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戦いの火蓋
 前編

きっかけは、些細な事だった。

放課後・・・・大抵、補習を受けるのは私だけで。

それに付き合わされる、坂田銀八は――――現国の教科担任兼、クラス担任でもある。

「神楽~・・・・お前、本当――――このまんまだと。卒業も危ういんデスケド?」

机上に置かれた、補習テスト用紙を前に。

両手で頭を抱え、うんうん唸っている私に向かって放った言葉だ。

「そんな事言ったって・・・・現国苦手なんですモン」

両頬を膨らまし、上目遣いで睨むと。

己の頭に、小気味良い音が聞こえた。

どうやら担任が、名簿か何かで私の頭を叩いたらしい。

「お前の場合、現国だけじゃねえだろ?殆どの教科が、危ういじゃねえか。
あ~唯一、あれか。早弁と居眠りくらいか?得意なのは」

「腹が減っては、戦は出来ぬと言うじゃないですカ。私はそれを、実行してるだけですヨ。
それに人間眠い時に寝ないと、身体に影響が出できますし」

再び私の頭に、パカンと名簿が軽く置かれた。

「何尤もらしく、正当化しようとしてんの?腹が満たされようが、寝ていようが
――――お前の頭ん中は、ちっとも変わらんだろうが。
ほれ――――くだらん事言ってねえで、とっととシャーペンを動かせ」

動かせと言われても・・・・分からないのに、これ以上どうしろと言うのか。

視線をテスト用紙から、何気に窓へと逸らせると。

昼間・・・・・頭上高くあった黄金色の球体は、既に茜色に変わり
――――山の頂へと顔を隠そうとしている。

窓の外――――グランドから聞こえて来るのは、野球部の部員達の掛け声。






黒板の上に掛けられた、時計の針も―――――既に5時を指そうとしていた。

私の前に腰を下ろした担任は、あまりの進み具合無さに。

盛大な溜息を吐き――――「こうなりゃ、一丁・・・・賭けでもしてみっか?」と口を開いた。

「賭け」と言う台詞に、私は思わず顔を上げて両目を見開く。

「賭け?・・・・何ですか?それ」

銀髪の担任は、右手で己の頭を乱暴に掻き始めると。

「次回の期末テスト――――あんだろ?」

「はあ・・・・・」

担任の意図が見抜けず、首を思い切り傾げた。

「お前が全教科―――オレの指定した、点数を取れたら。
何でも言う事聞いてやるよ

―――――そう言って。私の額を、軽く小突くと。

眼鏡を掛け意地の悪い笑みを浮かべ、口から紫煙を吐き出す白衣を着た担任。

何だか意味深な、笑みを向けられてるとは思ったが・・・・。

この表情からするに
―――――私を端から、お馬鹿だと決め付けてるのでは?

自分の指定した点数なんて、取れる訳が無いと・・・・。

そう考えると、無性に腹ただしくなって来た。

元来こう見えても、負けず嫌いな性質(たち)である。

コンチクショー・・・・・受けて立とうじゃねえか。

もし私が全教科担任の、指定した点数を超えたら。

前々から行きたかった、一流ホテルで行われている。

ケーキバイキングに、連れてって貰おう。

そして他も連れまわし・・・・有り金全部、使い果たしてやる

「絶対だナ!?男に二言はねえゾ!?」

勢い良く―――――右手の人差し指を、男の顔面に突き出す。

「それよりも。もしお前が、点数取れなかったら。オレの言う事聞いて貰うぞ?

一瞬・・・・ぐっと喉元が、詰まったが。

全教科のテストの点・・・・7割以上、取れ

両腕を組み、唇の片端を上げて笑う銀髪に。

「――――望む所ネ!やって、やろうじゃねえカ!」

―――――こうして、私と銀髪男の担任との間で。






戦いの火蓋は、切って落とされたのである。






それからの私は、一味違っていた。

日課だった授業中の早弁も止めて、睡魔の誘惑に打ち勝つ様に。

必死に黒板や、ノートに喰らいつく。

周囲が「具合でも悪くなったのでは?」と、心配されてしまう程にだ。

普段私がどれだけ、ぐうたらに授業を受けているのか――――これにて、はっきりした。

だが・・・・勝負は、一週間後――――。

家では寝る間も惜しんで、徹夜で各教科の勉学をこなして行く。

・・・・ひょっとしたら、今までの人生の中で。

こんなに必死に、勉学に勤しんだ事は無いかも知れない。

「うおおおおお!絶対に、バイキングケーキのハシゴをしてやるう!!」

この勝負、絶対に負けられない。






そして一週間が、過ぎ。

―――――地獄の3日間は――――終わりを告げた。








・・・・・どうして、学生ってのは。テストなんてものが、あるんだろうか?

