[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

SUBTLE OF VALENTINE(前編)



何か、腹に納まるモンでも無いかと。

台所に向かい、冷蔵庫の扉を開こうとした時だった。

「ただいまヨ~」と、横から声が聞こえたのは。

冷蔵庫の取手に手を掛け、扉を開きながら「おお」と返答。

弱冷気を肌で感じつつ、視線を右往左往泳がせるも。

・・・・・相変わらずこの冷蔵庫は、寂しい中身してんなあ。

―――――なんて、内心呟いていたら。

少女が鼻唄をしながら、ゴソゴソと動いているの気付く。

盛大に溜息を吐き、扉を閉めて。

「何だよ?お前料理でもすんの?銀さんの寂しい胃袋を、慰めてくれんのか?

まあ実際そんな事、天地がひっくり返ろうが有り得ないだろうが。

食ったら食ったで、大変な事になりそうだし。

右手で胃の辺りを軽く摩りながら、声の主へと視線を動かす・・・・・と。

「――――てか、その紙袋どした?」

「散歩してたまたま、大江戸スーパー寄ったら。
大特価セールしてたアル。小遣い叩いて買って来たネ」

袋の中身をいそいそと、シンク台の上に取り出すお団子頭娘。

その手から取り出された商品に、両目を滑らせる。

リボンやら、四角い箱やら・・・・・何に使うんだ?

そして板チョコ数枚が登場―――――てかチョコ好きなオレとしては。

喉から手が出そうなんですけど。

そんな心情を察知してか、「食うなヨ?」とダメ押しをされてしまった。

・・・・・どうやらこの板チョコを使って、少女は此処で何かを始めるらしい。

何だってそんな急に?と思いつつ、別の疑問をぶつけてみる。

「大特価だあ?」

「うん。『ヴァレンタインセール』って、プレートが掲げられてたヨ」

「・・・・・・・・・・」

――――――な~るほど。

明日は、2月14日。

世間で言うところの、『聖ヴァレンタインデー』。

菓子業界と世の女性達が、一丸となるイベント行事。

このオレとした事が・・・・・。

―――――うっかり忘れてたああああああああああ!!

今から勝負服を調達して、間に合うか?

今年は何を『テーマ』にすっかなあ・・・・・・。

「銀ちゃん?何をブツブツ言ってるカ。めっさ不気味ネ

「―――――んあ?」

いかん―――――どうやら、トリップしてたらしい。

我に返ったオレは、相変わらず鼻唄を歌う少女を見つめた。

「私も手作りチョコに、挑戦するアル♪」

両袖を腕まで捲くり、滅多に着けないエプロンまで。(新八用)

「・・・・・・・・」

――――コイツも、明日に向けて稼働中ってか。

しっかし・・・・まさか『手作り』に、挑もうとは。

台所とか大丈夫なんか?意味不明な爆発させたり、しねえだろうな?

胸中に不安を宿らせつつも、一応質問をしてみる。

「・・・・・板チョコばっかりだけど。お前何作ろうとしてんの?」

「ん?ヴァレンタインのチョコ

・・・・・いや、だから。

「んなモン、見りゃ分かるっての。そーじゃなくて!色々あるだろーが。
トリュフとか、ブラウニーとかチョコケーキとか!」

「ああ、そういう事ネ。え~っと・・・・・これこれ」

シンク台に置かれた、商品達の1つを手に取り。

「これを、使うヨ」

目の前に差し出されたのは、クッキー生地が器型に固められたモノ。

上下2段に別れ、3個ずつ入っている。

「これにチョコを入れて、トッピングし冷やせば出来上がりヨ」

両手を腰に当て、踏ん反り返る神楽に・・・・思わず一安心。

―――――別段、難しい工程でも無い。

説明してる本人の言う通り。
板チョコを溶かして流しいれりゃ良いだけの事だし。

準備万端と言った態の少女は、鼻息を鳴らし。

よっしゃああああ!
いざ勝負アル!ヴァレンタインンンンン!!

良く分からない掛け声と共に、『チョコ』作りをスタートさせた。

両肩を竦め居間に戻ろうとしたが、どうせ何もする事が無いので居座る事にする。

閉じられた袋から、板チョコを取り出し。

両手を使いがなら軽快な音をさせて、次々と原型を壊していく。

―――――細かくしてから、包丁で刻むってか。

実際板チョコのまま、端から刻んでった方が切りやすいんだが。

・・・・・まあ、コイツのやり方もあるし。

――――――だが。

「・・・・・・・?」

神楽は包丁を手にする事はせず、器型のクッキーを今度は手に取った。

・・・・・・まさか・・・・・な?

