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FIRST IMPRESSION 前編
己の仕事机の上に置かれた、多大な書類の中に。
『3―Z 生徒名簿』と表記された、文字が視界に入る。
少しずれ落ちた眼鏡を中指で押し上げ、2つの瞳を軽く滑らせた。
明日は、始業式。
1学年繰り上がる者達の、式典が体育館で行われる。
これらのイベントをオレ達教師も、一緒に迎える訳なのだが。
自然に眉間に、皴が刻まれていくのを感じた。
「・・・・・・・・・」
―――――つうか、この名簿を見る限り。
殆どアクの強い奴等ばっか、載ってねえ?
こいつ等が1・2年生で、教科担当した時期があって。
『絶対コイツの、クラス担任にはなりたくねえ』
オレがそう・・・・思った名前ばかりが、陳列されてるよね?
思わず理事長室で本皮椅子に踏ん反り返って、煙草を吹かしているクソババアの顔が浮かんだ。
「――――さては・・・・図りやがったなあ?」
煙草を手に取り口に咥え、フィルターを噛み潰しながら毒吐いた。
火を点し手にしていた書類を、机上に放り投げ。
両腕を上げながらニコチン臭のする、現国準備室内の空気を入れ替えようと。
椅子を軋ませ、立ち上がり窓に手を掛けた。
少しだけ隙間を開ければ、暖かな風が前髪を揺らし始める。
ガラスの向こう側では、季節を彩る桜の木々が小枝を微かに震わせていた。
「――――――ん?」
と・・・・視界の隅っこに、人影らしきモノ。
無意識に首ごと移動させ、階下にいる人物を確認すると。
何かを探す様に首を左右に振りながら、立ち止まっている少女がいる。
「・・・・・・何してんだ?」
今日までは春休みと言う事で、生徒達の姿はあまり見られない。
せいぜい見かけても、部活に精を出す奴等だけ。
の前に―――――あんな生徒、うちの高校にいたっけか?
迷子の様に動く少女を不審に思いつつ窓を全開にし、紫煙を吐き出し声を掛けた。
「―――――どしたあ?何か探しモン?」
オレの声に気づいた少女は、顔をこちらに向ける・・・・・が。
―――――てか・・・・あれって。ひょっとして、瓶底眼鏡?
今時掛けてる奴って珍しくね?一昔前のマンガの世界じゃね?
問い掛けに答える所か顔を元の位置に戻し、首を何度も左右に振ってるだけ。
「・・・・・・・」
おいおいおい。無視された?その鼻の下に付いてるモノは何ですか?
対応された態度に腹立ちを覚え、いっその事見なかった事にしようと思ったが。
あまりにも不安オーラが、醸し出されていたので。
――――――ったく。しょうがねえなあ・・・・。
溜め息を吐きつつ、自由奔放な己の髪の毛を左手で数回掻き毟り。
窓を閉め――――少女が、立ち往生している場所へと向かった。
現国準備室を出て、階段を降り中庭へと続く廊下へ足を向ける。
途中部活動中の生徒達に挨拶をされつつ、目的地に辿り着いた。
未だに挙動不審な行動を取り続ける少女に向かって、背後から声を掛けてみると。
こちらを振り向いた瞬間、瓶底眼鏡が視界に入った。
――――うっわあ~・・・・・いるんだなあ。本当に掛けてる奴って。
思わず変な所で感心しながらも、もう一度先程と同じ質問をぶつけてみた。
「どうした?」
「・・・・・・・・」
警戒をしているのか眉間に皴を寄せ、少し身体を引いている。
―――――もしかして、怪しい男だと思われてる?
こう見えても、一教師なんですけどね?
