それでも恋は永遠
「――――先生の・・・・バカ!大馬鹿ヤロー!」
今私がいるのは―――何度となく、通った部屋。
手近にあった枕をぎゅっと抱き締め、脳裏に浮かんだ男に感情をぶつける。
だが次の瞬間訪れたのは、『静寂』の二文字。
当然だ――――此処には、私一人しかいないのだから。
日は暮れ始め、室内は徐々に闇が占拠していく。
だが電気を点ける気も、カーテンを開ける気さえ起こらない。
ベットの上に、ただただ・・・・佇むだけ。
どうやらそれだけ、私は落ち込んでいる様だ。
じゃあ―――――その原因とは?
・・・・答えは簡単に出てくる。
3−Zの担任兼禁断の恋人である、坂田銀八。
この男が、元凶なのだ。
教師って言う職業が、そんなお気楽では無い事も。
季節によっては、行事が重なるので。
めっさ忙しくなる事も、十分承知はしている。
しかも今は期末試験と言った、イベントが開催されて。
銀魂高校の教師達は、居残り残業の日々。
「・・・・・・・でも・・・・さ」
あまりにも、放っておかれ過ぎではないカ?自分。
既に音信普通の状態が、1週間以上になっている。
こちらから、連絡取れば良いのだろうが。
疲れを伴っているあの男じゃ、不機嫌な声で対応されるだけだろう。
メールなんて送っても、返信なんてしないだろうし。
折角コンタクトを送っても、それじゃあ・・・・あまりにも悲し過ぎる。
仕事の合間を縫って、電話なりメールなりくれれば良いのに。
唯でさえ、校内じゃ二人きりの時間なんて。
「・・・・滅多にないのに」
別にそんな長時間、話していたいとかメルしていたいとか。
・・・・・・我儘、言うつもりないし。
本当・・・・こういう時程。
「教師と生徒って、面倒臭い」
―――――と思ってしまうのは、仕方ない事だろう。
足元に置かれた携帯に、もう一度視線を戻してみても。
着メロが鳴る訳でも無く、着信ランプが灯らず仕舞い。
私の存在、忘れられてるんじゃないだろうか?
――――『私と仕事どっちが、大事なの?』
思わずこの禁断の台詞が、喉元に出掛かった。
言ってはいけないと分かりつつ、口に出したくなる女性達の気持ちが何となく分かる。
「・・・・でも裏返せば、それだけ。相手を好きだって事なんだよネ」
だからこうして、会えないと理解していても。
合鍵使って、彼の匂いで我慢しようとしているのだ。
仕事優先で多忙と、知っていても。
頭の片隅にでも、自分を覚えて貰えていたら。
それだけで、十分なのに。
「あ〜あ・・・・・」
枕を抱えたまま、ベットに横たわれば。
スプリングの反動を受けて、身体が少しだけ上下に揺れた。
鬱憤を吐き出す様な、盛大な溜息。
「・・・・・重症・・・・だなあ」
「――――何が?」
突然降って湧いた、聞き覚えのある声。
「!?」
―――――え?何?もしかして、幻聴?
驚きを隠せずに、声がした方向へと視線をやれば。
「電気くらい、つけろよなあ?」と、蠢く影。
スイッチの入る音と共に、室内は急に明るくなる。
視界が暗闇から、光を受け――――黒だったシルエットをはっきり映し出した。
「先・・・・生?」
部屋の入り口に、少し皺の寄ったYシャツとスラックスを纏い。
普段よりも自由に飛び跳ねている、銀髪の髪を邪魔そうに掻き揚げて。
私を見るなり、眉間に皺を思い切り寄せた。
「何だよ?その驚き様は――――此処、オレん家だろが。
つうかな、お前。ちゃんと鍵掛けとけよ。一瞬、空き巣かと思っちまったろ」
「空き巣も何も・・・・盗まれる様なモンて、ありました?」
「言葉のアヤだよ、コンチクショー。
どうせ不甲斐ない一教師の家なんざ、空き巣も相手しねえだろよ」
自分から振っといて、自己完結しながら。
緩めたネクタイを机に放って、煙草を咥える。
「んで?重症って?」
「―――――へ?」
咥えた煙草の先に、火が灯り――――直後紫煙が、室内を漂い始めた。
「へ?じゃねえよ。そう言ってたろうが」
両目を瞑り首を左右に傾けながら、右肩に手を置き摩っている。
少しやつれてる感もあり、全身から疲れが見て取れた。
「え?ああ――――何でもないです。それより、仕事終わったんですカ?」
「あ〜!やっとな。もう勘弁してくれって感じ。んで、長期で休ませろって感じ」
全学年の期末教科テストの答案結果を期限内に、終わらせなければならないのだ。
寝る間も、惜しんでいたに違いない。
「お疲れ・・・・様です」
「んあ」
着替えもせず腰を床に下ろし、ベットに背を預ける。
―――――久しぶりに、二人の時間が持てたとしても。
『疲れた』オーラを、こうも醸し出されてしまっては。
此処にいるのも、悪い気がして来る。
・・・・・帰った方が、良いのかも。
とりあえず、『期末試験』と言うイベントは終えた訳だし。
まさか先生がこんな早い時間に、帰って来るとは思わなかったけど。
顔が見れただけでも、良しとしよう。
立ち上がり掛けた時――――「何処行くんだ?」と問い掛けられた。
「・・・・帰ろうかと」
「なして?」
「――――お疲れ気味・・・・みたいだし」
「当然、疲れてますヨ?」
――――?疲れてるのであれば、一人ゆっくりしたいのでは?
