――――今日は、週末。

これから向かう、目的地を胸に思い描く度に。

心は弾み、自然と頬が緩んでしまう。

今頃あの人は、どうしているだろうか?

家の中で待機している人物を、脳裏に思い浮かべる。

職場と一緒で気だるさオーラを、全開してるのかな?

それとも今から私が行くのを、楽しみに待っててくれているかな?

逸る気持ちを抑えて、愛車を止めてある場所へと移動する。

まあ・・・・・愛車と言っても。

自分が舵を取るのは、自転車なのだが。

駐輪場へと辿り着いた私は、愛用の自転車の傍まで歩き。

鍵を差込こんで、ロックを解除する。

サドルに跨り――――いざ、快晴の下へ。

ペダルに足を乗せ、2つの車輪を急稼動させた。

頭上に鎮座する黄金色の球体は、先程よりも高い位置にあり。

柔らかな陽射しが、全身を包み込んで。

自転車を漕ぐ度に、心地良い初夏の風が私の身体を遮って行く。

急な坂道だって、何てこと無い。

ブレーキもそこそこに、スピードを加速させた。

一分でも早く、あの人に逢いたくて。

加速していくスピードに、私の鼓動も連動中。

風の勢いで何度か、スカートが翻るけど。

そんな事も気にせずに、必死に両足を動かして。

途中何度か――――通行人と、接触しそうになり。



『Ring!Ring!Ring!』



その度に右ハンドルの近くにある、金属音を軽快に数回鳴らせば。

澄んだ音色が響き渡り、歩道にいた通行人達が両脇に避けてくれた。

そんな人達に頭を、下げながら。

―――――只管、猛前進。




愛しい人に、逢う為に。

『坂田銀八』という名の、男に逢う為に。




何度も通い慣れた路だけど、呼吸が若干荒くなっているのが分かる。

一番難関な上り坂に、出くわした為だ。

だけど此処で根は上げない、絶対に自転車から降りない。

立ち漕ぎで、踏ん張りつつ―――――蛇行運転。

この坂を上りきれば、もうすぐ。

愛しくも『禁断の恋人』が待つ家に、到着出来る。

危なげにふらつく愛車に、力を篭めて。

最後の、もう一踏ん張り。

ゴールはすぐ、目の前にある。頑張れ、自分。

この難所を乗り越えれば、甘い時間が待っているのだ。

そう毎回、自分に言い聞かせて。

蛇行を繰り返し、上りきった後の達成感は。

――――ちょっと、気持ちが良い。

思わず・・・・してやったりの、笑顔。

額にうっすらと汗を掻いた為に、真向かいからやって来る。

―――――風の、爽快な事。

加速していた車輪は、ゆっくりと減速。

両手で掛けたブレーキで、車輪と地面は摩擦を起こし。

少し高い音をさせながら、回転させていた2つの輪は完全に止まる。

眼前にあるのは、恋人の憩いの場。

僅かに荒くなった呼吸を、静める為に。

サドルに跨ったまま、盛大に何度か深呼吸。

――――鼓動はまだ、早鐘の様にうるさいけど。

自転車から降りスタンドを立て、愛車をしっかり固定。

解除していた鍵に、再びロックを掛けた。

風に煽られた自身の身形を、チェックしながら両手で直す。

・・・・あ、マズイ。前髪、ボンバってる?

慌てて手櫛で、以前の髪型を試みるも。

悲しいかな、言う事を聞いてはくれない。

――――仕方ない。此処は、笑われとくカ。

軽く溜息を吐き、眼前のドアを見据えた。

このドアの向こうに―――――私の、大好きな人がいる。

鉄の壁の側にある、インターホンに右手を伸ばした。

数秒後・・・・軽快な音が、鼓膜に届けられ。

固く閉ざされていた扉が、徐々に開かれていく。

――――隙間から現れる、大好きなシルエット。

そして。

大好きな、低音の声と。

大好きな――――あの表情が、私を出迎えてくれた。




「よお、いらっしゃい」




Ring!Ring!Ring!



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