KEEP ONE´S BALANCE
夕食を食べ終わり。
長椅子に横たわり、肘を着いて頭を乗せ。
何気無くテレビを見ていたら。
風呂場の戸が、開けられて。
「あ〜・・・さっぱりしたアル♪冷たい飲みモノが、私を呼んでるヨ」
気分爽快と言った態の、神楽の登場。
鼻唄を歌いながら、居間を通り過ぎた。
以上が視界の隅に映った、一部始終。
そう・・・・別段、気に掛ける必要は――――。
「!?」
――――待て?待て待て?待て?
勢い良く起き上がり、肩越しから振り返って。
「飲み物」を、取りに行ってると思われる。
酢昆布娘をもう一度、見てみる。
「――――――んがあ!?」
思わず奇声を上げずには、いられない。
冷蔵庫を開ける神楽――――の行動は、別におかしく無い。
問題は。
オレは思わず長椅子から立ち上がり、大股で台所に向かった。
「ちょ・・・おまっ―――神楽!何て格好してんのよ?」
―――タオル一枚を、身体に巻きつけて。
人様の苺牛乳を、ラッパ飲みしながら。
「ぬお?」と、間の抜けた返答。
「ぬお?じゃねえっての!―――あ〜!しかも!大切に取っておいた、苺牛乳まで―――」
開け口から口を離すと、冷めた目で。
「うるさいアル。たかが苺牛乳を少し飲んだだけで。これだから、心の狭い男は・・・」
――――ちがあああああああう!苺牛乳も大事だが、要点は其処じゃねえ!
「そうじゃなくて!お前―――年頃の娘が、タオル一枚で家ん中歩くんじゃ無いよ!」
「別に良いダロ?湯上りは身体が、火照って仕方ない。冷ますのはこれが一番ネ」
・・・ああ、成る程ね―――――って!納得してどうする?オレ!
「つうか、男がいる前でそんな格好すんなっての!教えただろが!はい!男は皆―――」
「獣」
ぽつりと呟く、淡い唇。
「―――――そう!その通り!ちゃんと覚えてるじゃねえか」
「・・・でも、別に。今は銀ちゃんが危惧する様な「獣」なんて、いないアル」
―――――うん?あれ?
両腕を組み、思わず思考を巡らせる。
・・・・これって・・・・ドウナンデスカ?
もしかして―――オレって、『異性』として見られてない?
気を許されてるってのは、ある意味嬉しい事だけど。
―――・・・男として、どうなのよ。
家の中にいるのは、オレとコイツだけ。
他の野郎がいる訳でも無いし―――新八は家に帰ったし。
一つ屋根の下に、年の離れた男と女。
間違いが起きる事も無く、微妙な「平衡」を保って来たけれど。
再び神楽に視線を、戻せば。
未発達な白い身体が、仄かに赤く染まり。
洗われた髪からは、艶を放ち甘い香りが鼻腔を擽る。
ちゃんと拭き切れていない為か、細い髪から雫が毀れて。
細い鎖骨の上に、垂れ落ちた。
「・・・・・・・」
思わず、目の前の少女の姿に。
唾を飲み込むと同時に、喉仏が上下に動き。
その――――何だ?
・・・・妙に色っぽくねえ?あれ?コイツまだ『14』だよな?
「銀ちゃん?」
名前を呼ばれ、我に返ると。
人の顔を覗き込む様に、顔が間近にある。
―――――――ストオオオオオオオオオオオオオップ!
慌てて身体を反らし、一歩後退。
「――――どしたネ?そんなに苺牛乳を、飲まれたのがショックだったカ?」
整った眉を八の字にさせ、上目遣い。
照明の所為だか、何だか知らないが。
そんなに瞳を、潤ませさせるんじゃありません!
気を紛らす様に、右手で頭を掻き毟り。
「――――良いから!ちゃんと、いつものパジャマを着なさい!」
大人の威厳を保ちつつ、踵を返し居間へと戻る。
「・・・・変な銀ちゃん」
背後からぽつりと囁く、神楽の声が聞こえたが。
この場はあえて、聞かなかった事にする。
危ない・・・声を掛けられずにいたら。
この『平衡』が、崩れていたかも。
「―――――マズイなあ」
再び長椅子に腰を掛けて、深く項垂れる。
何がマズイって・・・オレが。
まさか神楽を、そんな目で見てしまうなんて。
後どれくらい―――この『関係』を、保つ事が出来るだろうか。
出来れば・・・・後数年は。
「頼む――――持ってくれよ。オレの理性」
――――それは祈りにも近い、囁き。