胸ポケットから、新たな煙草を一本取り出して。
ライターで、先を点すと・・・・ふうっと、白煙を吐き出したと思えば。
―――――突然。
「オレの、女になれ」
「は?」
思わず眉間に、皺が寄るのを感じた。
――――今・・・・何て言った?この男。
「だから、オレの女になれって。そう言ったの」
その言葉に私は、勢い良く立ち上がり。
「全く・・・・何を、言うかと思えば。くだらないジョーク、言わないで下さいヨ。
からかう相手なら、たくさんいるデショ?―――それじゃ、さよなら」
教室のドアの入り口まで行こうと、両足を動かす――――が。
男の手によって右腕を掴まれ、それを阻止されてしまった。
「――――何するんですカ?離し――――」
勢い様振り向き、手を離す様訴えようとしたら。
眼前目一杯に、担任の顔があった。
「うぎゃあ!」
あまりの近距離に、無意識に上半身を後ろへ逸らす。
「傷つくなあ〜・・・・そのリアクション。人を、化けモンみてえに」
「だ・・・・っ・・・・だって!顔がちかっ――――」
どうにかして距離を離そうと、じたばた暴れていたら。
掴まれていた右腕の部分に、僅かな痛みが走った。
「オレが――――冗談で。こういう事言うと、思ってんの?」
・・・・・嘘・・・・?――――これが。あのやる気の無さ、NO.1と呼ばれた。
坂田銀八?全然そんな風に、見えない。
死んだ魚の様な瞳は、しっかり見開かれていて。
私の瞳を、じっと凝視している。
―――――視線を捕らえられ・・・・逸らす事さえ、出来ない。
元々端正な顔立ちだとは、思っていたが。
こうも真面目な顔を、されればされる程――――美形だと気付かされる。
・・・・・つうか。何、こんな事考えてるカ。私。
気付けば、心臓も高鳴っている。
恐らく己の顔も、赤面状態だろう。
騙されて、なるモンか。どうせ最後の最後で。
『嘘だよ〜ん!』とか、言い出すに決まってるんだ。
「お・・・・思いますヨ!だって先生、いつも何を考えてるか・・・・分からないし」
そう言うと、担任は――――軽く息を吐き出すと。
私の瓶底眼鏡を、ゆっくりと取り外す。
「――――あ!ちょっ・・・・・」
「冗談、なんかじゃねえよ。オレはお前を、『彼女』にしたいの。つうか、マジでね」
―――――益々、意味が分からない。
「どうして?私なんデスカ!?他にも、候補者いるデショ?
姐御とか・・・・さっちゃんとか・・・・九ちゃんとか・・・・・ツッキー先生とか」
―――――よりによって、どうして私?クラスにも教師にも、美女はいる。
「どうも、こうもねえよ。気付けば、お前の事を憎からず思ってたんだモン。
今上げられた女生徒達や同業者には、何ら興味湧かないしね」
そう言って口に咥えていた煙草の先端が、赤く点ったと同時に――――。
肺まで送った紫煙を、室内へと吐き出す。
「何でか・・・・お前が、脳裏から離れてくれなくなっちゃた訳。
この感情に、理由もクソも無えよ。
好きになった相手が、神楽――――それだけの事」
気のせいか先程よりも、どんどん顔が近づいて来てる気がする。
私は咄嗟に取り上げられた、己の瓶底眼鏡を奪取しようと試みたが。
突然耳元で、聞き慣れない低音が鼓膜を刺激した。
「やっぱり――――お前は、その方が可愛いよ。神楽」
瞬間・・・・顔が、茹蛸状態になったのが分かる。
今なら頭の上に、やかんを乗せられても――――すぐに沸かせそう。
耳元での刺激に、思わず右手で抑えいたら。
お互いの鼻先が寸前まで、近づいて――――私は両瞼を強く閉じた。
「引っ掛け問題に、見事に嵌ってくれたのも――――可愛いけどな」
小声で何か呟かれたが、今はそんな事を聞いてる余裕も無い。
―――――は・・・・早く、離れて欲しい。
心臓がバクバクして、破裂してしまいそう。
――――ふと。己の両耳に、何かが掛けられた感触。
固く閉じていた瞼を、ゆっくり開けば。
其処には愛用の、瓶底眼鏡が元の位置に戻っていた。
「オレの前だけ、その眼鏡は外しなさい。
後は普段通りに掛けておく事。良いか?」
意図は、分からず仕舞いだったが。
担任の優しげな口調に、思わず何度も首を縦に振る始末。
私の態度に、満足を示したのか。
「ほんじゃあ、まあ!今後とも宜しく、『彼女』さん。
もういい加減、こんな時間だ。お前も気をつけながら、急いで帰れよ」
担任は椅子から腰を上げて、踵を返し――――教室のドアへと向かっていく。
――――が、肩越しにもう一度。こちらへ、振り返ると。
「今週末――――空けとけよ?お前の行きたい場所、連れてってやっから。
ああ、そうそう。お前の携帯の番号&メルアド、教えろよ」
・・・・それって、つまり――――。
「デート・・・・デスカ?」
無意識に片言の日本語で、問い掛けている自分がいた。
担任は勝手に鞄から私の携帯を取り出し、赤外線通信にて情報を得ている。
その動作を終えるとは、唇の両端を上げて。
「そういう事に、なるか。今夜電話すっから、待っとけ」
私に携帯を手渡し、白衣姿の銀髪男は教室から姿を消した。
――――信じられない・・・・夢でも、見てるんだろうか?
