POISON 後編




「・・・・・・・」

井草の目を凝視する娘は、沈黙を守ったまま。

その姿に、苦笑しながら。

右手で『出て行け』と、ジェスチャーをし。

布団を掛け直し、眠りにつこうとした――――時だった。

「・・・・分かったアル」

小声ながらも、凛とした台詞が聞こえたのは。

「?」

・・・・だから。今日は行かないで

それだけ言うと、居候は立ち上がり。

急ぎ足で寝室を―――後にした。

呆然と後姿を見送った、自身の顔は・・・・。

きっと知ってる奴が見たら、滑稽だったに違いない。

――――この後。オレが本格的に、覚醒したのは。

もう一人の従業員である、メガネの青年の。

とっとと起きろよ!このマダオ侍!』の怒声で、蹴り飛ばされた時だった。






今朝方・・・・あんな事があったにも、関わらず。

居候娘は、至極自然体で。

オレに対しても・・・・勿論、新八に対しても。

―――――しかし。長年一緒に、連れ添って来たのもあるのか。

ダメガネは、女の違和感を瞬時に感じ取ったらしい。

居候娘の姿が、見えないの確認すると。

『神楽ちゃん・・・・何か、今日。おかしくありませんか?

と、心配気に耳打ちして来たのだ。

―――――更には。

銀さんも、様子・・・・おかしいですよね?

普段地味で何変哲も無い、メガネの青年だが。

察して欲しく無い部分を、察してくれる。

流石は万事屋の一員、と言った所か。

「気の所為じゃね?」とは、口にしておいたけれど。

夕飯を済ませ、万事屋を後にしようとした――――その時まで。

ヤツの心配気な表情は、続いていた。

だが自身の家を、いつまでも空けておく訳にもいかず。

「それじゃあ」と軽く会釈をすると、玄関の戸を開いて。

――――姿を、消した。

居間に残されたのは、いつものメンバーで。

オレ・神楽・定春の、2人と1匹である。

テレビの画面は、忙しく動いてるのだが。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

オレも――――眼前に、居座る女も。

ブラウン管には目もくれず、何も無い空間を見ていた。

気まずさを感じさせる空気に、耐えられなくなり。

長椅子に腰掛けていた身体を、立ち上がらせた―――――瞬間。

女の全身が、一度だけ震える。

だが敢えて、素知らぬ振りをし。

「風呂・・・・入って来る」とだけ、告げた。

背後から居候娘の視線を、痛いほど受けたが。

オレは決して、振り向こうとはしなかった。

脱衣所で身包み全てを解いて、浴室へと足を踏み入れる。

少し熱めの湯を頭から被り、盛大に息を吐いた。

大量の湯を受けた銀髪からは、雫達が流れるように零れ落ちて来る。

・・・・・アイツ。本気・・・・なんだろうか?

自分から嗾けた話しに、まさか乗ってくるとは思わなかった。

『今日は、行かないで』。

――――意味を理解して、言葉に出したのだろうか。

裏を返せば・・・・・つまり。

オレに、抱かれるという事だ。

「・・・・・・・」

もう一度、湯を頭から浴び――――両目を閉じる。

本能のままに、奪った。

容の良い・・・・柔らかな唇の感触が――――今でも。

鮮明な程に、残ってる。

――――そっと。己の唇に、右手を添えた。

本当に、後悔しねえのか?神楽。

逃げようとしても、オレは絶対に逃してやらない。

そう・・・・どんなに喚こうが、抵抗しようが。

――――縛りつけてでも、離してやらない。

思う存分に蹂躙し・・・・嬲り、共に快楽の底へと堕ちて行く。

それだけが、オレの『望み』なのだから。

「――――――」

心底手に入れたいと願っていた、女の全てが――――今夜。

「オレの・・・・モノになる」

願っていた事が、実現するかも知れないという。

歓喜の、心と。

本当にコレで良いのか?という。

疑問の、心と。

両狭間で、オレ自身――――揺れていた。






風呂から上がり、濡れて大人しくなった銀髪を。

タオルで乱雑に拭きながら、喉の渇きを潤そうと。

台所へ向かえば、其処に―――――神楽がいた。

視界に捉えた男の姿に、一瞬だけ驚いた顔をしたが。

「――――お風呂、出たのカ」

そう言うと。グラスに注いだ水を、一気に飲み干す。

「ああ」

「――――じゃあ。私も風呂、頂くアル」

空になったグラスを、流し台に置き。

この場を急いで離れ様とする、居候の手を咄嗟に掴んだ。

「!?」

「怖いか?オレが」

綺麗な碧眼は、大きく見開いてすぐに元の大きさに戻る。

「・・・・別に。怖くなんか、ないアル」

――――相変わらず、強情なヤツだ。

掴んだ手首からは、僅かに震えが伝わって来るのに。

「・・・・手。離してヨ」

言われた通りに、手首を解放してやると。

居候娘は視線を逸らし、台所から姿を消した。

――――怖くない訳がない。

アイツが知っている、『坂田銀時』は存在してないのだから。

『男』の顔を持った、『坂田銀時』がいるだけ。

『本能』に従う、オレがいるだけ。

「――――――」

流し台に置かれた、グラスを手に取り。

蛇口を捻って、透明な液体を――――グラス一杯に注ぐ。

あの娘と同じ様に、一気に喉元へ押しやったが。

火照った身体と、心を冷やすには。

これだけでは、済みそうになかった。



今宵・・・・・・物語の扉は、開かれる。




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※長くなり大変申し訳ありません。此処まで読んで下さり、真に有難うございました。
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