未来予想図 U 前編





―――――それは、突然の事だった。

街中をゆっくり練り歩く、6本の足と飼い犬の4本の足が同時に止まったのは。

「お〜い!万事屋ぁ!」

背後から掛けられた、しわがれた―――――この声は。

からくり技師で、発明家でもある・・・・平賀源外のじじいが。

右手を掲げて、こちらへ向かって来ている。

オレは軽く息を吐き、肩越しからじじいを見やる。

「何だよ?急に、呼び止めやがって」

だが・・・・じじいは両肩を忙しく上下に動かしながら、呼吸を整えていた。

「源外さん、大丈夫ですか?」

新八が心配そうに、声を掛ける。

「―――ああ。久しぶりに、駆け足なんざしたもんだから。膝に来ちまったな」

少しは落ち着いたらしく、ダメガネの質問に言葉を返した。

「いやあ・・・・お前等によお。頼みてえ事があってな」

―――――頼みてえ事?

思わず怪訝な表情が、滲み出ているのを自覚した。

「まあた――――変なモンでも、発明しやがったんじゃねえだろうな?」

将軍に砲弾を向けようとする、からくり人形共作成したり。

お登勢のばばあの所へ滞在している、からくり人形のたまの体内異変の時など。

大きな金槌で頭打たれて、身体は小さくなるはで――――。

まあ・・・・そのお陰で、たまの体内ウィルスを撃退出来たのだが。

―――――正直、あまり良い体験では無い。

「変なモンたあ何でぇ!?もしかしたら、世界で唯一つだけの代物かも知れねえんだぜ?」

今まで会話に加わらなかった、酢昆布娘が此処で初めて口を挟む。

「何ヨ?その代物って?今、持ってんのカ?」

口調は好奇心に満ちていて、今にもその発明品を拝みたいオーラが全開している。

オレは思わず無意識に、酢昆布娘の頭を軽く叩いていた。

「余計な事、言ってんじゃねえよ。悪ぃな、じいさん。オレ等もう帰るんで」

止めていた両足を、再び稼動させようとしたら。

「待てえ!銀の字いいい!タダでとは、言わねえ!」

切羽詰ったじじいの声が、オレの両耳の鼓膜に届けられる。

「・・・・その言葉、マジか?」

「マジだ。オレも江戸っ子、嘘は言わねえよ」

「んじゃあ、万事屋に依頼って事で――――異論はねえな?」

眼前のじじいは首を縦に振って、踵を返すと今来た路を戻り始めた。

ついて来い――――と言いたいのだろう。

「・・・・銀さん。良いんですか?本当に」

ダメガネが戸惑いがちに、問い掛けて来る。

「良いも悪いも、言ってられねえだろ?この際。経営自体が、赤字なんだからよ。
今日の夕飯・明日の朝ごはん食えるかどうか、分からん状況だったし」

「私、嫌ヨ!飢え死になんて!どうせ死ぬなら、満腹な状態で死にたいアル!」

この言葉にオレは再び右手を上げて、小気味良い音をさせながら頭を叩いた。

「誰の所為で、赤字状況に追い込まれてると思ってんのお!?
お前だろ!?お前のエンゲル係数が万事屋を、貧困に追い詰めてるんだよ!?
ダメガネは良いとしても、お前はオレを殺す気デスカ!?