あのクラス担任から――――まさかの、『告白』を受けたなんて。
教師と生徒・・・・『禁断の恋人』の、関係になるなんて。
あんなのてっきり、ドラマや映画の話しだけだと思ってた。
下ろしていた右腕を、ゆっくりと己の頬に持って行き。
親指と人差し指で、思い切り抓ってみれば。
・・・・・痛さが、頬全体に広がった。
「夢・・・・じゃない」
――――こうして、私・・・・3−Z組の留学生・神楽は。
3−Zのクラス担任、坂田銀八の恋人として。
今後・・・・・・月日を。一緒に行動を、する事になる。
戦いの勝敗は――――坂田銀八に、軍配が上がった。
――――後日談――――
週末:場所:一流ホテル・ケーキバイキングのホールにて。
「ええええ!?わざと、一点を落とす様に仕向けたんですカ!?」
小口程の色鮮やかなケーキ達を、頬張りながら怒りを露にする。
自分は極度の甘党だと、自負して止まない担任も。
私と張り合うかの様に、大量のケーキを眼前に置いていた。
「だって普通ならよくよく見れば、ぜってえに見落とさない所だぜ?
お前以外、クラスの奴等・・・・・皆―――○だったし」
「・・・・卑怯モン。教師として、良いんデスカ?それって」
両頬をこれでもかと、思いきり膨らませて。
上目遣いで、睨んでやると。
「まあまあ。だからこうして、お前の要望に応えてやったでしょ?
初デートなんだし、もうちょっと明るく楽しもうぜ?」
まだまだ納得出来ない私は、しれっと答えてやった。
「――――まだまだ。足りませんヨ。此処が終わったら、次がありますからネ!」
「・・・・え?まだ行くの?」
「当然デショ!バイキングケーキの、ハシゴするって言ったじゃないデスカ!」
「・・・・っても。これで・・・・もう3軒目なんですけど」
いくら極度の甘党と言えど、流石に苦痛になって来たらしい。
その姿を見て、幾分か気分がすっきりした私は。
満面の笑みを浮かべて、こう言い放つ。
「何、言ってるんデスカ。私を『恋人』にした以上は、
これくらい覚悟して貰いますヨ?――――後悔してます?」
「ば〜か。こんなんで、後悔してたら。男じゃねえよ。
まあ・・・・惚れた弱みもあるんだろうけどな」
そう言うと銀髪男は、私の鼻をきゅっと摘んだ。
長細く無骨な指が、視界に入る。
―――――私は男の手を、そっと握ると。
「では改めて、宜しくお願いしますネ。先生」
「――――つうか。学校以外では、先生は禁止!」
「じゃあ・・・・何て、呼べば良いんデスカ?」
『先生』とずっと呼んでいた為、この男に対してどう呼べば良いのか。
皆目検討が、付かない・・・・・。
「何でも良いさ、先生以外ならな」
「・・・・じゃあ・・・・銀ちゃん。では?どうすかネ?」
「大の男に――――銀ちゃん!?ちゃん付け!?
初めての呼び名だなあ・・・・まあ、良いけど」
「じゃあ、銀ちゃんで決まり!」
「へえへえ。よござんすよ、神楽さん」
――――不思議・・・・仕掛けられた、『告白』だったのに。
いざこうして逢ってみれば、とても楽しく感じるし。
担任の違った一面も拝める事が出来て・・・・何だか新鮮。
期末テストにて戦いの火蓋は、切って落とされ。
軍配は、坂田銀八に上がったけれど。
実際は――――私、神楽に軍配は上がったのかも知れない。