NOCTUREN
風呂上り、窓を開ければ。
少し冷たい外気が、火照った身体を冷ます。
空を見上げれば、暗闇に浮かぶ満月と。
その周りを囲む、恒星達。
たまに風が遮り、丁度良い心地良さ。
両目を瞑って、しばし――――夜と語らう。
瞼に感じる、柔らかな光。
「――――神楽?」
――――と、背後から。
私の名前を呼ぶ人物が、現れた。
「そんな所にいっと、温まった身体が湯冷めしちまうぞ?
電気も付けねえで、何してやがんだ?」
肩越しから振り向き、「平気ヨ」とだけ答える。
「夜風が気持ち良いから、少しこうしてただけネ」
銀髪の男は首に、下げたタオルで。
濡れて少しは大人しくなった、頭を拭きながら。
照明を、付けようとしたので。
「付けないで」と、行動を止めさせた。
この言葉に首を傾げて、「何で?」と問い掛け近づいて来る。
窓から自分を照らす、月光を見つめながら返答。
「―――折角の綺麗な光が、拝めなくなるアル」
「おんやあ?神楽ちゃんってば、意外にロマンティスト?」
「―――意外には、余計ネ」
少し拗ねた口調で、返答すれば。
「はいはい」と私の頭を、軽く撫で始めた。
「――――冷てっ!おまっ・・・ちゃんと、髪拭いたのかよ?」
「拭いたよヨ?」
「嘘付きやがれ。髪から雫が落ちてるし、襟元が湿ってんじゃねえか。
・・・・ったく、仕方ねえなあ」
溜息を吐いたと思ったら、突然タオル被せ。
両手を上下左右まんべんなく、掻きまわし始めた。
「―――わっ!銀ちゃ―――痛いアル!」
「こういうのは、痛いくらいが丁度良いの。頭皮も刺激されて、マッサージ効果抜群よ?」
――――数分その状態が、続き。
満足し終えたのか、「おっし」とタオルを取り。
「――――ほれ。先程とは打って変わって、違うだろが」と自慢気に呟いた。
「やり過ぎアル。乙女の髪は繊細ネ。大事に扱えヨ、この天パ」
くしゃくしゃになった髪を、それとなく手櫛で直していたら。
突然――――私の両手以外に、5本の指が加わる。
骨ばった指が、頭の至る場所を上下に滑り落ちた。
が――――何度目かの往復で、指が項付近で止まり。
「身体冷えたんじゃね?もうそろそろ、窓閉めれば?」
自分では「冷えた」とは、感じないけど。
今は未だ、此処にいたい。
「―――もう少しだけ」
「やれやれ」と私の髪から指を離し、立ち上がったと思ったら。
隣に「おっこらせ」と言いながら、腰を下ろし胡坐を掻いて。
「オレもお前の『月見』に、付き合うとするか。―――どうせなら、月見酒と洒落込みたいねえ」
「それ以上飲むと、ホントに糖尿病になるアル。ジャンプの主人公として、あるまじき事ネ」
「うっせ。オレから『糖とアルコール』を取ったら、この『天パ』しか残んねえよ」
―――ん?一つ忘れてるヨ。
「駄目アル、銀ちゃん。その上に『マダオ』を付けないと」
「お前はオレに、喧嘩を売ってくれちゃってんのか?コノヤロー」
「だって、事実ネ」
心洗われる様な会話が、続いた後に訪れた沈黙。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
4つの瞳の先には、琥珀色に輝く月。
―――遠くから聞こえる、『不夜城』の喧騒。
犬の遠吠え・鈴の様な声色を出す虫達。
それらが織り成し合い、夜の情緒を表す『メロディー』に変化する。
視線を横に移せば、月光に照らされた端整な横顔。
さり気なく畳に置かれた左手に、自分の右手を重ねれば。
一瞬だけこちらを見やり、静かな笑みを浮かべ。
視線を―――満月に、戻した。
私も唇の両端を上げて、視線を頭上に戻す。
たまには。
こんな風に夜を過ごすのも、悪くないよネ。