お江戸スーパーからの、買い物帰り。
拳1つ分のスペースを空けて、隣並んで歩く家主と。
いつもの様に他愛も無い、会話をしていた時だった。
視界前方――――路の脇に、何かが陳列されているのを見つけたのは。
「・・・・・・?」
距離が近づくにつれ、それは『露店』の品物だと分かった。
露店を開いている男が暇そうに空を仰ぎながら、煙草を吹かしている。
大したモノでなければ、その場を素通りしたのだが。
地面に敷かれた布の上に陳列された、『ソレ』等は私の両足を止めるには十分で。
瞬時に瞳を奪われ、無意識に両膝を折り。
少しでも間近で見たくて、顔を覗かせる。
「へい、いらっしゃい!」
退屈を持て余していた男も、商売人の顔に戻り。
口に咥えていた煙草を、地面で揉み消して笑顔を浮かべていた。
「お〜い、神楽。寄り道なんざ、する必要ねえだろ?とっとと帰んぞ」
頭上から家主の声が降り注がれたが、左から右へと綺麗に流されてしまう。
シルバーやゴールドを主とした、様々な形を彩る貴金属。
その中でも、目を引いたのが。太陽の光を浴びて光る『宝石』達。
私に向けて色鮮やかさを、存分にアピールしてくるのだ。
「うわあ〜・・・・」
・・・・キラキラして、なんて綺麗なんだろ。
「綺麗でしょ?手に取って、見てもらっても良いよ?
後ろのお兄さんも、んな所に突っ立ってないで。一緒にどう?ひょっとして、彼氏?」
「あっははは〜!面白くも無い冗談過ぎて、そのへらず口を叩きたくなるわ〜。
おたく、もしかして。あれじゃないの?視力0なんじゃないの?ちゃんと見えてる?
一度眼科行って、眼球から網膜まできちんと隅々まで。診て貰った方が、良いよ?マジで」
口達者の露店商の言葉に、怒りが篭った銀ちゃんの声が届けられる。
「まあた、また。照れんでも良いって!こんな可愛い年下の彼女連れちゃって、憎いね!お兄さん!」
「だから!オレはコイツの、保護者的なだな――――」
「分かる、分かる♪こんだけ美少女だと、過保護に回らないといけない時もあるよね?きっと」
頭上で飛び交う男二人の会話を無視して、視界に入った物を手に取ってみた。
リングの土台の上で、存在を誇示する『
一点に輝く光に、瞳は釘付けになってしまう。
指輪かあ・・・・・。
「・・・・・もう否定する気も、起きないんですケド。
つうか、神楽あ!お前の所為で、銀さん。とんでもない濡れ衣を、着せさせられ――――」
ふと――――途中で、家主の怒声が急に止まり。
盛大な溜息と同時に、隣に屈んだ気配。
「―――――何だ、いやに真剣になってると思ったら。指輪かよ?こんなモンに興味あったの?」
「こんなモンとは、ないでしょ?お兄さん。
女性ってのは、綺麗で可愛いモノが大好きなんだから。お嬢さんくらいの年頃になって来ると、特にね」
「ふう〜ん・・・・そんなモンかねえ?」
呆れた声で返答しながらも、家主も私に倣って商品達に視線を滑らしていた。
・・・・あ。これも、凄く綺麗ネ。
手にしていたリングを、元の位置に戻し。
定めていたリングに手を伸ばそうとしたら、寸ででお目当てのリングが姿を消してしまった。
「―――――あれ?」
目的のリングの姿を探そうと顔を上げた瞬間、居場所が判明する。
「お嬢さんが選んだの、これでしょ?お目が高いねえ〜」
露店商売りの、男の右手の。
親指と人差し指に、納まっていたのだ。
「ちょっと、手貸してみ?」
「へ?」
そう言われて否応なく、左手を取られ―――――。
薬指に、指輪を填められた。
「!」
「ほうら♪ぴったり!リング映えする、白く細い指がまた何とも!良く似合ってるよ」
露店の男に褒められ、満更でも無い気になり。
薬指に納まった指輪を、見つめながら答える。
「そ・・・・そうアルカ?」
「何なら、おにい―――――!?」
―――――――が。眼前に晒していた左手が、右から強引に引っ張られ。
「うわっ!?」
驚きの声が、無意識に上がった。
「・・・・・・」
家主の銀髪男が、無言で薬指に納まっていた指輪を外していく。
無理矢理外そうとしている為か、力が篭って微かに痛みを覚える。
「ちょっ・・・・!何するネ!?銀ちゃん!痛いヨ!」
私の抗議の声も無視して、完全に外し終わると。
填めていたリングを元のあった位置に戻して、露店商の男を一瞥したと思ったら。
急に立ち上がって、帰路へ向かい出した。
「え?銀ちゃん!待ってヨ!」
「あっら〜・・・・怒らしたかねえ?」
気まずそうな顔をして、鼻の頭を2・3回掻き――――銀髪男の背中を見送っていた。
眼前の男の言葉に、『?』が幾つも頭に浮かぶ。
「え?怒らした・・・・?って。何がアル?」
投げ掛けた質問に、露天商は苦笑いをして。
「ははっ・・・・分からないか。う〜ん・・・・本人に聞いて?これ、お詫びの印。お兄さんに渡しといて」
何やら白い、立方体の箱を手渡され。
徐々に遠ざかっていく着流しと、露店商の男を交互に見つめ――――考えた挙句。
渡されたモノを、ポケットにしまい込み。
屈めていた腰を持ち上げ、必死に銀髪男の背中を追う事にした。
「銀ちゃああああん!」
「機会があったら、また宜しく〜」
背中に向けられた声は、私の耳にまで届く事は無かった。
早足で先を行く家主に追いつく為、必死で名前を呼ぶ。
「銀ちゃん!銀ちゃんてば!待ってヨ!」
しかし、銀髪男の速度は変わらない。
それどころか全身から、不機嫌オーラが醸し出されている気がしてならない。
・・・・私。何か、怒らせる様な事したっけ?
皆目検討が、着かないのだが。
漸く隣に立ち並ぶまでに至り、そっと家主の顔を盗み見る事が出来た。
ジャンプの主人公らしからぬ、仏頂面。
こんなんじゃ、更に女性達が遠のくんじゃなかろうか。
「―――――何?」
盗み見していたのを気取られたのか、固く閉ざされていた唇から淡々とした口調の言葉。
「――――何を、怒ってるネ?」
「別に?怒ってなんか、ねえよ。お前の、気の所為じゃねえ?」
いやいや。誰が見ても、今の銀ちゃんは『怒』一色で覆われてる。
「嘘アル!めっさ、不機嫌オーラ全開じゃねえカ!」
「お前まだ、あの場所にいたかったんだろ?
買い物袋持って帰ってやるから、戻ってさっきの露店商の野郎と話してりゃ良いじゃん」
―――――露店商の野郎?さっきの、指輪売り?
「確かにまだ、指輪を見てたかったってのはあるけど・・・・別にあの露店商の男と話す気は―――――」
→後編