FIRST IMPRESSHION 後編
「・・・・・懐かしいな」
現国準備室の窓から、視界に入る桜の木々。
あの時と同じ様に・・・・風に煽られた満開の花弁達が、宙を描いて地に落ちる。
胸ポケから煙草を取り出し、口に咥え火を点し視線を落とせば。
今しがた卒業式を終えた生徒達で、溢れ返っていた。
当然その中には、オレの教え子達もいて。
うるせえくらいに、騒いでいる。
「やれやれ・・・・やっと荷が下りたな」
長かった様であっという間に過ぎた、一年間だった気がする。
ほっとしたのと、ちょいとだけ寂しいのを自覚し。
苦笑いを浮かべ溜息と一緒に、紫煙を吐き出したと同時に。
背後から入り口の戸を、ノックする音が聞こえた。
磨りガラス越しに浮かぶ人影から、遠慮がちに掛けられる声。
「・・・・先生?いる?」
「―――――開いてんぞ」
ゆっくりと戸を開けるにつれ、明確になる人物像。
まあ――――シルエットと、声で既に分かってはいたのだが。
「やっぱり、此処にいた。職員室訪ねてもいなかったし」
お団子頭に瓶底眼鏡を掛けた、教え子――――神楽。
セーラー服の胸ポケに花を携え、卒業証書の筒を持っている。
「職員室にいると、卒業生達に捕まるからな。猿飛に見つかったら、それこそ最悪だ。
その点此処なら、鍵は掛かるし。居留守使えば見つからねえし」
両肩を竦めて、笑顔を浮かべる。
「先生、意外と人気ありますもんネ」
「意外とは余計だっての。良いから突っ立ってねえで、中に入れって。見つかっちまうじゃねえか」
「は〜い」
言われた通りに準備室に足を踏み入れ、後ろ手で戸を閉めると。
「先生の白衣以外の姿って、あんまり見れませんよね」
上から下まで視線を移動させ、唇の両端を上げた。
「嘘こけ。私服姿なら、何度も見てんだろうが」
「そうじゃなくて。スーツ姿。ネクタイも、きちんと締めてたし。
学校でもそうすれば良いのに。あれ?もう上着、脱いじゃったんですか?ネクタイまで」
「流石に保護者の前で、ワイシャツに白衣はマズイしな。
元々スーツ好きじゃねえんだよ。堅苦しい感じして・・・・何か息が詰まるっつうか」
「先生らしい」
そう言うと、にっこり微笑む。
初めて会ったあの日から、月日を重ね――――今では。
教師と生徒でありながら、『恋人同士』と言う肩書きだ。
――――世間で言えば、『禁断の関係』ってヤツ?
オレだって正直、コイツとこんな風になるなんて思いもせんかった。
第一印象、最悪だったし?
オレの教え子になるって、あのクソババアから聞かされた瞬間。
―――――大ショック。受けたし?
昔ながらの、表現方法で言えば。
でっかい石が、ドタマに何段も重なって落ちて来るみたいな。
ホント・・・・人生何がどう転ぶか、分からないもんだ。
「先生?」
急に無言になったオレの顔を、近づいて覗き込んでいる。
「・・・・いや。お前と初めて出会った時の事――――思い出してな」
「私と、初めて会ったって・・・・・・」
2つの瞳を上に移動させ、眉間に皺を寄せる。
「覚えてるか?」
「――――確か・・・・あの桜の木の下で、銀八先生と会話したんですよね」
「お前が挙動不審の態で、首を左右に何度も動かしてるのが見えてなあ」
この言葉に、瞬時に反応する神楽。
「ええ!?先生、見てたの!?」
「見てなかったら、お前の所まで行かねえだろうが。
つうか―――此処から声掛けても、無視されたし」
更に驚愕の表情を浮かべて、「そうだったけ?」と口にする。
「お前・・・・・オレの事。怪しい人物だと思って、めっさ警戒してたじゃねえか」
「―――――そ、そんな事は――――!」
「『どこかの企業の、怪しい研究員』と言う、有難いお言葉を頂きましたが」
「い――――言ってない!言ってないヨ!」
慌てて否定する素振りに、笑いを堪えるのが必死になる。
こういう所、可愛いと思えちまうんだよな。
「覚えてねえんじゃあ、それで良いんじゃね?」
オレの言葉に神楽は、両頬をこれでもかと膨らませ。
「・・・・・むう〜・・・・。じゃあ先生は、私に対する第一印象!どうだったんですか?」
煙を肺まで送り込んで、勢い良く紫煙を体外へと吐き出し。
意地悪い笑みを浮かべて、言葉を述べた。
「―――――最悪」
「――――――!」
「ババアの所まで、案内する間。
