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SUBTLE OF VALENTINE(前編)
何か、腹に納まるモンでも無いかと。
台所に向かい、冷蔵庫の扉を開こうとした時だった。
「ただいまヨ~」と、横から声が聞こえたのは。
冷蔵庫の取手に手を掛け、扉を開きながら「おお」と返答。
弱冷気を肌で感じつつ、視線を右往左往泳がせるも。
・・・・・相変わらずこの冷蔵庫は、寂しい中身してんなあ。
―――――なんて、内心呟いていたら。
少女が鼻唄をしながら、ゴソゴソと動いているの気付く。
盛大に溜息を吐き、扉を閉めて。
「何だよ?お前料理でもすんの?銀さんの寂しい胃袋を、慰めてくれんのか?」
まあ実際そんな事、天地がひっくり返ろうが有り得ないだろうが。
食ったら食ったで、大変な事になりそうだし。
右手で胃の辺りを軽く摩りながら、声の主へと視線を動かす・・・・・と。
「――――てか、その紙袋どした?」
「散歩してたまたま、大江戸スーパー寄ったら。
大特価セールしてたアル。小遣い叩いて買って来たネ」
袋の中身をいそいそと、シンク台の上に取り出すお団子頭娘。
その手から取り出された商品に、両目を滑らせる。
リボンやら、四角い箱やら・・・・・何に使うんだ?
そして板チョコ数枚が登場―――――てかチョコ好きなオレとしては。
喉から手が出そうなんですけど。
そんな心情を察知してか、「食うなヨ?」とダメ押しをされてしまった。
・・・・・どうやらこの板チョコを使って、少女は此処で何かを始めるらしい。
何だってそんな急に?と思いつつ、別の疑問をぶつけてみる。
「大特価だあ?」
「うん。『ヴァレンタインセール』って、プレートが掲げられてたヨ」
「・・・・・・・・・・」
――――――な~るほど。
明日は、2月14日。
世間で言うところの、『聖ヴァレンタインデー』。
菓子業界と世の女性達が、一丸となるイベント行事。
このオレとした事が・・・・・。
―――――うっかり忘れてたああああああああああ!!
今から勝負服を調達して、間に合うか?
今年は何を『テーマ』にすっかなあ・・・・・・。
「銀ちゃん?何をブツブツ言ってるカ。めっさ不気味ネ」
「―――――んあ?」
いかん―――――どうやら、トリップしてたらしい。
我に返ったオレは、相変わらず鼻唄を歌う少女を見つめた。
「私も手作りチョコに、挑戦するアル♪」
両袖を腕まで捲くり、滅多に着けないエプロンまで。(新八用)
「・・・・・・・・」
――――コイツも、明日に向けて稼働中ってか。
しっかし・・・・まさか『手作り』に、挑もうとは。
台所とか大丈夫なんか?意味不明な爆発させたり、しねえだろうな?
胸中に不安を宿らせつつも、一応質問をしてみる。
「・・・・・板チョコばっかりだけど。お前何作ろうとしてんの?」
「ん?ヴァレンタインのチョコ」
・・・・・いや、だから。
「んなモン、見りゃ分かるっての。そーじゃなくて!色々あるだろーが。
トリュフとか、ブラウニーとかチョコケーキとか!」
「ああ、そういう事ネ。え~っと・・・・・これこれ」
シンク台に置かれた、商品達の1つを手に取り。
「これを、使うヨ」
目の前に差し出されたのは、クッキー生地が器型に固められたモノ。
上下2段に別れ、3個ずつ入っている。
「これにチョコを入れて、トッピングし冷やせば出来上がりヨ」
両手を腰に当て、踏ん反り返る神楽に・・・・思わず一安心。
―――――別段、難しい工程でも無い。
説明してる本人の言う通り。
板チョコを溶かして流しいれりゃ良いだけの事だし。
準備万端と言った態の少女は、鼻息を鳴らし。
「よっしゃああああ!
いざ勝負アル!ヴァレンタインンンンン!!」
良く分からない掛け声と共に、『チョコ』作りをスタートさせた。
両肩を竦め居間に戻ろうとしたが、どうせ何もする事が無いので居座る事にする。
閉じられた袋から、板チョコを取り出し。
両手を使いがなら軽快な音をさせて、次々と原型を壊していく。
―――――細かくしてから、包丁で刻むってか。
実際板チョコのまま、端から刻んでった方が切りやすいんだが。
・・・・・まあ、コイツのやり方もあるし。
――――――だが。
「・・・・・・・?」
神楽は包丁を手にする事はせず、器型のクッキーを今度は手に取った。
・・・・・・まさか・・・・・な?