「怪しいモンじゃねえって、オレは此処の教師なの」
白衣の胸ポケから、新しい煙草を一本取り出しながら再度質問開始。
胡散臭そうな表情を浮かべるも、ようやっと声を届けてきた・・・・が。
小さく途切れがちな声だったので、聞こえず聞き返すと。
「――――理事長室、何処?」
意外にも透き通るような高い声が、はっきりと聞こえた。
「理事長室に用あんの?―――――つうか、うちの生徒じゃねえよな?」
当たり前か・・・・・・こんな奴いたら、絶対に記憶に残るだろ普通。
案の定、オレの言葉にこくりと小さく頷く。
「私、中国から来た・・・・明日からこの銀魂高校に通う、留学生」
「ああ・・・・それで、ババアに面会しに来たのか」
おそらく、編入手続きとかの類だろう。
「今日来る様に、言われた。でも場所が分からなくて」
留学生と名乗った割には、流暢な日本語を口にする。
「なるほどね。――――んじゃ、案内してやんよ」
目的が分かれば、いつまでもこんな所にいる必要も無いし。
踵を返していざ、理事長室に向かおうとしたら。
「・・・・・本当に、教師?」
疑い深げな質問が、向けられた。
「全然・・・・そんな風に、見えない」
るせーよ。余計なお世話だ、コノヤロー。
てか折角親切にしてやってんのに、何でそんな事言われなあかんの?
「教師に見えなかったら、何だっつうんすか?」
「どこかの企業の、怪しい研究員」
・・・・どの部分で、そんな風に見えんの?ひょっとして、白衣?
「お前ね、もしかして。喧嘩売ってくれてる?」
年甲斐も無く少女に盾つくオレって、大人として失格デスカ?
「――――私お前じゃない。ちゃんと名前ある」
「あっそ、別にね。おたくの名前聞いた所で、どうなる訳でもないんで」
今度こそ踵を返し、理事長室を目指す為足を動かした。
ついて来ようが、なかろうが。正直知ったこっちゃ無い。
ついて来なければ、そのまま再び準備室に戻ればいいだけの話だ。
しかし・・・・コイツのクラス担任になる奴、可哀想だねえ?
オレだったら、絶対御免だモン。
一見大人しそうに見えるけど、口開いてみりゃ結構毒舌だし可愛げも無いし。
きっとあれだね、対応していく内に辟易して嫌になってくるね。
んで最悪の場合――――ノイローゼになっちゃったりして。
心優しいオレはこの少女の、まだ見ぬクラス担任に心の中で合掌した。
早足で歩を進めれば、背後に気配を感じる。
付いてきてるか・・・・・何だかんだどうやら、オレを頼る事にしたようだ。
中庭の渡り廊下から、校内に戻り。
一階の職員室・校長室を通り過ぎ、『理事長室』と書かれたプレート前で止まる。
同時に背後から付いてきていた少女も、両足を止めた。
ドアに右拳を作り、2回程音を鳴らす。
――――――が、返答が無い。
「・・・・・・・・・」
もう一度、拳を動かすも・・・・・やはり無反応。
「―――――いねえみてえだなあ。ババアの奴」
「・・・・・・・・・・」
いつまでも此処にいたって、仕方無ねえし・・・・。
とりあえずこの少女の目的場所は、教えてやったんだから。
「――――――場所は、分かったろ?ほんじゃ、オレはこれで」
―――――己の準備室に、戻ろうとしたら。
「こんないたいけな少女を、一人放置するんですか?」
これまた流暢な日本語が、両耳に届いたが。
何だか今日は、眉間に皺が寄る日だなあ?おい。
・・・・・だ~れが、いたいけな少女?
いたいけって言うのはね?可愛い・いじらしいって言う意味であって。
思わず「何処にそんな少女が、いるっての?」と、聞き返しちまった。
「此処に」と、間髪入れずに返答が来る。
「―――――日本語、勉強し直した方が良いよ」
真顔で親切に教えてやり、少女の脇を通り過ぎようとしたら。
前方から見慣れた人物が、こちらにやって来た。
この『銀魂高校』の君臨者、お登勢ババアの登場である。
「おんや?銀時じゃないか。――――ん?あんた、ひょっとして留学生かい?」
指差しされた瓶底眼鏡の娘は、首を縦に動かした。
オレと隣にいる少女を交互に見やりながら、和服の袖元から鍵を取り出す。
「珍しいね、お前さんが此処に来るなんてさ」
「別に用は無かったんだけど。この娘が何かあんたの部屋に、行きたがってて。
迷ってたみてえだから、案内して来ただけ。て事で、オレは退散すっから」
改めてこの場を後にしようとしたが、「待ちな」と呼び止められる。
「?」
「丁度良い、あんたも一緒に入っとくれ。説明する手間が省ける」
・・・・・・説明・・・・・・?
