「あ゛〜・・・・・暑ィ」

オレと神楽と定春は、今――――ダメガネの家にいる。

何でもお妙が、店の常連客から。

甘い西瓜を、貰ったとかで。

オレ達にも、おすそ分けしてくれるというのだ。

新八の言葉に、エンゲル係数を脅かす少女は大喜び。

無理矢理引き摺られる形で、此処に来る羽目になってしまった。

『西瓜』という、魅惑的な言葉が無かったら。

当然こんなクソ暑い炎天下の中、志村家なんぞに足を運んだりしない。

だだっ広い屋敷の、庭を臨める縁側に腰掛け。

右手で団扇を持ち、己自身に向けて風を送っている。

生温い風が前髪を揺らすが、無風よりは幾分かマシだ。

オレを引き摺って来た、当の本人は。

何処から引いてきたのか、ホースを手にして。

お妙からでも、頼まれたのだろうか。

定春と一緒に、庭に水を撒いていた。

「お〜い、神楽あ。お前番傘差さなくて、良いんか?」

そうなのだ――――陽射しが、弱いくせに。

少女は白く華奢な身体を、太陽の下に晒している。

ぶっ倒れねえだろうなと、内心穏やかじゃいられない・・・・が。

オレの心配を他所に、肩越しに振り向いて笑顔を浮かべていた。

「大丈夫ヨ!短い時間なら。それに――――」

庭に向けていたホースを、頭上に翳して。

冷水を全身に、浴び始める。

「こうすれば、涼しいアル」

・・・・・うん、いや。確かに、涼しいだろうけど。

全身、ずぶ濡れになった少女は。

水気を振り払う様に、頭を左右に振ると。

「うひゃっあ〜!冷たい!けど、気持ち良い!」

―――――と、喜んでいた。

嬉しそうな顔を見ていたら、呆れよりも笑みが勝り。

「・・・・まあ。お前が、良いんなら。良いや」

「銀ちゃんも、浴びてみる?気持ち良いヨ?」

そう言ってホースの先を、こちらに向けたが。

「謹んで、お断り致しマス」と。

首を左右に振り、今か今かと『西瓜』の登場を待った。

団扇を扇ぎながら、天を仰げば。

まるで青のペンキを、塗りたくったかの様な空。

雲一つ無い空には、黄金色の球体だけが存在を誇示していた。

―――――が、突然。小さな7色の帯が、円弧を描いて出現

「?」

・・・・・ん?虹?

虹が出現した、その手前に視線を移動させると。

ホースの先を空に向けた、少女がいた。

「見て!銀ちゃん!虹アル!虹!」

先を右手の親指と残りの4本の指で、握り潰し。

勢い良く水を、噴出させている。

勢いを増した水は、綺麗な放物線を描いて。

乾いた地面を濡らし、小さな水溜りを作っていた。

「綺麗ネ」

「ワンワン!」

我を忘れて、瞳を輝かせ見入る少女。

そしてその周りを駆け回る、白い巨大犬。

青空を背景に、7色の円弧帯は確かに美しい。

――――太陽を背に、生まれた水と光の芸術。

人工的に創造された、芸術品も良いけれど。

やっぱり、自然の産物には叶わない。

何時何処ぞで、本物に出会えるのか分からないけれど。

―――――そんなに、虹が好きならば。

―――――そんなに、虹を拝みたいならば。

連れてって、見せてやろうじゃないか。

「神楽あ」

「へ?」

少女に声を掛けた瞬間、創り出された芸術品は姿を消した。

勢いを無くした水はホースの出口から、申し訳なさ気程度に流れ出している。

今度、空に虹が現れたら。見に行くか?

「―――――え?」

驚きに、見開かれた碧眼。

ええ。分かっていますとも。

らしくもない事を、口走ってるのは自覚済み。

これもクソ暑さに、脳内がやられたんだろう。

じゃなきゃ、こんな台詞。絶対に、出て来ない。

照れを隠す様に、団扇で顔を覆い隠しつつも。

「さっきの虹よりは、大きいぜ?
っても・・・・・すぐに、見れるってモンじゃねえけど。条件が揃わねえと―――」

幾分か口調が早口になるのも、クソ暑さの所為としよう。

「うん!見に行きたいアル。約束だヨ?銀ちゃん」

にっこり笑顔を浮かべた少女に、自然と口元が緩む。

「――――ああ」と、首を縦に動かしたら。

まるで、見計らったかの様に。

「銀さ〜ん!神楽ちゃ〜ん!西瓜、切れましたよおお!」

遠方から新八の声が、此処まで届けられた。

「やっとかよ。神楽、定春。行くぞ〜」

「うん」

「ワンワン!」

―――――さて。『約束』を、果たす前に。

まずは。夏の風物詩を、味わう事にしようか。






自然と自然が生み出す、創作品を。

君と並んで、見るのもまた一興。





今度は虹を見に行こう




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