「どうせ社会に出たら、勉学した殆どは――――使わないだろうに」

一気に力を出し切った私は、ほとほと疲れ果てて――――自分の席にて両腕を枕にして。

顔を埋め、ほうっと一息を出す。

HR後、姐御達から・・・・・カラオケに誘われたが。

疲れていて・・・・そんな気分にもなれず、断ってしまっていた。

誰もいない教室で、一人――――疲れを癒す。

この所徹夜続きの所為か、瞼が重くて仕方が無い。

睡魔の誘惑に、負けそうになった――――その時。

教室の入り口の、ドアが開かれる音。

その人物は私の方へと歩き出し、眼前で止まる。

何となく・・・・誰かは、分かっていた。

僅かに鼻腔に付く、紫煙の香りで。

いつも担任が吸っている、
『なんちゃてペロペロキャンディー』・・・・・用は煙草だ。

煙草を咥えている教師なんか、一人しかいない。

私の前の席の椅子を、引き出す気配。

「どっこいせ」と、まるでオヤジの様な台詞を吐きながら。

椅子に座ったと、思われた。

――――しかし疲れ切っていた私は、顔を上げるのも面倒で。

そのまま顔を伏した状態で、この場を見守る事にする。

「お~い、神楽。死んでんのかあ?」

またもや名簿らしきモノで、私の頭を軽く何度も叩かれた。

「・・・・・死んでねーヨ」

叩かれながらも、小声で返答する自分。

「あっそ。本当はこういう事すると、いけないんだけどな?」

「――――――うん」

頭上から降り注がれる担任の声を、半ばスルーする様に聞く。

「お前の全教科のテストの点数、教えてやろうかと思って」

その言葉を聞いた瞬間、伏していた顔が無意識に上がる。

「嘘!?」

「――――お前だって、知りてえだろ?オレとの賭けの結果を」

担任の右手の中で、何やら書類の様なモノがヒラヒラしている。

・・・・・そうだ。私はこの担任の、賭けに勝つために。

昼も夜も寝る間を惜しんで、机に向かったんじゃないか。

「・・・・知りたいデス」

両膝に置いた、己の拳をぐっと強く握り締めて。

―――――眼前に座る、銀髪男の言葉を待った。

私の対応に満足してか、男は鷹揚に首を縦に振ると。

「――――まずは――――」と、口を開いていく。

――――その結果。

全教科・・・・現国以外は、とりあえず7割を超えていた。

思わず奇声を上げたい程の、喜びが胸中に宿る。

ケーキバイキングは、もう目の前・・・・・が。

「良く頑張ったなあ、神楽君。お前も本気出せば、出来るんじゃねえか。
・・・・んで、最後。問題の現国―――――オレの教科テストは・・・・・」

担任の口から出て来た言葉に、私の頭にドデカイ石が。

3連続に重なって、落ちて来た様な感覚になった。

擬音を使えば、こんな感じである。

『ゴン!ゴン!ゴン!』

「残念だったなあ~?つうか、惜しい?
68点――――後1点、届けりゃなあ

「くっ・・・・・・」

―――――まさか・・・・1教科だけ、落としてしまうなんて。

それもよりによって、担任の現国とは。

しかも、1点?1点、足りなかった為に・・・・・。

「チクショー!めっさ悔しい!ちょこっと、オマケとかあっても良いじゃねーカ!」

身を乗り出し、抗議する私に向かって。

担任は再度名簿らしき、薄いファイルを。

私の頭に、振り下ろす。

「いてっ!」

「馬鹿野郎。そんな詐欺紛いの事してバレでもしたら、オレは教師失格
――――路頭に迷う羽目になるだろうが。責任、取ってくれんの?
しかもよお・・・・オマケも何も一番簡単な問題の所で、ミスしやがったのはお前だろ」

――――どうやら、一番最初の問題。

漢字の読み書きで、失点をしてしまったらしい。

「それ以外は全て、7割超えで――――合格なのになあ。本当、惜しい」

意地の悪い笑みを浮かべ、私を見つめる銀髪の担任。

「―――――で。オレとの賭け、忘れてねえよな?
何でも言う事を、聞くってヤツ」

「・・・・・忘れてませんヨ。何ですか?
言っとくけど早弁と居眠り。
・・・・タコさんウィンナーは、譲れませんからネ

両腕を組んで、鼻を鳴らし――――身体を仰け反らせる。

お前ね、負けた自覚ある?――――まあ、良い。」




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背景に使用した画像は、なつる様が運営する「空に咲く花」様よりお借りしました。