うれし はずかし 朝帰り




「陽が・・・・出てる」

窓から注がれる光を見つめながら、ぽつり呟けば。

「そりゃそうだろ。夜が明けたんだから」

テーブルの上から、愛用のタバコを1本取り出して。
口元に運びフィルターを軽く噛み、カチリと火を点す銀髪の男。
軽く両目を細めて、尖らせた口からは白煙が噴出された。

――――そんな当たり前の事。

言われなくたって、分かってる。
ただいつもと状況が、違うから。
閉じていた瞼を開いたら、見慣れない景色が映ったから。

「――――もしかして、まあだ寝惚けてんの?神楽ちゃん」

意地の悪い笑みを浮かべながら、顔を覗き込まれたので両頬を若干膨らませる。

「――――ちゃんと起きてますヨ!ただ、実感が湧かなくって」

この言葉に男は、苦笑い。

「いやいや・・・・実感して貰わんと、こちらとしても立つ瀬が無いっつうか――――」

「夢・・・・じゃないんですよネ」

掛け布団の下――――生まれたままの、姿でいる事自体。
現実だって、理解出来る筈なのに。

「なんなら、もう一度――――昨晩と同じ事してみるか?」

追い討ちを掛ける様に、そんな事を言うもんだから。
思わず擬音で、『ボンッ』と聞こえるくらいに。
一気に、全身が熱くなった気がした。

思い切り首を左右に振って、『否』を表現すると。

「そんな、嫌がらんでも良いだろが」

右手の親指と中指で輪を作り、私の額まで近づけて軽く弾いた。
弾かれた場所を右手で触れながら、慌てて言い直す。

「ちっ・・・・ちが!そういう意味じゃあ――――」

「・・・・・ほお?んじゃ、どんな意味なんかねえ?」

「いや、だから!その・・・・」

ふと唇に宿った、暖かさと煙草の味。
視界に映るのは、両目を瞑った銀髪の男の顔。

触れた感触は、一瞬で消えて。

「もういいって。それ以上誘惑されちゃうと?先生、
獣スイッチオン状態デス」

「え・・・・ええ!?」

これ以上に無いってくらいに、掛け布団を強く抱き締める。

「だってよ?そんな潤んだ瞳で、上目遣いされちゃあね?オレだって男だからね?」

そう言うと――――唇の片端を吊り上げ、再度意地悪な笑みを浮かべ。
細長くなった灰を、灰皿に向けて人差し指でポンっと落とした。

窓からは差し込む陽射しを背に受けた『禁断の恋人』の、全身のシルエットが浮き出される。
・・・・・思わず、目を見張った。
上半身だけを肌蹴させた身体は、均整のとれた見事な肉体。

