POISON 1
時計の針は――――短針と長針、共に。
じきに、12の数字を示そうとしていた。
飼い犬は既に、夢の世界へと旅立っており。
長椅子に腰掛けた、男と女が2人だけ。
テレビの電源は、とっくに落とされ。
室内には秒針の音と、飼い犬の寝息だけが響いている。
暫く視線を、空中に泳がせていたオレは。
隣に大人しく腰掛ける居候に、横目をやった。
両手を拳にして膝に置き、ズボンに幾つもの皺を寄せて。
下唇を噛み締め、テーブルに視線を置いている。
・・・・・震えている全身を、押さえつけるかの様に。
その姿を、見た瞬間。
一欠けらの理性が、徐々に形を成して膨らんでいく。
やはり・・・・どだい、無理な話しなのだ。
―――――オレに、抱かれるなんてこと。
―――――オレを、鎮めるなんてこと。
諦めに近い笑みが、表面に出るのを感じながらも。
オレは重い腰を、上げる。
「――――何処・・・・行くアル?」
隣に腰掛けていた男が、急に立ち上がったのに気付き。
女は疑問を、投げつけて来た。
「もう深夜だ――――とっとと寝ろよ」
突き放す様に・・・・尚且つ、安心させる様。
そう言い放ち、玄関へと向かい出そうとしたが。
袖の裾が、引っ張られる感覚。
「?」
肩越しに振り向けば、顔を俯かせている女が。
右手で裾を、掴んでいた。
「・・・・いか・・・ないでヨ」
一夜限りで、知り合った女達と同様。
縋る声で、引きとめられてるのに。
「―――――――」
疎いと、思うどころか。
決して不快でない感情が、胸中に宿る。
「行かないで。――――私・・・・銀ちゃんが、他の女性と一緒になる所なんて。想像したくないアル」
袖を両手でぎゅっと握り締め、両肩を震わせた。
――――と、同時に。瞳から透明な雫が、毀れ落ちだす。
「私・・・・銀ちゃんの事――――」
掴まれていた袖を、引っ張る様に剥がして。
行き場を失った両手もろとも、己の身体に引き寄せていた。
「銀ちゃ・・・・銀ちゃん!」
背に回される、2本の華奢な腕。
応える様に掻き合わせ、強く抱き締める。
やはり――――他の女じゃ、ダメだ。お前でなければ。
この胸に宿る、形容しがたい感情を。
受け止めて欲しいのは、この女だけなのだ。
涙で濡れる頬に、左手で触れて。
滑らかなラインを辿りながら、顎へと到達させる。
親指と人差し指を細い顎に掛け、僅かに上に逸らさせて。
――――唇を、落とした。
「ふっ・・・・」
始めから舌先を入れて、感触を味わう。
戸惑いがちだった舌は、オレを受け入れ。
2人の舌は踊る様に、絡み合った。
舌先が奏でる水音は、甘い吐息と共に室内へと浸透していく。
その所為なのか。飼い犬が微かに、身じろぎをした。
・・・・定春が、起きるかも知れない。
脳裏にそんな考えが浮かび、心地よい世界から現実に引き戻される。
一旦、重ねていた唇を離し。
深い接吻の余韻から抜け出せずにいる、居候娘の。
腰を抱きかかえる様にして、自室へと向かう。
襖で隔たれた、己の聖域。
空いてる片方の手で、居間との境界を作り。
再度――――深い接吻を、味わった。
豆電に灯される、女の顔。
整った眉を八の字にさせ、逃れられない接吻をただ受け止めている。
唇から漏れる吐息は、とても甘美で陶酔しそうだ。
閉じられた両目からは、新たな透明の雫が生じ。
頬のラインに沿って、流れていた。
他の女達とは、決して交わさなかった『接吻』を。
今この瞬間、心行くまで存分に味わう事にした。
「―――――っは・・・・」
唇を解放した瞬間、居候の身体の力は抜け。
ぺたりと畳の上に、座り込んだ。
その後を追う様に、屈んで。
唇から漏れた唾液を、舌で拭ってやり。
力を失った、女の身体を――――ゆっくり後方へと押しやって。
後頭部を打たない様に、左手で覆いながら。
完全に、畳の上に横たえらせた。
長く絹糸の髪は、放射線を描くように――――散らばり。
豆電色に染まった碧眼には・・・・オレの顔が、映りこんでいる。
「――――もう。引き戻せねえぞ」
今朝――――居候娘に放った言葉を、もう一度口にした。
これに対し組み敷かれた女は、微笑を浮かべると。
首を1回だけ縦に振り、両瞼をゆっくり閉じて。
自ら・・・・快楽への路へと、足を踏み入れた。
――――どれだけ。この瞬間を、待ちわびていただろう。
己の両腕の中に、焦がれていた女がいる。
抵抗する訳でもない。泣き喚く訳でもない。
大人しくこの状況を享受する、女が此処に。
夢なら・・・・・頼むから。覚めて、くれるな。
味わっても味わい足りない唇に、軽く触れて。
誘われる様に、細い首へと辿り着く。
項へと、顔を埋めれば。
女から発せられる甘い香りと、風呂上りの香りが。
共に鼻腔を、擽った。
意識が―――――吸い込まれる。
無意識に唇を動かし、項への接吻を開始した。
「―――――んっ」
女は僅かに両肩を竦め、擽ったさからなのか・・・・身体を捩じらせる。
きつく首元を吸引すれば、短いソプラノが室内に響き渡った。
甘い香りを宿した、項を気の済むま堪能しつつ。
痩せた腰に、左腕を絡ませながら。
もう片方の手で、胸元を隠している服の釦を。
ひとつずつ、ひとつずつ・・・・器用に外していく。
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