ドアが開けられ、「入れ」と顎で指図される・・・・・も両足が動こうとしない。
オレの本能が、「入るな」と警報音を鳴らしていたのだ。
まさか―――――?
「何してんだい!とっとと入れって、言ってんだろーが!」
ババアの額に、血管が浮かんでいる。
嫌な予感を拭いきれないまま、止まっていた両足を動かした。
――――数分後。見事に勘が、的中する事になるとは。
理事長はでかい茶色のデスクの前に座り、煙草を咥えながら淡々と言い放つ。
「この娘は、3-Zに編入させっから」
・・・・・・は・・・・い?
「いやいやいやいや、待て待て待て待て。
何でオレのクラスよ?他にもたくさん候補クラスあんでしょ?」
冗談は止めてくれとばかりに、抗議を開始。
「もう何処のクラスも、生徒が定員オーバーなんだよ。
余裕があんのは、てめえんとこのクラスだけだ」
「多少定員オーバーだろうが、一人くらいどうにかなんだろうが!」
「うるっさいね。これは理事長命令だよ。四の五言わず、言う通りにしな!」
「納得できっか!唯でさえアクの強い生徒達で、お先真っ暗だってのに!てか、ババア!
癖のある生徒だけ、オレんとこに寄越しただろ!?そういうのを職権乱用って言うんだよ!」
更に抗議しようとしたが・・・・理事長の両目がすっと細くなる。
流れる様な動作で、煙草に火を点し紫煙を室内に吐き出すと。
「―――――減給・ボーナスカット・・・・されたいのかい?」
―――――有り得ねえ!てか、何この横暴さ!本当にこの人教育者!?
金銭話持ち込まれたら、何も言える訳がねえっての!
だってこれ以上減給なんかされたら、オレ路頭に迷うしね?
苦虫を噛み潰した表情で、押し黙ったら。
真っ赤に塗られた唇の片端が、釣り上がる。
視線をオレから、隣にいた少女に向けると。
「――――――宜しい。明日から、あんたはこの男の生徒だからね。
これが手続き書類だから。今日書いて明日、コイツに渡して貰えれば良い」
もう話は終わりと言わんばかりに、右手を上げて『出て行け』の動作をする。
―――――ババア・・・・いつか、覚えてろよおおおおおおお!?
湧き上がる怒りを抑えながら、理事長室を後にした。
背後から瓶底眼鏡の留学生が、話し掛けてくる。
「本当に、教師だったんだ」
「残念だったな、怪しい研究員じゃなくてよ」
「――――迷惑ですか。私が、先生の生徒になるの」
「決まっちまったモンは、しょーがねーだろが。給料減らされるよりはマシだ」
ああそうだよ。生きてくには、銭が必要不可欠だからな。
「・・・・・余裕、ありませんネ。何か可哀想」
自分よりも年下の少女に、同情されるオレって一体。
「うっせ!大きなお世話だ、コノヤロー。お前も用が済んだら、とっとと帰れ」
そう留学生に言い残し、背中を向けて再び現国準備室に向かう。
――――ああ~もう明日、学校来たくねえな。すんげえ憂鬱なんですけど。
めっさ、現実逃避したい。
・・・・・が、そんな融通利くわけが無い。
翌日嫌々ながら高校へ向かい――――始業式を終え、3-Z初のHRを行ったが。
個性派揃いの人間達で、スムーズに進む訳も無く。
奴等のボケ発言を、集中的に受ける羽目になり。
疲れも通り越し面倒臭せえと、適当に返していたら。
メガネを掛けた男子、志村新八が間髪ツッコミ入れてくる。
このクラス唯一、ある意味で貴重な存在。
だってコイツいなかったら、歯止め利かないし。
教壇に立ち、席に座る野郎共を改めて見つめ直して。
・・・・・これが3-Zの、あるべき姿なんだと思う事にした。
なんつうの?諦めの境地に、達した感じ?
もうね、なる様になるしかねえもん。
こいつ等を無事に卒業させりゃあ、オレの担任としての責任も無くなるし。
たった一年、我慢すりゃあ良いだけの事。
――――ん?中国から来た、瓶底眼鏡の留学生はってか?
・・・・・それは――――。