怪訝な顔をしていた私を見て、担任は唇の片端を上げると。
こちらに手を伸ばし、私の右手を捉え――――咄嗟に引き寄せた。
「わわ!?」
再び床に両膝を付ける羽目になり、つんのめ掛かった身体を立て直そうとしたら。
両膝の上に、重みを感じた。
「?」
「――――膝枕。してくれ」
そう言って両目を瞑ると、今にも寝てしまいそうな勢い。
「でも・・・・ベットで、疲れ取った方が――――」
『良い』と言おうとしたが、言葉を遮られてしまった。
「お前の膝が良いの。あと――――今日は、泊まってけ。どうせ明日は休日だ」
それは別に、構わないのだが。
「また、突然ですね」
「よ〜く、言うぜ。本当は二人の時間、欲しかったくせに」
閉じられていた瞼が開かれ、強気な笑みを向けられる。
心を読まれた様で、思わず否定してしまう自分。
「なっ!べ、別に――――」
「あ?そうなの?オレはお前に―――どっぷり浸かりたくて、しょうがなかったけどねえ」
この男らしくない。そんなこっ恥ずかしい事、さらりと言えちゃうなんて。
そう口応えしたら、担任は声を立てて笑った。
「こういう時こそ、本音言わなくちゃ。それとも、帰りてえか?」
・・・・・私がそんな事、思う筈ないって分かってるくせに。
「本当、意地が悪いですよネ」
悔し紛れに、返答してやると。
「そんな所も、好きなんだろ?」と返されてしまった。
「―――分かりませんよ?嫌いかも知れないじゃない」
この言葉に一瞬だけ、瞠目するものの。
再び意地の悪い笑顔を浮かべ、口を開いた。
「嫌いになったって。お前はきっと、また好きになる」
さらりと、小憎らしい台詞を吐かれ。
反論する事も出来ず、口を開け閉めしていたら。
「図星・・・・みてえだなあ」
否定できず、悔しさがMAXに到達。
「――――――もう良いから!とっとと眠りの世界へ、逝けええええ!!」
渾身の力を篭めて、筋の通った鼻を摘んでやると。
途端に「いてえええ!やめて!神楽ちゃん!しかも字が違うから!」と、情けない悲鳴を上げた。
上から涙目になるのを確認し、摘んでいた手を解放してやり。
その手を今度は、重力に逆らう銀髪へと置く。
未だに鼻に手を当て、唸る禁断の恋人を見つめながら。
「先生の言うとおり。嫌いになっても、また好きになるヨ」
「じゃあ・・・・オレが、お前を嫌いになったら?」
「その時は――――また絶対に、降参させるから。覚悟しとけヨ?」
仰け反り断言する私を見て、先生はまた声を立てて笑った。
「―――――ったく。神楽ちゃんには、敵わねえなあ」
「当然デショ」
「オレもホント、お前に関しちゃ重症かもな」
下から伸びてきた担任の腕が、私の後頭部を捉えて。
そのまま重力に従わされ――――数秒後、唇に暖かな感触が舞い降りた。
もし――――貴方の気持ちが変わっても。
私の気持ちが、消える事は無い。
つまりそれだけ。
貴方への、恋心は永遠なのです。