更に頬をはち切れんばかりに、膨らませる。

「そんな顔しても、仕方ねえだろが。
それよりも、さっきの約束――――破るんじゃねえぞ?良いな?神楽。
その変わり――――今日は、お前も一緒に連れてってやっから」

「・・・・・え?良いの?」

男の言葉に、大きく瞳が見開いていく。

「今日だけだぞ?今・日・だ・け」

念を入れる様に、顔を覗き込まれる。

「きゃっほおおおう!銀ちゃん、大好きアル!」

嬉しくて思わず、男の胸板目掛け飛び込んで抱きついた。

こんな街中で、お前を一人にしておけるかっての

頭上で何か呟いたらしく、「何か言った?」と聞いてみたが。

「何でもねえよ。ほれ、とっとと身体を解放しなさい」

「はあい」

素直に両腕を離し、隣に並んだ銀髪男に問い掛ける。

「―――――で?何処に行くアルカ?」

「そうだなあ・・・・行きつけの店にでも、行ってみっか。
あ、ちなみにお前はオロCにしとけよ」

煌々とした街中を、大人と未成年の娘が並んで歩く。

その合間を練り歩く、見知らぬ人々。

鳴り止まぬ喧騒・奇声や怒声。

いろいろな人々が交差する、ネオン街の『かぶき町』で。

また少し・・・・知らなかった――――銀ちゃんの一面を、知る事が出来る。

それがまた、凄く嬉しくって。




たまには――――こうした、自分勝手な夜も。

悪くない――――と思った。


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