突然、背後から――――ノックの音。
肩越しに振り向き扉の向こう側へと、声を掛けようとしたのだが。
「ん?何だ―――――」
言い終える前に扉は開かれ、ノックをした人物が堂々と中に入って来る。
「!?」
「ちょいと、ご免ヨ〜。―――あっ!あった、あった♪」
「――――――」
探し物が見つかったのか、それを手にすると。
「お邪魔しました〜♪」
その人物は何事も無かった様に、右手を掲げ鼻唄しながら。
扉を開閉し――――この場を後にした。
「――――――」
別に。会話や行動だけなら、何ら問題な点は無い。
ただ――――此処は、一応『脱衣所』だった訳で。
着慣れた着流しとシャツを脱ぎ捨て、上半身は裸だった訳で。
ノックの音が無ければ、当然の如く。ズボンを脱ぎ捨てていた訳で。
こんな状態のオレを、まるで意に介する事無く。
居間にでもいる様な感覚で、脱衣所に入って来た・・・・・酢昆布娘。
「ちょっ・・・これ。一体、どうなのおおおお!?」
何でアイツ、恥じらいが無いの!?しかも、全くって言って良いほど!
上半身の裸のオレを見ても、綺麗にスルーだったし。
普通こういう場面に出くわした場合、『きゃっ!』とか言って。
謝罪しながら、慌てて扉を閉めるとか!顔を真っ赤に染めて、両手で隠すとか!
どして、オレの方が。こんな居た堪れない気分に、ならなくちゃいけないんだ?
「・・・・・とにかく。風呂に入ろう。うん、そうしよう。つうか、鍵閉め忘れてたんか?オレ」
扉の鍵を閉め、下半身を覆っていたズボンを脱ぎ去り。
同じ事が、起きぬ様に。浴室の戸を開けて、入浴を開始した。
浴槽に身を沈めると、一日の疲れが飛ぶ様な――――幸福感。
全身が暖かい湯に包まれ、思わずほおっと息を吐き出してしまう。
「あ゙〜・・・・風呂は、良い。やっぱり、良い」
両目を閉じて、浴槽に身を委ねた瞬間――――。
先程の光景が、瞼の裏にフラッシュバックされた。
「しっかし・・・・男の裸見て、何ら感じないのかね?あの娘は」
もし立場が逆であれば、流石にオレだって。
『悪かった』と一言謝り、すぐさま扉を閉めただろう。
「っても――――そんな遭遇、中々無いけどな」
まあ・・・・かと言って。あんな未発達の体なんて、全然興味――――。
『陶磁の様な白い肌と、華奢な身体』
―――――をした、後姿の神楽の上半身の裸が。突如、脳裏に突然浮かび上がる。
「!?」
あれ?・・・・いやいやいや!待て待て!
何か・・・・・風呂ん中で、有り得ない現象が起きちゃってるんですケド!
「ちょっ・・・・!おい、静まれって!第二のオレ!」
風呂の中を覗きつつ。何故、宥める羽目になるんだと?
自分自身に、突っ込みたくなってしまった。
脳裏の中にいる、アイツの姿を追い出そうとするが。
中々、どうして。思う様に消えてくれない。
全然興味無いと、思っていた筈なのに。
第二のオレ=『分身』君は、思う存分興味を持ってくれちゃっている。
本体と違って。何て、素直なんだ?お前ってヤツは。
つまり、これは――――どんなに、『ガキ』扱いをしていようが。
あの娘を、『女』として捉えているという意味でもあるのだ。
「・・・・オレでさえ、こうなのに」
そうなると、神楽は――――オレを『異性』として見ていないという事か?
『男』として見てなけりゃ、上半身を曝け出され様が・・・・別段問題無し?
「これじゃあ・・・・あの態度は、至極当然だわな」
あっれ〜・・・・?何、この。おせんな、気持ち。どっから湧いて来ちゃったんだ?
お陰様で、『分身』君が。しゅうんと、項垂れましたが。
だが―――――そうは、言ってもよ?
確かに自分では、『親子みてえなモン』だとか。
『ガキ』・『クソガキ』呼ばわりして、お前の事は『異性』として見てないから!的な。
言葉を発しては、いるけれど。それは・・・・なんつうか。
『保護者』な自分でもあったから、口から出していた訳で。
・・・・てか、考えがおかしいか。そんだけの事、言っておいて。
自分の事は、『異性』の位置に置いて欲しいと思うなんて。
「男ってのは、幾つになっても・・・・我儘な生きモンなんだなあ」
ぽつり呟けば浴室内にエコーが掛かる、自身の声。
これ以上の言葉が紡げない様に、オレは顔を鼻下まで湯に沈めさせた。
程よく暖まった身体に寝着を通し、水分のお陰で多少は大人しくなった。
自由奔放な髪を、タオルで掻き回しながら――――居間へと辿り着けば。
此方もすっかり『おやすみ』モードに切り替わった、居候がいた。
長椅子に腰掛け今日の1日の出来事を伝える、ニュース番組を見ている。
オレも神楽の隣に腰掛け、頭に置いていたタオルを。
首元に掛け直すと、横目で居候を捕らえながら――――先程の事を口にした。
「お前なあ。いきなり脱衣所のドア、開けんなよ。ノックぐらいしろって」
「ん〜?ああ、さっきの事?だって、銀ちゃんいるとは思わなかったし」
――――いやいや。そういう問題で、無くて。
「オレがいる、いないの問題じゃ無いだろが。
鍵が掛かって様がなかろうが、一応ノックをするのは。人としての嗜みよ?もし――――全裸だったら、どうすんのよ!?」
「んなモン。鍵を閉め忘れる、銀ちゃんの過失だロ?鍵が掛かってれば、私だって開けなかったネ」
・・・・・いやいやいや。確かに、それは至極当然な意見ですけれども!