そうだよ、まさかだろ?いくら神楽だからって。そりゃねえよ、オレ。
己の浮かんだ予想に、思わずツッコミを入れる。
だがこの娘は想像通りに、事を運んでくれた。
手折った小さなチョコを、そのまま器型クッキーに放り入れ。
トッピング用のアーモンドを、上に載せようとしていた。
「これで、冷蔵庫に入れれば完成アル♪チョコ作りなんて、ちょろいもんネ」
えええええええええええ!?
これで完成にするつもりですかあああああ!?
思わず「待て待て!」と、声を掛けてしまったじゃねえか。
当の少女は「何ヨ?」と、首を傾げてこちらを見ている。
「何ヨ?じゃねえだろ。おまっ――――これで終わり!?」
「うん。だってチョコをこのクッキーの器に入れて、冷やせば完了アル」
「いや・・・・・うん。言葉は、間違っちゃいないんだけどね?
流れがおかしいつうか。その説明書き、何処に書いてあったんだ?」
「――――――え?セール棚の所に、立て掛けられてたネ」
やっぱりコイツは、『チョコを入れて』の部分をそのまま受け取ってる。
―――――ったく・・・・・スーパー側も、端折らないでちゃんと書けっての。
確かにそのままの説明を受け取るとは、誰も思っちゃいないだろうが。
この娘は――――――――例外なんだよ。
「良いかあ?神楽。このままだと、不完成だぞ?お前の言う完成とは、程遠い!」
そう・・・・『糖分』の二文字を背負うオレとしては、これは見過ごせない。
「え!?どしてヨ!?何処か違うカ?」
何処か間違っているか、不思議でならないと言った表情の神楽に。
正しい『チョコ』の作り方を、伝授する事になったのだった。
―――――数時間後。
ようやく『チョコを入れて』の部分を、理解したお団子頭娘は。
「そうならそうと、ちゃんと書いとけヨ」と、理不尽な文句を口にしつつも。
最終段階のトッピングまで、辿り着いていた。
「普通は、チョコを刻んで。ボールに入れて熱湯で温めるなり、耐熱皿に入れレンジで温めるなりして。
トロトロに溶かしてから、この器に流し込むんだよ。まあスーパー側も、お前みたいに。
素直に説明書きを、受け取る奴がいるとは思わなかったんでない?」
トッピング工程に移りながら、「後は冷やせば良いアルカ?」と確認して来た。
「―――――ああ。チョコが完全に固まったら、それで完成」
「結構、手間掛かるアルナ。簡単なモンだと、思ってたのに。」
――――――いやいや。チョコ作りにしては、結構簡単な作業だと思うんデスガ。
口を開いて言いそうになったが、喉元で留めておいた。
何時の間にやら台所には、特有の甘い匂いが微かに漂っている。
益々腹の空きが、酷くなった様な感じだ。
ボールに少し残った液体状のチョコを、人差し指で掬い口に持っていく。
甘い・・・・・甘くて、旨いいいいい!
これ一度やると、止められないんだよな。
―――――にしても・・・・だ。
「珍しいな、お前が手作りに挑戦するなんて。しかも・・・・少ない小遣い、叩いてまで」
この言葉にトッピングに熱中している神楽が、淡々と返答をする。
「――――渡したい人が、いるアル」
思わずチョコを掬い上げた指が、口の前でピタリと止まり。
・・・・・・渡したい―――――人?
「―――――へえ。誰よ?それ」
自然と口が上下左右に動き、質問を繰り出していた。
「内緒」
―――――と。間髪入れずに、少女の返答。
あまりの返事の早さに、閉口しそうになるも。
「・・・・何でよ?教えるくらい良いじゃねえの。手伝ってやったろお?」
「でも、内緒。――――あれ?もうアーモンドスライスが、無いネ」
――――内緒って・・・・。
そりゃあ・・・・コイツもお年頃の娘だし。
オレの知らない所で、成長しているかも知れないが。
あまりにも、素っ気無くないっすか?
「他に、何かないアルカ?」
普段は『銀ちゃん』と、喧しい程くっついて来る癖に。
――――チョコを渡したい奴が出来たら、そんな態度になっちゃう訳?
何だか心に隙間が、ぽっかり空いた様な・・・・。
――――――あれ?何?このセンチな気持ち!?
世間の娘を持つお父さんて、ひょっとしてこんな感じ?
・・・・・いやいや、オレは別に父親じゃないし。
つうかさ?渡したい奴が、いるかも知れないけど。
オレの事も一応、頭に入れとけよ。みたいな?
恐らくそいつよりは、神楽と一緒にいる時間が長いし。
何かと、面倒も見てやってるし?
オレの名前出してくれても・・・・罰は当たんないかなあ~って感じ?
・・・・・別にこれは、ヤキモチとかじゃないから!