こういう時ほど――――。

自分の職業を、恨んだ事は無い。





この恋は ハードボイルド






スチールデスクの上に、乱雑に積み重ねられた書類の束。

これらを視界に入れるのは、もう何度目だろうか。

学年別の『期末試験』の答案用紙や、『職員会議』で必要とする資料。

その他にも目に通すのも、面倒と思われる用紙の束・束・束

机上一面が、白一色で覆われてる気がしてくる。

端では肩身狭く置かれた、灰皿と山盛りの吸殻。

イライラを抑える為の、喫煙だったのだが――――どうやら、吸い過ぎた様だ。

お陰で現国準備室は、もの凄く換気が悪い。

煙草嫌いな奴だったら、咽て窓を即座に開けるだろう。

「・・・・・・・」

短くなった煙草のフィルターを噛み潰し、白煙と共に盛大な溜息を外気へと吐き出す。

――――また、これで。煙臭くなっちまった。

『体育祭』・『文化祭』・『期末試験』と、イベントが続き。

それらの行事と会議に追われ、今に至っているのだが。

「・・・・忙し過ぎるだろ。いくら何でも」




あ〜。もう、星一徹になりたい。このスチールデスクを、放り投げ出したい。

すんげえ、スッキリすんだろな。気分は爽快!てな感じで。



書類の山に埋もれた時計に視線を移動させれば、既に夜の8時を回っている。

―――――もう、こんな時間かよ。

教師って・・・・なんだかんだで。重労働だよなあ。

公務員で安定してるし、給料もそこそこ。残業なんざ、有り得ないなんて思ってたのに。

最近、ずうっと。こんな調子だし。

「――――――――」

無意識に白衣のポケットに手を忍ばせて、2つに折りたたまれた携帯を取り出す。

手馴れた手つきで、開いてはみたものの。

画面に表示されるのは、シンプルな待受画面と日時のみ。

「・・・・・どしてっかな。今頃」

僅かに頭痛を覚える脳裏に浮かぶのは、『愛しの教え子』の事。

学校で逢えると言っても、四六時中いれる訳ではない。

それに『禁断の関係』を、周囲に悟られるにもいかないので。

ほんの僅かな間だけが、二人の逢瀬。

帰路に着いて、連絡をすれば良いのだが。

疲れが勝って横になってしまう為、中々それを実行出来ずに。

今の現状を理解して気を遣ってるのか、アイツからの連絡もたまにしか来ない。

「――――普段は、これでもかってくらいに。電話してきやがんのにな」

メールのやりとりぐらいが、今のオレ達の接点か。

メール受信ボックスの、『彼女』のカテゴリを選んで。

2時間前に送られて来た内容を、もう一度読み返してみる。


『頑張れ!銀ちゃん!無理しないでネ。忠告!煙草の吸い過ぎは、注意だヨ』


何とまあ、短いメール。お前は、オレのおかんか。

だがこの地獄も、週末が来れば・・・・天国に変わる。

このデスクワークから解放され、オレは自由を得るのだ。

『愛しの教え子』と、のんびり過ごす事が出来るのだ。

―――――が。


・・・・・やっぱり今すぐにでも、お前に逢いたいんだけど。先生


煙草なんかじゃ、このイライラは抑えられそうに無いし

あの華奢な身体を抱き締めて、思い存分癒されたい。

こんな監獄みたいな室内から、逃げ出して。

アイツの場所へ、駆け出したい。



口に咥えていた煙草を、吸殻の山盛りとなった灰皿に無理矢理押し付け。

思わず、苦笑いを浮かべる。

どんなに現実逃避をしようが、『禁断の恋人』を切望しようが。

無情にも時計の針は進むし、夜は更けていく。

書類の束達は、視界から消えてはくれない。

少しでも『自由』を取り戻し、アイツの元へと赴くには。

この厳しい現実と―――――向き合うしか無い様だ。







「やってやるよ、クソったれ」








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