―――――んっとに。唯でさえ、もう一匹金の掛かる犬がいるってのに。

「とにかく、源外のじじいの依頼を受けて。少しでも懐を潤さねえと」

どんなに身体が元気でも――――旅立つ物が無けりゃ、生きてはいけない。

オレ達と白い巨大犬は、じいさんの後を追う様に早足で歩き出した。



じじいの家に辿り着くと、相変わらず部品類等が散乱しており。

足の踏み場を探して、どうにか依頼人の傍へと近づく。

「んで?頼みってのは?」

源外のじじいは、「ああ」とだけ言うと。

オレ等に背を向けて、何やらごそごそとし始めたた。

「――――あんれえ?確か・・・・この辺りに――――」

混雑した発明品を押し退ける様に、両腕が忙しく動いている。

「おっ・・・・おお!あった!あった!これよ!」

嬉々としてその『代物』を、こちらへと差し出す。

「――――何ですか?写真機・・・・?」

新八が口にした通り、じじいの両手には写真機らしき物が収まっていた。

ふんっと鼻息を出し、横柄に仰け反るじじいは。

「聞いて驚け?これぞ『未来』を映し出す、写真機よ!」

踏ん反り返る奴の言葉に、オレ等は呆気に取られ。

「はあ?」と、返答していた。

最初に言葉を述べたのは、新八である。

「未来って・・・・この写真機で撮れば、それが写るんですか?」

「だから、さっきそう言っただろうが」

―――――阿呆らしい。

「おい、新八!神楽!定春!帰るぞ!」

右手で己の自由奔放な髪を掻きながら、踵を返すと二人と1匹に告げる。

「ちょっ・・・・待てえ!銀の字!さっきと話が、違うじゃねえかあ!」

声を荒げ引き止め様とするじじいの声が、背中に当たる。

「じいさん。夢物語なら、一人でやってくれや。
いくらオレ等が暇だからって、そんなモンに付き合ってられっかよ」

頭を掻いていた右手を離し、手首を左右に何度も振る。

・・・・っとに、勘弁してくれっての。

「てんめえ!其処まで言うなら、この天才的発明品の凄さを見せてやる!」

背後にいたじじいが、突然目の前に現れるなり。

「!?」

――――両眼に、光を感じた。

「へへへ。見て、驚愕すんじゃねえぞ?」

オレを被写体にして、シャッターを押したらしい。

数分後・・・・・機械仕掛けの音が鳴り、『ソレ』は出てきた。

「何か・・・・ポラロイドカメラ、みたいですね」

「銀ちゃん!大丈夫アルカ?身体に異変は感じないカ?」

従業員二人が、オレの傍へと寄ってくる。

・・・・別に身体に異変は、感じられない・・・・が。

一応念の為、両手で全身をくまなく確かめる。

「ほれ。これが6年後のお前だ」

じじいの手には、写真らしき紙が摘まれていた。

受け取れと言う事らしい・・・・馬鹿馬鹿しいと思いつつ。

差し出されたその写真を受け取り、両目を滑らせる。

「――――――!?」

一瞬、言葉を失う。

確かに・・・・オレ自身が、写っていた。

だが―――――今の己とは、何処か違う印象を受ける。

何処がどうと、口に表すのは難しいのだが。

顔つきが今より大人びており、顎の周りには無精髭が生えていた。

死んだ魚の様な瞳と揶揄されていた己の両眼は、しっかり開かれていて。

天パは今と同じだが――――多少、伸びている気もする。

三十路過ぎとはいえ・・・・結構、渋くなってねえ?オレってば

「え?これ・・・・銀さんでなんですか!?
何か――――別人じゃないですか!精悍さが滲み出てる銀さんなんて!有り得ませんよ!」

何時の間にか横から覗いていた新八が、驚きの声を上げた。

「どれどれ?」と、酢昆布娘も覗き込む――――と。

「うっわあ!これ、銀ちゃんじゃねえヨ!やる気の無さオーラ、全然出てないモン!」

「お前等・・・・驚いてんのか、それとも貶してんのか?どっちだ?」

「ワンワン!!」

定春にまで、肯定の意かよ。

こいつ等の反応に、気を良くしたのか。

源外のじじいは、両腕を組んで「どうよ?」と踏ん反り返る。

「じゃ・・・・じゃあ!今度は、僕を撮って下さいよ!6年後の僕が、写しだされるんでしょ?」

新八は前身を乗り出して、自分を撮れと請う。

「おお。良いともよ」

少し緊張した面持ちで、直立不動のダメガネを被写体に。

再びシャッターを切り、数分後――――奴の写真が出来上がった。

受け取った新八は、期待を胸に視線を滑らせる。

・・・・・・ところが。

「―――――あれ?」

何度も首を傾げて、写真を遠ざけたり近づけたりを繰り返した。

「どうした?新八」

半ば強引に奪うと、其処に写し出された物が視界に入る。

「・・・・・メガネ?つうか・・・・これ、メガネだよね?え?
6年後のお前って、メガネなの?やっぱり」

フレーム枠には、新八の愛用メガネしか写っていない

「おおおおおおいいいいいい!!どういう事だよ!?これ!てか、有り得ねえだろ!
最早人物でも何でもねえじゃん!!6年後の自分がメガネって、おかしいだろおおおおお!」

「――――だから。前から、言ってるじゃねえか。メガネが本体で。お前は飾りだって」

「ふざけんなああああ!!じゃあ今此処にいる僕は、何だって言うんだ!」

「ちっ。だから言ってるだロ?お前は、メガネの装飾品アル。
とっとと現実認めろヨ。6年後でもこうやって現に、証明されてるネ」

酢昆布娘の毒舌にもめげず、新八・・・・もといメガネは両手で頭を抱え叫んでいた。

源外のじじいは首を思い切り傾け、「おかしいな」と呟いている。

「ちょっ・・・・!もう一度、写しなおして下さいよ!おかしいよ!絶対!」

文句を言う新八を押しのけて、今度はもう一人の従業員が乗り出した。

「そんな、メガネ野郎は置いて。今度は、私を写してヨ!」

「おお」

今度は酢昆布娘にレンズを向けて、シャッターを切る。

数分後に、出現した――――6年後の神楽の写真。

・・・・・6年後っていうと――――20歳前後か。

本能のままに生きてる、この大食漢娘の6年後ねえ。

少しは、変わってるんだろうか?あまりに食い過ぎて、肥満女になってたりして。

つうか・・・・きっと、『ガキ』臭さは残ってるんだろうなあ。



後編

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