街中がイルミネーションで、賑やかに彩られている。

――――そう。今日は。

12月24日――――クリスマス・イヴである。




サンタと天使が笑う夜  前編




「お〜い、神楽あ!まだ準備終わらねえのかあ?」

玄関先で履きなれたブーツを、履き終えていたオレは。

未だに姿を見せない、酢昆布娘に声を掛ける。

「もうちょっとネ!今行くアル!」

―――――と、返答が戻って来た。

「・・・・・ったく。何を、手間取ってんだか。たかが新八の家に行くだけじゃねえか」

そう。今夜は志村家で、クリスマスパーティーが催される。

『クリスマスは、家でやりませんか?姉上もそう言ってますし』

昨日・・・・もう一人の従業員、ダメガネの一言が発端で。

その台詞を聞いた少女は、瞬間――――碧眼を輝かせて奇声を上げた。

『きゃっほおおおお!賛成!大賛成ネ!ね?銀ちゃん』

『ああ?面倒臭せえなあ』

オレとしては、通常通りに。

不夜城に繰り出し、行きつけの飲み屋に行きたかったのだが。

何も反応を示さないオレに、当の酢昆布娘がドス黒い笑みを浮かべ。

両手を絡め――――白く華奢な指には合わない、軽快な音を連続で立て始めた。

『行・く・よ・ネ?』

首を縦に振らなければ、サンドバックにするヨ?

みたいな――――――脅しとも取れる、言動を取ってくれちゃったもんだから。

額に冷や汗を垂らしながら、首を何度も縦に振ってしまった。

だって確実に病院送りじゃん。それか、あの世逝きじゃん。

酢昆布娘の、拳喰らったら。

そりゃあね?どうせ一人で、飲みに行くっていう予定しか無かった訳だし。

悲しい事に、『彼女』なんつう肩書きを持つ女性もいやしないし。

笑顔を浮かべながら、肩や腕組んで歩くカップル達を尻目に。

怒りのオーラを醸し出しながら、街中を歩くってのも・・・・・何か虚しい。

・・・・・・にしてもなあ?今更大の男が、クリスマスパーティーって。

「はあ〜・・・・何してんだろね?オレは」

やっぱり『恋人』の存在って、でかいと思うんだよ。

こういうイベント時――――は、特にそう感じる。

「あ〜・・・・サンタさんに、お願いしてみっかな」

絶対に叶わなそうな言葉を、ぽつり呟いた時。

用意を済ませて玄関に向かって来る、酢昆布娘の姿が視界の端に映った。

肩越しに振り向き、不機嫌さを隠さずに口を開く。

「やっと、来やがったか」

「お待たせヨ〜♪さっ、定春!おいで!」

「ワン!」

玄関の戸を開けると、北風を含んだ冷気が容赦なく吹き込んでくる。

「うおおお・・・・・寒ィ」

両肩を竦めて、マフラーの温もりの恩恵に預かろうと首を竦めた。

「ほら!銀ちゃん!とっとと、開けてヨ!」

寒さなんざモノともしない、少女は張り切り状態。

「へえへえ」と、おざなりな返答をし。

――――オレ等&巨大な飼い犬は、志村家に向かう事にした。





一歩街中へ出てみれば、両脇に定位置に設置された街灯の光とは別に。

家々の灯り・・・・そして。たまに電飾で彩る家も、途中何度か見かけられた。

それらを見る度に、隣に並んで歩く少女の顔が輝く。

「うわあ〜!綺麗アルナ!銀ちゃん!万事屋も、こんな風にしたいネ」

なんて笑顔で――――とんでもねえ事を、発案してくれちゃってるので。

「却下デス!」と、即答した。

志村家までの道程は、なんだかんだと結構ある。

冷気は容赦なく、オレの衣服を通り越して寒さが身に染みて来た。

「ああああ!クソ寒い!マジ寒い!熱燗で温まりてえええ!」

煌々と輝く恒星達に、向かって白い息を交えながら訴えれば。

これまた冷たい視線を送ってくる、同居人。

「―――――ったく、うるさいアルナ。
こんくらいの寒さ、どうって事ねえだロ?」

「銀さんは、こう見えても寒がりなんだよ!
お子様のお前と違って、体温は平均値なの!」

「・・・・・はあ。これだから、オヤジでマダオは困るネ」

「こらああああ!誰がオヤジいいいい!?
オレはまだまだ!加齢臭も漂わせていない、
れっきとした20代ですからああああ!


マダオはともかく、『オヤジ』発言は決して認めん!

「しょうがねえナ、ほれ」

コートのポケットに閉まっていた左手を、こちらにすっと差し出す。

「?」

意味が分からず、眉間に皺を寄せたら。

「寒いんだロ?この心優しい神楽様が、
手だけでも温めてやろうってんだヨ。感謝するヨロシ」

そう言って半纏の袂の中に、入れていた両腕を解かれて。

自由になった、オレの右手を持っていく。

・・・・・・あ。すんげえ暖かい。

まるでカイロ並みの、暖かさに
――――冷えていた右手が、じんわりと温もっていくのが分かる。

「何なら、ポケットの中に入れてやろうカ?」

「ワンワン!」

唇の両端を上げての、からかい口調と飼い犬の吠え。

「――――ばっ!良いって!そこまでせんでも!」

思わず右手を振り払おうとしたが、酢昆布娘はそれを許そうとしなかった。

それどころか、強く握り返してくる。

「―――――手を離せば。また寒さが襲ってくるヨ?」

微笑んでそれだけ言うとこちらに、向けていた視線を前方へ戻す。

・・・・・・何か。何だか。

無性に照れ臭い気になるのは、何故だろうか?

―――――あれか?街中が、異様に賑やかだからか?

クリスマスと言うイベントが、オレをそんな気持ちにさせてるのだろうか?

いくら異性と手を、繋いでいるとは言えども。

相手は14歳前後の、まだ色恋も知らないガキなのに。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

お互い特に何を言う訳でも無く、ただただ両足を動かすだけ。

背後には、舌を出しながら付いて来る定春。

どのくらい、そうしていただろう?

急に神楽が、「ねえ、銀ちゃん」とオレの名を呼んだ。

「ん?」

「サンタさんに――――何をお願いしようと、してたアル?」

・・・・・・あら。コイツに独り言、聞かれてたんか。

「別にィ?到底、叶わん願い事だよ」

「答えになってねえヨ」

即答デスネ。

「――――そうねえ。可愛い、彼女が欲しいってね。
結野アナみたいな?いや、本人でも良いんだけど」

「・・・・・ふうん」


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