「鍵うんぬんの前に、『ドアの前=ノックする』くらい覚えておけっての!」
ニュースを見ていたのを邪魔されて、気分を害したのか。
ブラウン管に送っていた視線が、突如こちらに向けられ。
「うっさいなあ。別に――――銀ちゃんの裸を拝んだところで、今更どうなる訳でもねーだロ」
少女の吐いたこの言葉に、脳天直撃。
背景を例えるなら、複数の稲光が漂ってるみたいな?
・・・・・いやいやいやいや。そりゃね?オレの裸拝んだところで、お前にとっては何も得にもならんだろうし?
『なんだ、脱いでんのか』くらいの?程度なんでしょうけども?
ぷち。
やっちまったな、これ。やっちまったよ、おい。
切れちまったよ、堪忍袋の――――緒が。
とんでも発言をしてくれた居候の両手首を捉え、勢い付けて長椅子へと横たわらせる。
「―――――うわっ!?何するカ?急に!」
「・・・・・お前さあ。何か、忘れてない?」
身体を捩じらせ抵抗する、華奢な身体を無理矢理押さえつけ。
切れ長の両目を更に細くさせ、自身の下にいる居候を睨み付ける。
「――――忘れてる?」
普段とは様子の違うオレに、一瞬だけ身体を硬直させる神楽。
「腋が酸っぱくなる程、オレ。お前に、教えたろ?『男は皆、獣』って」
「そ、そんなの・・・・耳にマンボウが出来る程、聞いてるヨ!」
「じゃあ。――――今、目の前にいるのは?」
「・・・・え?」
抵抗を止めた少女の顔がこちらに向けられ、2つの碧眼と自身の瞳が交錯する。
僅かに開かれた容の良い唇から、搾り出す様に声色が両耳へ届けられた。
「ぎ・・・・銀ちゃん・・・・デショ?」
「そう。良く、出来ました。坂田銀時――――オレも、立派な男です」
「!?」
驚き見開かれる、綺麗な青。
その瞳に映り始める、滅多に見せる事が無い――――真剣なオレの顔。
「足りないオツムで、銀さんの言いたい事が。理解、出来た様だなあ?」
「だっ・・・・だって!銀ちゃん、私の事・・・・いつも子供扱いして――――」
「ガキ扱いはしてるけども、『女』を否定した?オレは。口にしねえだけで」
両方の鼻先が、くっつく距離まで近づき。
お互いの吐息と吐息が、触れ合い――――。
「――――なんなら、今。『証明』してやろうか?ソレ」
唇と唇が出逢うまで、数センチ。
尚も近づこうとするオレに対し、覆い被された神楽は。
微かに身体を震わせ―――――強く両目を、閉じる。
「ば〜かっ」
神楽の両手首を掴んでいた手を、離し。
自由になった利き手で、これまた容の良い鼻を思い切り摘んでやる。
「ふごおっ?」
「可愛げの無え、鳴き声だなあ?おい」
強く閉じられていた両瞼が開かれ、碧眼が姿を現した。
「これに懲りたら、ちゃあんと『ノック』しろよ〜?」
摘んでいた鼻を解放してやり、体制を立て直し。
長椅子から、「よっこらせ」と腰を持ち上げた。
おずおずと身体を持ち上げる居候は、右手で鼻を摩りつつ。
呆然といった表情を浮かべ、こちらを凝視している。
その視線に気付かない振りをし、オレは乾いた喉を潤す為に。
台所へと、足を向けた。
「―――――――」
一人になり、冷静になった中で。
今しがた自分が起こしたアクションに、狼狽する羽目になってしまった。
危なかったよ!あそこで神楽の顔見なかったら、動き止まんなかったよ!
一時の感情に任せてたら、大変な事になっちまったよ!
強く閉じられた目尻から、室内灯の浴びて光る透明な雫。
それに気付いて、唇寸前まで近づけていた顔を――――咄嗟に遠ざけた。
「―――――はあ」
戸棚に仕舞われたグラスを取りだし、蛇口を捻って水を汲む。
半分ほど透明な液体が注がれると、水流を止める為にまた蛇口を捻った。
口元にグラスを運び――――水を含んでいく。
喉元を通り、食道を通り過ぎ。胃まで、到達するのを感じながら。
再度、溜息を吐いた。
―――――少しは、理解して貰えたのだろうか?
一つ屋根の下で生活を共にしている男だって、安全圏では無いと言う事を。
『保護者』兼『雇い主』とはいえど、『獣』の一人なのだと。
そう。
「オレだって、男なんだよ」
もしかしたら、アイツにとって。
安全だけど一番危険なのは、オレなのかも知れない。
オレは男だ
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