『地球』を、離れてから約数年。
『えいりあんはんたー』と言う職種は。
多忙かつ、過酷で。
依頼をこなしては、次の『惑星』へと旅立つ。
そんな日々を過ごして・・・・・一体、何年の月日が過ぎたのか。
現に、今も。
自分よりも幾倍の背丈のある、えいりあん達を見上げれば。
咆哮を放ち、牙と爪を突き立て。
地煙を、巻き上げながら。
―――――こちらへと、向かって来ている。
「来るぞ。神楽」
「了解」
似た装束を纏った、男と女が一人。
襲い掛かって来る猛獣共に、番傘を構え。
「ほあっちゃああああ!」
奇声と共に、高く地面を蹴り上げ――――手にした武器を振り下ろす。
――――次の、瞬間。
確かな手応えが、番傘を通り越し。
柄を握っていた己の掌に、伝わって来ていた。
えいりあん達は、尋常ではない攻撃を受け。
牙を突き立てていた口からは、涎を交えた血液を撒き散らし。
綺麗な放物線を描いては、派手な音を鳴らし地面へと辿り着く。
「――――腕、上げたじゃねえか」
自分の父親から賛辞を受け、私も唇の両端を上げる。
「そりゃ、どうも」
両肩を竦め軽く息を吐き、息絶えたえいりあん達に視線を動かした。
「休んでる暇ねえぞ?此処が終わったら、次があるからな」
「――――今度は、何処ネ?」
この質問に禿げ親父は、「まだ内緒」と唇の両端を上げる。
紡がれた台詞に、怪訝な表情が浮かぶのは仕方ない事だろう。
そんな私を見て、『宇宙最強のえいりあんはんたー』の肩書きを持つ男は。
強面の顔を、珍しく破顔させた。
地に横たわるえいりあん達の屍の処理を、依頼人達に任せると踵を返し。
「出発だ」
此処から数十メートル離れた場所に、待たせてある『船』へと歩き出す。
大股で歩く父親の背を追いながら、私も二本の足を慌しく動かした。
・・・・・一体、何処へ行くとういうのだろう?
『内緒』と明言するという事は、余程の重要依頼なのだろうか?
――――しかし。そんな、緊張感は全く持って。感じられない。
まあ、考えても埒が明かないか。
この『惑星』を出発すれば、目的地が判明するかも知れないし。
連日職務をこなしていた為、多少の疲れが出て来たのか。
無意識に大きな口が開き、其処から気の抜けた吐息が吐き出される。
・・・・・眠いアル。
停留している『船』に乗り込んだら、少し眠りにつくとしよう。
そう考えた瞬間、再度――――口が大きく開かれ、気の抜けた息が。
乾いた大地の宙に吐かれ、透明な気体と同化していった。
あまり座り心地の良いとはいえない、座席に腰を据えると。
両瞼はすぐに、錘となって下りて来ていた。
何時出立したのかも分からない程に、私は深く寝入ってしまっていたらしい。
「―――――ら」
・・・・・うん?
「――――−ぐら」
・・・・・何・・・・?
「神楽」
はっきりと自分の名を呼ぶ声が、両耳の鼓膜に届けられる。
閉じられていた瞼を、僅かに震えさせながら。
ゆっくりと、開いていく。
―――――と、同時に。私の顔を覗き込む、父親が視界に映った。
「パピー・・・・?」
「良く寝ていやがったな。まあ――――無理もねえか。ちょいと、働かせ過ぎた」
右手の甲で、瞼の上を擦りつつ。
「――――もう、目的地に着いたのカ?」
知らされずにいた場所を、問い掛ける。
「いんや。まだだ――――が。もうそろそろ、窓から見えると思うぜ?」
唇の片端を上げ、下ろしていた右腕を持ち上げると。
人差し指を掲げて、真横にあった透明な板を差す。
「・・・・・・?」
眠気眼の状態で、ガラスに顔を近づければ。
暗闇と恒星達が存在する――――その空間の先。
「・・・・・あ・・・・・れ」
私は言葉を途切れさせつつも、ある『惑星』から目を離せずにいた。
幾多ある『惑星』の中で、最も美しいと謳われる球体。
『青の惑星』。
――――地球が、視線の先に浮かんでいたのだ。
「パピー・・・・もしかして。次の場所って」
「そっ。地球だよ、神楽ちゃん」
『地球』
何と、懐かしい響きだろうか。
私が己自身の夢を叶えるまでの、『宿り木』だった場所。
あの場所で私は、人々の暖かさや優しさに触れ。
時々、辛く悲しい事も経験しながらも。
幸せな時間を、過ごしていたのだ。
「――――でも、どうして?」
『地球』へと、赴くのだろうか。
「また・・・・危険なえいりあんが、侵入したのアルカ?」
この言葉に父親は、一瞬だけ両目を開くと。
声を上げて笑い、「違う」と述べる。
「お前この仕事を、よく頑張ってくれたから。ちょっと、小休憩と思ってな?
疲れも、溜まってたみてえだし。――――それに」
一度口の動きを静止させたが、その直後の言葉を続ける。
「逢いたい奴・・・・奴等が、いるんじゃねえのか?」
逢いたい、奴等・・・・。
「!」
父親の台詞に、靄が掛かっていた頭が一気に覚醒した。
「久しぶりに、逢って来いよ」
「―――――パピー・・・・・」
限界まで瞳を見開く私に向かって、パピーはいつもの笑みを浮かべる。
「もうすぐで、到着するらしい。深く寝入ってるのに、悪いと思ったが。起こさせて貰ったって訳だ」
―――――父親の顔から、再度視線を透明な板の向こう側へと移す。
先程よりも、『青の惑星』と呼ばれる球体が近づいていた。