そうだよ、まさかだろ?いくら神楽だからってそりゃねえよ、オレ

己の浮かんだ予想に、思わずツッコミを入れる。

だがこの娘は想像通りに、事を運んでくれた。

手折った小さなチョコを、そのまま器型クッキーに放り入れ。

トッピング用のアーモンドを、上に載せようとしていた。

「これで、冷蔵庫に入れれば完成アル♪チョコ作りなんて、ちょろいもんネ

えええええええええええ!?
これで完成にするつもりですかあああああ!?

思わず「待て待て!」と、声を掛けてしまったじゃねえか。

当の少女は「何ヨ?」と、首を傾げてこちらを見ている。

「何ヨ?じゃねえだろ。おまっ――――これで終わり!?

「うん。だってチョコをこのクッキーの器に入れて、冷やせば完了アル」

「いや・・・・・うん。言葉は、間違っちゃいないんだけどね?
流れがおかしいつうか。その説明書き、何処に書いてあったんだ?」

「――――――え?セール棚の所に、立て掛けられてたネ」

やっぱりコイツは、『チョコを入れて』の部分をそのまま受け取ってる。

―――――ったく・・・・・スーパー側も、端折らないでちゃんと書けっての。

確かにそのままの説明を受け取るとは、誰も思っちゃいないだろうが。

この娘は――――――――例外なんだよ。

「良いかあ?神楽。このままだと、不完成だぞ?お前の言う完成とは、程遠い!」

そう・・・・『糖分』の二文字を背負うオレとしては、これは見過ごせない。

「え!?どしてヨ!?何処か違うカ?」

何処か間違っているか、不思議でならないと言った表情の神楽に。

正しい『チョコ』の作り方を、伝授する事になったのだった。





―――――数時間後。

ようやく『チョコを入れて』の部分を、理解したお団子頭娘は。

「そうならそうと、ちゃんと書いとけヨ」と、理不尽な文句を口にしつつも。

最終段階のトッピングまで、辿り着いていた。

「普通は、チョコを刻んで。ボールに入れて熱湯で温めるなり、耐熱皿に入れレンジで温めるなりして。
トロトロに溶かしてから、この器に流し込むんだよ。まあスーパー側も、お前みたいに。
素直に説明書きを、受け取る奴がいるとは思わなかったんでない?」

トッピング工程に移りながら、「後は冷やせば良いアルカ?」と確認して来た。

「―――――ああ。チョコが完全に固まったら、それで完成」

「結構、手間掛かるアルナ。簡単なモンだと、思ってたのに。」

――――――いやいや。チョコ作りにしては、結構簡単な作業だと思うんデスガ。

口を開いて言いそうになったが、喉元で留めておいた。

何時の間にやら台所には、特有の甘い匂いが微かに漂っている。

益々腹の空きが、酷くなった様な感じだ。

ボールに少し残った液体状のチョコを、人差し指で掬い口に持っていく。

甘い・・・・・甘くて、旨いいいいい!

これ一度やると、止められないんだよな。

―――――にしても・・・・だ。

「珍しいな、お前が手作りに挑戦するなんて。しかも・・・・少ない小遣い、叩いてまで」

この言葉にトッピングに熱中している神楽が、淡々と返答をする。

「――――渡したい人が、いるアル」

思わずチョコを掬い上げた指が、口の前でピタリと止まり。

・・・・・・渡したい―――――人?

「―――――へえ。誰よ?それ」

自然と口が上下左右に動き、質問を繰り出していた。

「内緒」

―――――と。間髪入れずに、少女の返答。

あまりの返事の早さに、閉口しそうになるも。

「・・・・何でよ?教えるくらい良いじゃねえの。手伝ってやったろお?」

「でも、内緒。――――あれ?もうアーモンドスライスが、無いネ」

――――内緒って・・・・。

そりゃあ・・・・コイツもお年頃の娘だし。

オレの知らない所で、成長しているかも知れないが。

あまりにも、素っ気無くないっすか?

「他に、何かないアルカ?」

普段は『銀ちゃん』と、喧しい程くっついて来る癖に。

――――チョコを渡したい奴が出来たら、そんな態度になっちゃう訳?

何だか心に隙間が、ぽっかり空いた様な・・・・。

――――――あれ?何?このセンチな気持ち!?

世間の娘を持つお父さんて、ひょっとしてこんな感じ?

・・・・・いやいや、オレは別に父親じゃないし

つうかさ?渡したい奴が、いるかも知れないけど。

オレの事も一応、頭に入れとけよ。みたいな?

恐らくそいつよりは、神楽と一緒にいる時間が長いし。

何かと、面倒も見てやってるし?

オレの名前出してくれても・・・・罰は当たんないかなあ~って感じ?

・・・・・別にこれは、ヤキモチとかじゃないから!



→NEXT

小説トップページへ戻る