――――オレの教え子に、ならねえ様にって・・・・祈った事もあったなあ」
「・・・・そう・・・・なんだ」
眼前の少女は、小さく呟き。
言葉にショックを受けたのか、顔が徐々に下に向いていく。
「―――――でも」
「?」
右腕を伸ばし、頭を軽く撫でて引き寄せる。
「オレの生徒になったからこそ、お前とこうして出来る訳だし」
「―――――――」
「ババアの采配には、少なからず感謝してる」
俯かせていた顔を、ゆっくりと上げれば。
少しずれた瓶底眼鏡から、疑いを浮かべた空色の瞳が出現。
「・・・・・本当?」
「こんな――――こっ恥ずかしい台詞、嘘ついてどうすんだよ」
上目遣いの碧眼が、弧を描く様に細くなる。
「うん」
嬉しさ満開の笑顔を見せられ、少々照れくさくなり。
先程より強く抱き締め、両腕の中に閉じ込めた。
「今日で・・・・もう、『先生』って呼べなくなるんだネ」
しんみりとした口調で、そう口にすると。
両手でワイシャツを鷲掴みし、胸に顔を押し当てて来る。
「何だ?今更留年してえとか、言うなよ?やっとお前達を送り出せて、一安心してんのに」
「・・・・・そうだけど」
「それに、オレ的には。お前が卒業してくれて、喜んでるんだぜ?」
「――――――え?」
再び顔をこちらに向けようとしたが、敢えて右手でそれを阻止。
「禁断の関係で、無くなるんだからな。教師と元教え子だったら、何ら問題ねえもん。
どんだけこの瞬間を、待ちわびたか」
オレの言葉に神楽は、両肩を震わせ笑い出す。
「先生、本当にビクビクしてましたもんね。周囲をいつも気にしてたし」
「まあ見つかっちまったら、なったで――――仕方ねえと思ってはいたが」
「お疲れ様でした」
「――――――神楽」
「はい?」
首を傾げた少女に、一番言いたかった言葉を向けた。
「卒業、おめでとっさん」
淡い桃色の唇が、上下左右に動き。
「有難うございます」
礼を述べ、笑いながらこちらを見つめる。
短くなった煙草を、灰皿に押し付け左手を動かし。
親指と人差し指を、容の良い顎に添え。
心持ち少し上に向けて、己の顔を近づけ様としたら―――――。
「―――――ん?何だ?」
微かに聞こえる、ヴァイブ音。
「あ、ごめんなさい。携帯が―――――」
スカートのポケットから、携帯を取り出す為。
オレの両腕を解き、着信を確認する。
折角の所を邪魔され、正直面白くない。
「メールか?」
聊か仏頂面で、問い掛ければ。
首を縦に振り、「姉御から」と答えた。
「この後クラスの皆で、打ち上げする予定なんですよ。
いつまで経っても来ないから、メールくれたんじゃないかな」
「ふうん・・・・・」
携帯をポケットにしまいこんで、バツの悪そうな顔をし。
準備室の入り口付近まで、後退りをし始めた。
「――――もうそろそろ、行かないと・・・・・また夜電話します」
「・・・・・・・・」
何も返答せずにいると、更に困った表情。
「あのう・・・・・せん――――」
神楽の右腕を取り、再度腕の中に閉じ込めて。
準備室の戸に、きっちり鍵を掛け直した。
これで二人の時間は、邪魔される事は無い。
オレが取った行動に、困惑している少女に指示をする。
「志村に、返信メール送っとけ。先に、行ってろって」
「え?どういう――――」
「どうも、こうもねえ。今はオレと、一緒にいるんだよ。
つう事で、邪魔は許さん。後でちゃんとべスパで、送ってやっから」
当たり前だろ?恋人の『卒業』と言う、晴れ舞台の時くらい。
心行くまで、一緒にいさせろって
間違った事言ってる?言ってないでショ?
「で、でも!それだと、皆にバレる可能性が――――」
「ああ、もう良い。つうか、バレてOK。どんと来やがれ、コノヤロー」
オレの強引さに負けたのか、盛大に溜息を吐き。
「後でどうなっても、知りませんヨ」
「オレがあいつ等に、遅れを取ると思うかあ?返り討ちにしてくれるわ。
それよりも神楽、携帯貸しなさい」
「―――――え?はあ」
素直にポケットから差し出した、携帯電話を受け取り電源OFFにする。
「うあ!?ちょっ、電―――――」
慌てて取り返そうとする神楽の唇に、先程成し遂げれなかった行為を実行した。
第一印象は、あくまで第一印象。
どんなに印象が、最悪だったとしても。
今ではそれを上回る程に―――――コイツが愛しい。
それで、全て丸く収まる。