さよならを待ってる

昨晩―――――こんな話を、耳に入れた。

『近々神楽が、地球(ここ)を旅立つらしい』と。

情報源はこの『万事屋』の大家でもある、スナック経営者のババアだ。

たまたま久しぶりに、顔を出しただけだったのだが・・・・。

それを聞いた瞬間――――口に入れた酒を、吹いちまった。

ババアには、「汚ねえんだよ!」と叱られてしまったが。

オレ自身、アイツの口から何も聞いていないし。

・・・・・新八でさえ、この話の内容に驚いていたくらいだ。

「それ・・・・本当なんですかね?」

「オレが、知るかっての」

ババアが、そう言ってただけで―――――そう。知る訳が、無い。

アイツは、そんな素振り――――これっぽちも、見せた事が無いのだ。

『銀ちゃん!銀ちゃん!』と。

煩わしいくらいに、オレの名を呼んで。

エンゲル係数なんか、ちっとも気にしてない態で飯を食い。

本能の赴くままに、外で遊んで来て。

風呂に入って、押入れで眠る。

・・・・そんな生活が、ずっと続いてたってのに。

何だよ?その根も葉もクソも、信憑性の無い話は。

「・・・・つうかさ。別に、アイツが『万事屋』を辞めて。
『地球』を、旅立とうが。オレには関係ねえし」

そうだよ――――オレは神楽がいようが、いまいが。

生活的には、何ら変わり様は無いんだ。

ただまた、元通り。アイツが、居座る前に戻るだけで。

「――――また。そんな事、言う。
神楽ちゃんがいなくなって、一番寂しい思いをするのは銀さんでしょ!?」

少し怒り口調で、ダメガネが反論して来た――――が。

それを、鼻で笑って応対し。

「だ・れ・が、寂しい思いをするって?お前ね、冗談言うのも大概にしろよ?
何が悲しくて、大の男がだよ?ガキ一人、いなくなったくらいで・・・・・・」

―――――と、言葉を述べていたら。

玄関先から、「ただいまヨ〜」と。

今話題になっていた当人が、自分の存在を告げた。

言葉を遮られたオレは、無意識に玄関先へと視線を送る。

「そんなに、気になるんなら・・・・。いっそ本人に、聞いてみれば良いんじゃ?」

新八が両の手を軽く叩き、『名案』顔を浮かべたので。

「別に気になんか、してねえよ。
その時が来ればどうせてめえの方から、話してくるだろうさ」

――――其処で新八との会話を、強制終了させると。

眼前にいた従業が、壁掛け時計に視線を走らせ。

「ああ、もうこんな時間か」と、長椅子から腰を上げる。

「今日姉上仕事、OFFなんですよね。だから僕が夕飯作らないと」

神楽が廊下を歩き、居間に辿り着いた時には。

新八は、帰る支度を始めた。

「あれ?新八。もう帰るアルカ?」

普段と変わらない、お団子娘の問い掛けに。

ダメガネは先程オレに述べた台詞を、今度は少女に向けた。

お団子娘は、一瞬沈んだ表情を見せたが。

「そうカ。姐御に宜しくナ!」

―――――と、右手を掲げて。酢昆布を口に運んだ。

「じゃあ、また明日。銀さん、神楽ちゃん」

そう言って新八は、居間を後にし――――オレと神楽を、二人きりにした。

その場に突っ立って、ダメガネの背中を見送るお団子娘。

玄関の戸が閉まるその瞬間まで、少女は微動だにしなかった。

「・・・・いつまで、其処に立ってんだ?」

声を掛けないと、ずっとそのままになりそうだったので。

仕方なしに、声を掛ければ――――。

我に返った様に、「あ、うん」と返事が戻って来る。

そして・・・・ゆっくり歩を進めると、長椅子に腰を下ろしたが。

表情は、何処か上の空で。放心状態に近い?

オレは両肩を上げて、盛大に溜息を吐き口を開く。

「―――――どした?魂が、抜けた様になってんぞ?」

「え?そ・・・そんな事、無いネ!」

上半身を乗り出させ、慌てふためきながら否定して来る。

この・・・・・動揺ぶり・・・・・。

―――――てか、コイツ。こんなに演技、下手くそだったけか?

『本人に聞いてみれば良いんじゃ?』と、ダメガネの言葉が脳裏に浮かぶ。

「――――お前さ。何か、オレ等に隠し事・・・・してねえ?」

「――――――!」

ぐっと息を詰まらせ、両目を大きく見開く。

お前近々・・・・地球を離れるって、本当か?

「・・・・・・」

「――――いや。昨日ババアの所で、飲んでて・・・・そん時にな?」

「・・・・・・」

いつもなら、即――――
『はあ?んな訳ねーだロ!
そんな与太話信じるなんて、銀ちゃん達もヤキが回ったアルナ』なんて、言い出しそうなのに。

眼前に座っている少女は、両膝に拳を乗せ強く握り締めている。

口も頑なに閉ざし顔を俯かせて、こちらを見ようともしない。

―――――何だよ・・・・これ。

何も言わない、否定しないって事は。

「そうです」って、言ってる様なモンじゃねえか。

自分自身――――幾分か、早口になってるのが分かる。

「―――――なあ?神楽?神楽ちゃん?銀さんの声、聞こえてる?」

「・・・・・・」

絶対に、聞こえてる距離なのに。

うんともスンとも――――顔を上げて、返事をしようとしない。

僅かながら、身体中が震えているのが見て取れる。

・・・・・つうか。何で――――ババアには、言えて。

オレには言えないんだよ、神楽。

何故だかそれが、無性にムカついて。

神楽!

―――――と、無意識に大声で名を呼んでいた。

びくっと身体を震わせる、その態度に更にイライラが増す。

居眠りを扱いていた、白い巨大犬も――――何事かと、目を覚まし顔を上げた。

お前本当に、『万事屋』を離れるのか?

いつまでも、一緒にいられない。

コイツは夢を現実に変えて、地球から出て行く。

そんな事は、十分に理解している――――つもりだ。

じゃあ・・・・・オレの胸に湧き上がる、この感情は何なんだよ?

頭の隅の何処かで、否定して欲しいと願っている。

おいおいおい・・・・神楽が、いようが――――いまいが。

別に平気なんて、軽口叩いていたのは何処の誰だったけ?

めっさ、矛盾してんじゃん。

20歳も過ぎた男の元から、10歳以上年下の娘が。

傍からいなくなるって、だけの事なのに。

お前は何で、こんなに感情剥き出してるんだよ?銀時。

突然ぽたり・・・・と、雫らしきモノが。

少女の握り拳の中心に、零れ落ちた。

固く閉じられていた唇が、僅かに震えながらも。

徐々に、開いて――――。

「銀ちゃん」と、涙声でオレの名前を呼んだ。

・・・・・ああ。お前は、これから。

本当の事を、言おうとしてるんだな。

オレの小さな願いも空しく、現実を告げようとしている。

くそったれ――――ダメガネ。何で・・・・一人にしやがったんだよ。

「私―――――」

嗚咽交じりの、甲高い声だけが――――室内に響く。

オレが、コイツにしてやれるのは。

あくまでも、平静さを装い・・・・言葉を受け入れるだけ。

さあ、言えよ。――――神楽。

お前がその先の言葉を、紡げるまで。

・・・・・待っててやるから。






いずれは――――聞く事に、なっていた。

『さよなら』の言葉を。




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