朝のHRが、終わった瞬間。
クラスの女子数人が、担任の周囲を塞ぎ。
「先生、これあげる」
そう言って、掌サイズの。
『何か』を、手渡した。
STEP YOU 前編
「お?何―――くれんの?」
いつもは開いてんだか、閉じられてんだか。
はっきりとしない2つの瞳が、大きく開いて。
発した言葉までが、嬉しそう。
「うん、今日『ヴァレンタイン』だし。先生『甘いもの』好きでしょ?」
「こりゃあ、有難いねえ。今日の午後3時は、『これ』で持ちそうだ。サンキュ」
「ええ?お礼、それだけ〜?お返しくれるんでしょ?」
「何言ってんだ。『義理』チョコの男に強請るんじゃなくて、『本命』に強請りなさい。
それが優しさってもんよ?」
そう言うと、白衣を着た銀髪の天パは。
左手で大事そうに、『チョコ』を抱えると。
「アリガトさん」と。
再びお礼を言って、教室を後にした。
以上が机に肩肘付きながら、見ていた光景。
一見、いい加減そうに見える担任だが。
クラスの、全員を始め。
他クラスの、生徒達からの支持もある。
しかも――――――。
女子生徒達の『受け』も良い。
・・・・チョコを渡されるなんて、当たり前か。
渡し終えたクラスメイト達の、楽しそうな顔を見て。
思わず、机の中に手を入れる。
指先に当たった、硬い角。
毎年―――用意はしていたけど。
一昨年も、去年も渡せずに。
結局自分で、食べる羽目になってしまった。
あんな風に、『さらり』と渡せれば良いのだが。
何せこんな『キャラ』だし。
今更面を向かって、渡すって言うのも。
「・・・・・抵抗あるんだよね」
どうせ渡してみたって。
怪訝そうな顔をして。
『え?何これ?どっかの危険物?』みたいな。
憎たらしい事を、言うに決まってる。
けれど、昨晩。
折角鞄の中に入れて。
必ず今年こそは『先生に渡す』と言う、気持ちを胸に。
気合を入れて、登校して来たのだ。
―――――ここで手を拱いても、仕方が無い。
「よし」
どう反応されようが、こうなったら構うものか。
新たな決意を胸に、私の『2月14日』は切って落とされた。
しかし一体、どう渡せばいいものか。
朝のHRでは、機会を逃したし。
・・・と言うか、他のクラスメイトと一緒になんて。
非常に、渡しにくい。
あんな大勢の前で、渡せてしまうのは。
やはり『グループ』の、強さなのかも知れない。
「・・・・・・・・」
こういう時に限って、良い案と言うのは浮かんで来ない。
「う〜ん・・・・」
あれこれと、思考を巡らしていたら。
「神楽ちゃん?」
「―――――?姐御?」
私の横に、いつの間にか。
『姐御』こと、志村妙が佇んでいる。
「・・・大丈夫?何だか、難しい顔してたから」
心配気な表情を浮かべ、首を傾げる彼女に対して。
咄嗟に笑顔を作り。
「――――あ〜・・・うん。大丈夫。・・・ところで?」
「今日神楽ちゃん、日直よね?さっき職員室に、行ったんだけど。1時限目の教科担任、お休みみたいなの。
提出課題のレポートが、職員室にあるから取りに来いって。先生に伝言を頼まれて」
「――――了解。有難う、姐御」
「でも一人で平気かしら?尋常じゃない程の、量だったけど」
どうやら職員室で見た光景を、思い出しているらしい。
「大丈夫。こうみえても、私力持ちだから」
椅子から立ち上がり、教室のドアを潜って。
――――職員室へ。
廊下を歩き階段を下り、1階まで、辿り着くと。
職員室前に、見慣れた姿。
「――――先生」
私の姿に気付いた、先生は。
煙の出る『不思議キャンディー』を、咥えたまま。
「あ?今日の日直って、お前だったっけ?―――こっち、こっち」
丁度中に入る所だったらしく、手招きをする。
それに応じて、歩を早めて。
「失礼しま〜す」と一声掛け。
職員室に、足を踏み入れた瞬間。
背後にいた先生が「あそこな」と、右手の人差し指で方向を示した。
示された方向に視線を動かせば。
「――――――!?」
高々と山積みされた、『課題レポート』。
あまりの事に、呆然しつつ。
「・・・もしかして、あれ全部ですか?」
「ああ。どうもあのレポートで、出欠席の確認するらしいから」
・・・・この教科担任は、3−Zに恨みがあるんだろうか?
確かに恨まれても、仕様の無い部分もあると思うが。
教室までの道程は、ちょっと辛いかも。
そう思いつつ、教科担任の机に近寄り。
課題の用紙を、両腕で持ち上げようとしたら。
「お前ね、何一人で持って行こうとしてるんですか?こんなの、無理に決まってんだろが」
「無理ったって。これ提出課題なんデショ?早く持ってかないと――――」
眉間に皺を寄せ「全く」と言って、口から煙を吐き出し。
「手伝って下さいの一言くらい、言えねえの?」
「え?先生、手伝ってくれるの?でも、授業は?」
もうすぐ、1時限目だと言うのに。
「1時限目は、空いてんの。ああ〜・・・野郎だったら。
速攻で尻蹴飛ばして、持って行かせてたのによお。―――面倒臭えなあ」
そう言って提出課題の半分を、両腕で抱え込んだ。
なんだかんだで、結局は面倒見の良い担任。
『さり気ない優しさ』
それが、この男にはあるのだ。
感慨深げに、後姿を見ていたら。
「おら、どうした?―――その量じゃ、持てそうにねえか?」
振り向き様、問い掛けて来たので。
慌てて左右に首を振り。
「大丈夫です」と、答える。
残りの課題レポートを、両腕で持ち上げれば。
「んじゃ、行くぞ」
相変わらず、かったるそうに。
両足を引きずって、前を歩き出した。
職員室を後にし、廊下を歩く中。
白衣を纏う、男の背中を見て。
ひょっとして―――――今・・・渡せる?
廊下には教師の姿も、生徒の姿も無いし。
動かしていた、両足を止めて。
「せん―――――」
「先生」と言い掛けて、ふと口を止める。
・・・・あ、チョコ―――机の中だ。
―――――なんつう、初歩的なミス。
「・・・・?呼んだか?」
両足を止めて、肩越しから問い掛けて来る先生に。
「――――なん・・でもないです」
そう言わざるを得ない。
―――て言うか、どうしてこういう時に限って。
『チャンス』が、訪れるんだろう。
思わず・・・地団太を、踏みたい心境に駆られる。
「?・・・・変な奴だな。まあ、今に始まった事じゃねえか」
首を傾け、再び両足を動かす担任。
盛大に溜息を吐き、私もそれに続いた。
・・・・今日中に、渡せるだろうか?
―――第1段階・見事に玉砕――――
※先月掲載する筈だった、ヴァレンタイン話です。
以前ブログに載せていた話を、そのまま持って来ているのですが。
この話もたぶん、長くなる・・・と思います。
どうしても、短い話が書けない・・・ORZ←本当文才が無い。
申し訳ありません。
→中編へ
小説トップページへ戻る
ABOUTに戻る