長椅子に横たわり、口から涎を流す酢昆布娘を。
背凭れに肩肘ついて、見下ろし―――思わず、笑みを毀す。
「――――だっらしねえ、顔しちゃって・・・・まあ」
小さく細い左手は、胸に置かれ。
椅子から食み出た右腕は、床に向かって伸びていた。
傍から離そうと、差し伸べられたその手を。
気付かない振りして、背中を向けたのはいつだったろう。
住所不定で返還される、父親宛の手紙を手にした時。
アイツの奥底に。
隠されていた心情を、知らされた気がして。
オレなんかの近くにいるよりも。
血の繋がった家族と、一緒に生きる方が。
―――――『幸せ』だと。
胸に掛かる靄を、無意識に振り払い。
タイミング良く神楽を探していたと言う、父親が現れたと同時に。
「さよなら」を、口にした。
オレの名を呼ぶ、神楽の悲痛な声を無視し。
一人――――『万事屋』に、戻れば。
静まり返った空間が、出迎えた。
――――今までアイツがいた事自体が、嘘の様で。
やっかいな居候がいなくなって、清々する筈なのに。
これからまた『独身貴族』を謳歌出来ると、喜んでも良い筈なのに。
住み慣れたこの室内が、暗く感じられて。
・・・・オレを取り巻く世界の何もかもが、闇に飲まれそうな。
たった一人のガキの存在で、こうも――――世界が違って見えるのか?
動揺する自分を、嗜める様に。
一緒にいるのが、長過ぎたんだと。
また一人暮らしを始めれば、環境に慣れてくると。
何度も、言い聞かせたが。
翌日神楽を解雇したと知った新八には、罵声を浴びせられ。
おまけに鼻穴に指突っ込まれ、背負い投げを喰らう始末。
「神楽ちゃんの気持ち、考えた事あんのかよ!?」
新八が怒った際に、投げて来た言葉。
・・・・・考えた。考えて、一番良い結論を出した・・・つもりだった。
アイツにはこんな『狭い世界』で、収まって欲しく無い。
オレなんかに関わらずに。もっと『広い世界』で、生きて欲しいと。
だがテレビのブラウン管に、『ターミナル』に出現した『えいりあん』共と。
身体を張って、闘う神楽を見た瞬間。
無意識に、身体が動き―――――定春の背に跨り現場に向かっていた。
自分から突き放しておいて、助けに行くなんて。
確かに禿親父に「今更何しに来た?」と言われても仕方が無い。
だが――――どんなに非難されようが、皮肉を言われようが。
『助けたい』
深傷を、負った神楽を。
『死なせたくない』
・・・その一心、だったんだろうな。
差し伸べた左手に。
届きそうで届かなかった、神楽の指先。
オレの名前を微かに呼んでいた、神楽の声。
その場で助け出す事も出来なかった、己の無力さをひしと感じ。
あの時程――――自分を呪った事は、無かったかも知れない。
「・・・・・・・・」
肩肘ついていた左手を、そっと神楽の左手に添える。
なあ、神楽。
あの後てっきり、オレは。
傷を癒し禿親父と一緒に、『地球』を離れたと思ってたよ。
だがスナック『お登勢』で、姿を目にした瞬間。
あんなに、闇に思えた世界が。
『光』が灯された様に、明るくなり。
――――新しい世界へと、変わった。
もうオレからは、「さよなら」を口にはしない。
無理に、傍から離そうともしない。
お前が自ら地球を旅立つ、その日まで。
どうか・・・・取り巻く、この世界を。
「・・・・照らし続けてくれや」
寝顔を見つめて、呟いた言葉に。
まるで返答するかの様に。
オレの左手に。
床まで伸ばされていた右手が、重ねられた。
――――君が傍にいる。
そんな、新しい世界。