LOVE GOES ON
茜色に染まる、河川敷。
風は真冬を含んだ冷気が、私達を遮っていく。
雇用主は「おお〜さむっ!」と、襟巻きに首を引っ込ませた。
隣を歩く銀髪男が――――右足を一歩、前へ踏み出せば。
私も同時に――――右足を、一歩前へと動かす。
・・・・・歩く、テンポが一緒。
そんな些細な事なのに、とても嬉しくて。
同じ歩幅を保つ為に、少し大股に歩く。
その所為か・・・・私の呼吸は、少し荒い。
口から漏れる息は、短くて――――途切れ途切れに現れる。
「――――ん?息、荒えぞ?大丈夫か?」
私の様子を察してか男は、心配そうな表情を浮かべて急に歩幅を緩めた。
滅多に出現しない、こういった銀髪男の優しさは。
―――――突然、やって来るから。
首を縦に振りながら思わず両頬に、熱が宿ったのを自覚する。
こんな『まるで駄目な男侍』に、惹かれていったのは――――。
何時頃、だっただろうか?
最初は第一印象、最悪だったのに。
出逢いなんて、もっと最悪だった。
主人公に愛車に轢かれるヒロインなんて、私くらいのものだろうし。
・・・・・けれど、一緒に時間を過ごしていく内に。
この銀髪男の、生き様を知った。
どんなちゃらんぽらんでも、己の『侍道』を真っ直ぐ突き進む。
面倒事はごめんと言いながらも、結局は困った人達や悲しんでる人達に手を差し出す。
人情に脆く、仁義に厚い。
それを一番近くで見て・・・・一番近くで感じていたのだ。
惹かれない方が、おかしい。
「――――ねえ、銀ちゃん」
「あ?」
「銀ちゃんは・・・・・銀ちゃんのままでいてネ」
―――――そう。糖尿病一歩寸前だろうが、ギャンブル狂だろうが・・・・ジャンプ愛読者だろうが。
昼行灯だろうが、怖い物が苦手だろうが・・・・結野アナの大ファンだろうが。
私はそのまんまの、貴方が大好きなのです。
この台詞に男は一瞬、怪訝な顔をしたかと思えば。
唇の片端を上げて、左手を私の頭に軽く乗せて来た。
「急に、何を言い出すかと思えば――――オレはオレだ。何も変わらねえよ」
「・・・・うん。そうネ」
「お前も」
「え?」
視線を男に移せば、優しい笑みが浮かんでいる。
「お前も、何も変わらず。――――ずっと、そのままでいろよ」
「・・・・どして?」
ずっと『ガキ』や『クソガキ』のままで、いろと言うのか?
それじゃあ、いつまで経っても。
私は――――子供としてしか、見て貰えない。
そんなの嫌だ・・・・早く大人になって、この男に追いつきたいのに。
立派な『女性』になったって、認めてもらいたいのに。
銀ちゃんは・・・・私が歳を重ねるのが、嫌なのだろうか。
無意識に顔が下降し、視線は銀髪男から地面へと移動していた。
―――――なのに、男は。
意気消沈していた私の頭を、先程よりも強く撫で回す。
「・・・・・困るんだよ。色々と」
「――――困るって?何がヨ?」
「い、いや・・・・だから・・・・ね?あ〜そのう・・・・何だ」
どもり口調で、はっきりとしない。
しかも本当に困ってるのか、空いてる左手で鼻頭を掻いている。
―――――イライラ、して来た。
「はっきりしねえナ。言いたい事あるんなら、言えってんだヨ。このマダオ天パ」
「『天パ』は許すけど、マダオは余計だ!コノヤロー」
「じゃあ、とっとと言うアル!」
男は頭に乗せていた右手を下ろし、両肩で盛大な溜息を吐いた。
「唯でさえ今は、理性で抑えてんのに。
だけどこの先正直・・・・・抑え込んでいられるか。銀さん、理性と、感情の間に挟まれてんの」
「―――――?言ってる意味が、不明アル」
もうちょっと分かりやすく、説明しろヨ。
「だあああああああああ!だから!―――――お前が―――――」
え?――――私?私が、何だっていうのだ?
突然己の存在が、男の口から出て来たもんだから。
驚いて――――唖然となり、続きの言葉を待った――――が。
銀髪男は平静を取り戻すかの様に、右手を額に持っていくと。
「・・・・・いや、もう良い」
―――――なんて台詞を、ほざきやがった。
「良くねえヨ!一番、肝心な所じゃねえカ!しかも、気になる言葉の切り方しやがって!」
動かしていた両足を止めて、『悩める人』ポーズを気取ってる男に詰め寄った。
いくらか身長は伸びたものの、未だに銀髪男の背丈には及ばない。
爪先立ちで、ようやっと顔に近づける程度だ。
「銀ちゃん!!」
怒りを含んだ声で、己の名前を呼ばれ。
額に当てていた右手を、ゆっくりと離していく。
―――――と、同時に。眼前には私のドアップが視界に映ったらしい。
突然「うおお!?」と奇声を上げ、仰け反り後退した。
私にはそれが、更に気に喰わない状況となる。
「何で、後退りするカ?以前はそんな事しなかったのに」
「いや・・・・何でって言われても。ねえ?」
慌てて視線を逸らす男に向かって、怒声を浴びせた。
「ねえ?じゃねえヨ!――――最近、銀ちゃん変アル!私の事、避けてる節あるし!」
「え・・・・ええ?んな事、ねえって」
両手を顔まで持ち上げて、左右に忙しく振るものの。
苦笑いが思いっきり、表情に出ているのを気付いていないのだろうか。
余所余所しい態度が、怒りの沸点を湧き上がらせていく。
「嘘!今だって、そうネ!十分に分かりやすい、リアクションじゃねえカ!」
―――――私の事が、嫌になったのだろうか?
