1時限目の鬼の様な、レポートの山を乗り越え。
「提出が終わったら、男子―――てめえらがジャンケンでもして、これ持って来い」
と、先生の鶴の一声で。
男子達はブーイングの声を上げたが、私は内心安堵する。
STEP YOU 中編
2・3・4時限も、平穏に過ぎて。
昼休みを、告げる音。
すると・・・チャイムが鳴った途端、後ろの方で。
「お妙さん!オレに!ギブミー・チョコレイトゥ!」
授業の合間の休み時間、幾度と無く聞こえて来た声が。
「―――しつけええんだよおおおお!てめえにやるモンなんて、ビタ一文ねえええ!」
『ドコオオオオオ!』と言った、効果音と共に。
姐御の怒声、最高潮。
「懲りないなあ・・・ゴリも」
あそこまで何度も、露骨な態度を出せば。
当然あの様な、仕打ちが戻って来るのに。
――――それに比べて。
「土方先輩!受け取って下さい!」
「沖田君、これ!」
何十人と言う黄色い声に包まれて、最早姿も見えない状態の男二人。
・・・こんな会話が、耳に届いて来た。
「――――いや、だから。オレはいら――――」
「は〜い、はい。オレ宛のチョコなら、隣の空かした野郎が受付中ですぜィ。
ガンガン置いちゃてくだせえ」
「――――!?てんめ!総悟!何押し付けてやがる!」
モテる男も、それなりに大変らしい。
―――さて。
私はさっき、授業中に。
例の如く、早弁をしてしまったので。
食堂か購買部に行って、何か口にしなければならない。
食っても食っても、腹は減る・・・・不思議だ。
先程の様にいつ『チャンス』が、巡って来るかも分からないので。
念の為手持ちの弁当袋の中に、チョコを入れて持って行こう。
「む〜・・・。食堂か、購買か」
なんて呟きながら、教室を出て。
食堂を目指す為、廊下を歩いて行くと。
挙動不審の態で、周囲を見回す白衣の男が。
再び前方に、現れた。
――――何してんだろう?
「――――先生」
「!?」
一瞬身体を硬直させて、恐る恐るこちらを振り向く。
―――――が。私だと分かり、気が抜けたのか。
「何だよ〜・・・神楽かよ。脅かすなって」
・・・別にそんなつもりじゃなかったのだが。
「・・・・?顔色悪いですけど、何かあった――――」
こんな事を、喋ってる場合じゃない。
持ち歩いていて、良かった。
再び『チャンス』到来。
手にしていた袋から、チョコを取り出そうとして。
「――――先生、あの!」と、声を掛けたら。
遠くから「銀八先生?何処?何処にいるの?」と。
担任を探す、声が聞こえて来る。
この声を耳にした瞬間、先生は再び硬直。
首を左右に回し――――。
「!?」
突然私の左腕を、引き寄せた。
そして。
背後でドアの閉まる、音。
鼻腔をつく、独特の香り。
どうやら『美術室』の中に、連れ込まれた様だ。
何が起こったのか、分からなくて。
ドア越しから様子を伺ってる、先生に問い掛ける―――が。
「せん――――」
「しっ!声を立てんじゃねえぞ?―――良いから、お前もしゃがめって!」
先生が、しゃがんだと同時に。
無理矢理頭を下に、押さえつけられ。
緊張な面持ちで、こう言った。
「良いか?今オレ達は空気だ。空気と一体化するんだ」
ドアの向こう・・・・足音が、だんだん近づいて来る。
『ピタリ』
――――が、ドアの前で止まった。
「んもう!先生ったら。私が折角手塩に掛けた、このチョコを受け取って欲しかったのに」
・・・あれ?この声、さっちゃん?
そう。『さっちゃん』こと、猿飛あやめだ。
彼女は「ふっふっふっ」と、急に笑い出し。
「このチョコを一口齧れば、先生は私の虜となり!
二人でめくるめく『禁断の愛』へと旅立つ事が出来るのよ。
どんなに逃げても、諦めないから!」
・・・・足音が再開され、遠ざかっていった。
――――と言うか、一体どんな『手作りチョコ』?
「ふ〜・・・。なんつう『危険』なモンを、食わせようとしてんだ?アイツは」
緊張から解かれた、先生は苦々しげに言葉を放つ。
「―――どうして、『怪しい』って分かったの?」
「ば〜か。執拗に渡そうとするんだぜ?何かあるって、思うっての」
疲れた顔して、ポケットから。
煙草を取り出し、口に咥えて。
気付いたかの様に、こっちを振り向き。
「――――そういや、お前さっき・・・何か言おうとしてたろ」
「え!?・・・あ、うん」
「どした?」
一時はどうなるかと、思ったけど。
今度こそ、渡せそうだ。
再び弁当入れの袋の中に、手を入れて。
「こ―――」
差し出そうとした、瞬間。
けたたましく美術室のドアが、開かれる音。
「・・・・・・・」
先生がゆっくりと、視線を上に移動させると。
そこには。
「――――先生!み〜っけ♪もう!そんなに焦らして、私の心を弄んでるのね?