―――――ああ、そうか。
私は昨夜・・・・あの両腕に抱かれ、あの胸板に頬を預けたのだ。

「――――後悔・・・・してるか?」

「どうして?」

「お前の大事なモン、頂いちまったし。オレで本当に、良かったんかなって」

紫煙を室内に吐き出しながら、そんな事呟かれたから。
思わず手元にあった枕を、思い切り投げてやった。

「ぶっ―――!?」

「今更そんな事聞きますカぁ!?彼女に対して、その言葉は無いでショ!!喧嘩売ってんのカ!コノヤロー!」

「ちがっ――――!こう見えても坂田銀八って男は、小心者なの!!
お前の初体験の相手が、本当にオレみてえな男で良いのかって――――」

「良いに決まってるデショ!――――先生だからこそ――――」

嬉しいような、恥ずかしい様な・・・・そんな幸せな初体験だったのに。

「か・・・・神楽?かぐらちゃあ〜ん?」

急に黙り込んだ私を不思議に思ったのか、こちらへ近づいて来る気配。
しかも、おそるおそる。

私の顔を、覗き込もうとした瞬間――――。

「いてっ!」

先程私が受けた額の痛みを、銀髪の男にお見舞いしてやる。

「嬉しかったんだから!二度と、そういう事言うなヨ?」

「―――――いやあ・・・・男冥利に尽きるってもんだ」

「――――デショ?」

二人視線が絡んだと同時に、笑みが毀れた。

「これからも、宜しくネ。先生」

「ばあか。此処では、『禁止』!プライベートまで、先生になりたくねえっての」

「え?じゃあ、何て呼べば良いんですか?」

「お前の好きにしろよ」

好きにしろって言われても・・・・ずうっと先生って呼んでた訳だし。
散々悩み抜いた後、ぽつりと呟いて。

「―――――んじゃあ・・・・銀ちゃん」

私が放った言葉に、きょとんとした表情を浮かべる。

「銀ちゃん!?大の男に『ちゃん』付け?」

「ダメですカ?可愛いと思うけどな」

人差し指を顎に当てて、首を傾けながら本心を述べると。
降参といった態で、両手を上下にひらひらさせながら男は言った。

「・・・・・良いよ、それでもう」

「やった!改めて宜しく、銀ちゃん♪」

「――――慣れるまで、時間掛かりそうだなあ」

「よしよし」と何度も頷きながら、視線を再度窓に向けた。
――――あれ?さっきよりも、陽が高くなった気がする。

「今何時ですかね?」

「・・・・もうすぐ11時になるな。どうする?腹減ってるなら、外出て何か食うか?」

その提案、もの凄く乗りたいんだけど。
もし銀魂高校の生徒や教員の誰かに見つかったら、マズイ事になる。
そう考え、首を左右に振って否を唱えた。

「今日は、このまま帰ります」

「―――――そうか。べスパで、送ってこうか?」

愛車で家路―――――も良いけれど。
何だか、歩いて帰りたい感じだな。

「ううん。歩いて行きます」

そんな会話をしながら、身支度を整え始める私。
「恥ずかしいから後ろ向いてて」と、男に頼めば。
「何を今更」と愚痴りながら、私に対して背を向ける。

準備を終え、何処かおかしい所は無いかと全身チェック。
変わった所は無いと分かっていても、気分はやっぱ落ち着かない。

「どこも変な所はねえって」

そんな私を見ながら笑いを堪える様に、恋人は言った。

「――――本当に?」

「本当、本当。可愛い、神楽ちゃんのまんま。あ――――でも、ちょっと寝癖あるか」

「げっ!マジで?」

「そのくらい、分かりゃしねえって」

「良いですよね〜。先生みたいな自由奔放な髪質なら、寝癖なんて全然気にならないデショ?」

天パ馬鹿にするなよ?コノヤロー。これに寝癖加わったら、お前ね。
大変な事になるんだぞ?サラサラストレートには、この苦しみは分かるまいよ。ホント」

男の返答を綺麗に流しながら、手櫛で髪を整えつつ。

「それじゃあ、せん――――銀ちゃん。また明日」

「おお、またな。真っ直ぐ家に帰れよ?陽が高いからって、寄り道はすんじゃねーぞ?
家に着いたら、電話しなさい。OK?」

ありゃ?

「――――思いっきり、『先生』になってませんか?」

「オレは意外とこう見えて、
心配性&独占欲強いの!

「それは、新発見♪――――じゃあちょっくら、この後出掛け―――」

なんて、口にしたら。

やっぱ送ってく!何が何でも送ってく!!」なんて、突然真顔になっちゃって。
嘘だと分かって貰えるのに、数分掛かってしまった。

どうにか宥めて、先生の家を後にして。
街中に出て家路へ向けて、歩き始める。

―――――私、変じゃないよネ?周囲の人からみたら、朝帰りだって・・・・分からないよネ?
寝癖も付いちゃってるし。

・・・・・でも。不思議な事に、気分は高揚中。

―――――嬉しさと恥ずかしさが、混ざった初めての朝帰り。

いつもと違った自分に、思わず笑みが浮かんだ。




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