「私が嫌になったなら、嫌になったって・・・・はっきり言えヨ!その方が十分、男らしいアル!」
・・・・・こんな大食いらいで、女らしさなんか一つも無くて。
17歳になったって、化粧の一つもしやしない。街行く娘達の様に、お洒落もしない。
いつものチャイナ服に、色気の無い番傘。美人でスタイル抜群の、女性に目が無い男が。
こんなちんくしゃな『ガキ』を、いつまでも傍に置いておく方がおかしい。
―――――瞼の奥が熱くなるのを、感じる。
目尻には、雫が溜まってるのも――――自覚した。
私は泣きたくて、しょうがないのだ。
たった今、好きな男に避けられて。
もしかしたら以前から、『嫌がられていた』という可能性がある事を知って。
けれど―――――泣いて・・・・たまるか。
私は右拳で雫が溜まっていた目尻を、強く擦って眼前の男を睨み付けた。
銀髪男はこれ以上にないくらいの、バツの悪そうな顔をしている。
――――――が。閉じられていた口が、再度開かれた。
「――――嫌いじゃねえよ。つうか、オレ。お前の事を・・・・いつ嫌いって言った?」
「・・・・・・・じゃあ。何で避けるアル」
「だから、避けてねえって!あれは――――無意識というか――――」
三文字の言葉に、私の両耳は即座に反応する。
「無意識!?やっぱり、避けてるんじゃねえカ!」
「だあああああ!違うって!そういう悪い意味での、無意識じゃなくって!」
「――――――?」
男の言いたい事が、未だに見えず―――――私は眉間に皺を寄せる羽目になった。
「――――急に、お前。『成長』し出すから。こっちも対応するのに、大変で・・・・・」
「・・・・・成長?」
そりゃ、そうだろう。年齢を重ねれば、身体や心も成長していくのだから。
「今まで『ガキ』だと思っていた娘が、急に『女性』になってくもんだから
――――オレとしては、複雑だった訳よ」
「複雑・・・・?何で?」
「一番近くで、お前を見ていたんだぜ?
少女から、大人の階段昇る様を・・・・見せられりゃあなあ。
――――なんつうか・・・・『保護者』としての立場が、危うくなって来てると言うか・・・・
理性が感情に、負けそうになってると言うか」
銀髪男は右手を頭に持っていくと、自由奔放な髪を乱暴に掻き始めた。
「正直――――ぶっちゃけちまうと。最近『女』としてしか、見られなくなっちまってるの!」
―――――女?・・・・・・って。
己の右手の人差し指を、顎の下へと持っていき。
「私・・・・の事?」
「他に、誰がいるんデスカ?――――今まで、誰の話をしていたか理解してマスカ?」
そう言うと左手を腰に当て、身体を少し前屈みにすると。
右手の人差し指で、私のおでこを軽く突く。
「まあ――――もうちょっと
・・・・『ガキ』のままで、いて欲しかったんだよな。銀さんとしては」
己の胸中を吐き出して、楽になったのか。
男は軽く息を吐くと、こちらに笑顔を向けて来た。
「・・・・それで。ずっと・・・・そのままで。何も変わるなって、言ったの?」
「それも、あるし。今のお前――――成長段階中の、神楽に向けて言ったのもある」
少し縮んだ背丈――――私の視界は、今男の顎辺りを映している。
両肩に少しの重み・・・・銀髪男の両手が、置かれていた。
「オレは――――お前を、大切にしたい」
「・・・・銀・・・・ちゃん」
「大切にしたいからこそ、『理性』を常に脳内に張り巡らせておかないと。
いつ狼になるか、分かりゃしねえし。その『時期』が来るまでは、保つつもりだ」
ふうっと深く溜息を吐き、顔を上空へと向ける。
「銀ちゃんも・・・・狼になるアルカ?」
「ば〜か。お前以前から、言ってるだろうが。男は皆『狼』だって。
唯でさえ街中歩くとお前を羨望の眼差しで、見つめてくる野郎共が大多数いるってのに」
「――――え?そうだったの?」
・・・・・正直、全く知らなかった。
「天然娘は、気付いていなかったろうがな。
勿論――――牽制の意味を篭めて、睨んでやったが・・・・そう言った不安の種も、尽きねえだろうし」
再度盛大な溜息が、上空に向かって吐き出された。
「大丈夫ヨ!私は、銀ちゃん一筋ネ!」
そう宣言した瞬間―――――私の身体は、銀髪男に捕らわれていた。
「・・・・その言葉、今此処で誓いますか〜?」
「誓うアル」
背中に回された両腕が、力強く篭められて。
「んじゃ、オレも誓う。――――神楽を、大切にするって。
つうか・・・・時期が来るまでは、理性を保つように努力する」
私も男の背中に両腕を回し、きゅっと抱き締めた。
「―――その時期が、来たら?」
「美味しく――――頂いちゃいマス。勿論その後も、大切にします」
お互い視線が合うと、声を立てて笑った。
上空は――――既に茜色から、群青色へと変化し。
恒星達が個々に輝き、存在を誇示し始めていた。
その星々へ向けて、私は胸中にて祈りを捧げる。
どうか、どうか――――お互いの『感情』が。
このまま・・・・・ずっと・・・・ずっと・・・・続いてゆきます様に。
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