良いわ、もっと冷たく弄べば良い!だけど、その態度が私を更に燃え盛らせる!」
「・・・いや。ちょっ・・・待て。落ち着け―――な?」
唇の片端を痙攣させ、少しずつ後退する銀髪の男。
それに対し、じりじりと詰め寄るさっちゃん。
両腕を広げ「さあ!先生!私の愛を受け取って!」と高らかに叫び。
「死んでもいるかああああ!」
脱兎の如くその場を、逃げ出した先生。
「ああん、待って!」
それを追う様に、美術室を後にした彼女。
「・・・・行っちゃった」
一人、残された私。
―――第2段階・またもや玉砕――――
5・6限目は、睡魔に襲われ。
ついうとうと、居眠りしてしまった。
後は帰りの、HRだけになってしまい。
学校にいられる時間は、極僅か。
「・・・・・・・・」
――――何だかなあ・・・・。
もうこのまま、渡せない気がして来た。
『チャンス』が訪れても。
自分がミスしてしまったり、邪魔が入るし。
ひょっとして・・・『渡すな。』と。
神様からの、警告なんだろうか?
――――いけない。かなり、ネガティブだ。
まあ、待て私。
『2月14日』は、まだ終わらない。
『放課後』と言う、三文字がまだ残ってる。
沈みかけていた感情を、己で高めたと同時に。
「―――おら〜。HR始めっぞ〜!席着け〜」
担任の、ご登場。
再びクラスは、静かになる。
そう言えば、さっちゃんの『アタック』は。
どうなったんだろう?
何気に彼女の席の方に、視線を送ると。
恨めしそうな視線を、先生に送ってるのが分かった。
――――どうやら、『危機』を回避したらしい。
教壇に立ち、必要最小限の事だけを口にし。
「――――て事で、以上。―――日直」
私に視線を、移したので。
「――――起立、礼」と号令。
「彼氏彼女との甘い時間を、過ごすのも良いけど。気ィ付けて帰れよ〜?」
先生の言葉を、聞き流し。
次々と己の席を離れて、教室を出ていくクラスメイト達。
私も鞄を机の上に置いて、帰り支度をする。
・・・この後先生、現国の準備室にいてくれないかな。
そうなれば――――訪れやすいし、渡しやすい。
なんて事を、考えていたら。
「―――おい、神楽」
当人から、声が掛かる。
「はい?」
「悪ィけど、お前残れる?ちょいと頼みてえ事があんだよ」
「――――頼みって?」
「明日の職員会議での資料に、ホチキスし忘れちまって。手伝ってくんね?
結構量あんだよ、これがさあ。―――現国準備室に置いてあっから」
――――最後の最後で、『本人』が障壁になるとは。
チョコを渡すどころか、『雑務』を押し付けられるなんて。
「・・・どうして、私なんですか」
絶望感も漂わせ、つい疑問を口にする。
他の人にだって、頼もうと思えば出来る筈。
「ん?暇そうだから。何?この後予定あんの?」
あっさり、返答&質問。
そりゃないけど・・・先生の為に、この『放課後』を使いたかっただけだし。
「・・・・・・・・」
・・・ソンナニ。ヒマソウニ、ミエマスカ。
湧き上がる怒りを抑え、渋々承知する。
「・・・・わか・・・り・・・ました」
「サンキュ。これ、準備室の鍵」
鍵を放り投げ、踵を返し教室を出て行く。
「はあ〜・・・・・」
――――何か・・・もう良いや。
『空回り』
今日ほどそれを、感じた事は無い。
両足が重く感じる中、教室を後にしようとした時。
「神楽ちゃん!」
背後から、声が掛かる。
「―――――?」
振り向けば、新八と九ちゃんがいて。
先程の会話を、聞いていたのか。
「――――大丈夫か?結構大変そうな、作業みたいだが」
「何なら、僕等手伝うよ?」
――――と、言ってくれた。
彼等の気持ちは至極有難いが、今は一人でいたい気分。
下手をすると、八つ当たりをしかねない。
笑顔を浮かべ「大丈夫、有難う」と、礼を言って。
再び両足を動かして、準備室を目指す。
廊下の窓から入る、西日を。
眺めながら、つい一言。
「―――2月14日なんて、嫌いだ。ちくしょー」
―――第3段階・涙の玉砕――――
※いつになったら、神楽ちゃん報われるんですかね。←書いてる本人が言ってどうする。
3−Z編で、一番長くなった様な気が。
いろんな人物を、ちょこちょこと登場させようと。←本当に少しだけ。
作成していたら、どんどん話が伸びてしまいました。
すみません。
それでも、最後までお付き合いして下さる方に
心より、感謝致します。
→後編
←前編
小説トップページへ戻る
ABOUTに戻る