LIP STICK 前編 神楽ver


洗面台の鏡の前で、蓋を取り細長い筒を捻れば。
尖った形状に、鮮やかな色を宿した固形。

『神楽ちゃんも、興味あるわよね』

―――――と、姐御が私にくれたモノ。

街中を歩く、女性の殆どが施す『紅』。
口元を彩る「ソレ」は、以前から私の憧れでもあった。

今―――――『万事屋』には、誰もいない。
定春が大人しく、居間で寝ているだけだ。

銀ちゃんは、例の如く持ち金を『散財』しに行き。
新八は今頃心酔するアイドルの、親衛隊を取り仕切っている筈。

・・・・何だか、こういう場面って。

あんまり見られたくないから、こう言った状況が一番チャンスかも。

そっと尖った先を、唇に押し当てて。
ゆっくり、輪郭をなぞってみる。

「――――――あ」

・・・食み出しちゃったアル。

以前姐御の職場『すまいる』で、将軍を接待した件を思い出した。
あんな風にしたら、口紅の効果は半減する。

持って来ていたティッシュを、水で少し濡らし。
もう一度唇全体を、丁寧に拭き取っていく。

乾いたタオルで、水気を取り―――――再挑戦。
ゆっくりと、時間を掛けて縁取るも。

・・・・再び失敗。

「む〜・・・ん。難しいアルナ」

再び水を含んだティッシュで、拭き取り。
タオルで水気を取って・・・もう一度、紅を唇に近づけ様とした時。

「!」

鏡に映る、此処の家主の姿。
両腕を組んで、じっとこちらを見つめていた。

咄嗟の事で、恥ずかしくなり。
タオルですかさず、口元を隠した。

「――――あ?何、もう終わり?」

肩越しに振り向き「い、何時帰って来たネ!?」と、声を荒げる。

「今さっき。返事無いから、出掛けたモンだと思ってたら。・・・・そういう事だったのね」

――――――しまったあああああ!集中してて、気配に気付かなかった!

銀ちゃんは、こちらに近づき。
洗面台に置いてあった、口紅を手にする。

「・・・・・お前、こんなモン持ってたか?」

「・・・・姐御に、貰ったアル」

「ふう〜ん・・・・」

少し丸まった『紅』を見て。
視線をそのままこちらに、移動させた。

「・・・・な、何ヨ?」

「この色―――――お前には、まだ早い気すっけどなあ。もっとピンク系が良くね?」

「う、うっさいアル!別に外にしてく訳じゃないんだから、良いダロ!」

慌てて男の手から、口紅を取り上げ様としたが。
のらりくらりと、私の手を避けて口を開いた。

「オレに、付けさせてくれよ」

「は?」

「いや、だから。これ。口紅」

「まさか・・・銀ちゃん。とうとう、『そっち系』に目覚めたアルカ?」

じと目で、思わずツッコミ。
銀髪男の唇に、紅色が施されると言うのか。

「ばっ・・・!違げえよ!オレがお前に、口紅付けてやるって言ってんの!」

「え?」

「つうか、お前下手過ぎ。オレだって、これくらい出来んぜ?」

ひょっとして・・・『かまっ娘』倶楽部の。
「パー子」の事でも、思いだしてるんだろうか。


「――――下手なのは、当たり前ネ。だからこうして練習を―――――」

「まあ良いから、良いから。銀さんに任せなさいって♪」

突然口元を隠していたタオルの手を、取られて。
「こっち来い」と、居間に連れ出される。

1つの長椅子に、二人向き合う様に座り。
銀ちゃんは真剣な表情を浮かべ、蓋を外しながら「動くなよ?」と念を押す。

骨ばった男の指から、口紅が捻り出される。
首を縦に振り、一連の行動を見守る事にした。


二人の空間が、徐々に縮まり。
視線のすぐその先には、眉間に皺を寄せる男の顔。


左手の親指と人差し指が、私の顎に掛かり。
少し上向きに、させられる。


「――――――――」

何となく銀ちゃんの視線が、自分の唇に向けられているのかと思うと。

・・・・落ち着かないアル



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