LIP STICK 前編 銀時ver
玄関開けて、声を掛けても。
いる筈の酢昆布娘の、返答が無い。
てっきり、出掛けたもんだと思ってた。
―――――だが。
居間まで歩を進めたら、洗面台の方で気配がしたので。
「?」
不思議に思って、こっそり覗いてみたら。
洗面台の前で、睨めっこしながら。
口を尖らせて、口紅を施そうとする少女の姿。
―――――正直、驚いた・・・が。
ああ見えて神楽だって、『女』だし。
化粧の一つや二つ、興味を持ってもおかしくない。
・・・・どれどれ、此処はちょっくら様子でも見てやるか。
幸いな事に、当の本人は集中してるらしく。
オレの事には、全く気付いてない様だ。
適当に壁に背中を預け、両腕を組み。
口紅と格闘する、神楽を見つめた・・・のだが。
「・・・・・・・・・」
―――――ああ・・・そんなに塗りたくったら、駄目だっての。
水で濡らしたティッシュじゃなくて、ちゃんと口紅落としを使えって。
・・・・駄目だ、見てらんねえ。
思わず壁から身体を離し、洗面台近くまで辿り着くと。
「!」
鏡に映ったオレの姿に気付き、素早く口元をタオルで隠す。
「もう終わりなのか?」と、尋ねたのだが。
肩越しに振り向き「いつ帰って来た」と、尋ね返されてしまった。
それには答えず、洗面台に置いてあった―――――口紅を手にし。
こんな口紅なんか、持っていたかと聞き返すと。
お妙から貰ったと、口が動いた。
――――ふう〜ん・・・・赤・・・ねえ。
元々整った顔立ちだ――――きっと化粧栄えするのは間違いない。
・・・・お妙のセンスも悪くはねえと、思うが。
コイツには、もっと淡い桃色が似合う様な気がすんだけど。
こういうはっきりした色って、もう少し大人になってからでも遅くねえよな。
少し先が丸まった『紅』を見て、視線を神楽に移す。
何か言われるのかと、警戒していたらしく。
「・・・・な、何ヨ?」と、上目遣い。
「この色―――――お前には、まだ早い気すっけどなあ。もっとピンク系が良くね?」
ただ本音を、口にしただけなのに。
「う、うっさいアル!別に外にしてく訳じゃないんだから、良いダロ!」
―――――と、オレの手から口紅を取り戻そうと。
躍起になって取り上げようとしたので、それらを避けながら。
・・・・ふとある考えが、脳裏に浮かんだ。
「オレに、付けさせてくれよ」
「は?」
「いや、だから。これ。口紅」
「まさか・・・・銀ちゃん。とうとう、『そっち系』に目覚めたアルカ?」
も〜しもしィ?何、その冷めた目つきは。
『そっち系』って、どういう意味?
おいおい・・・もしかして、勘違いされてる?
ひょっとして、オレがこの口紅を付けるとかって思ってくれちゃってんの?
「ばっ・・・・!違げえよ!オレがお前に、口紅付けてやるって言ってんの!」
「え?」
オレの言葉に驚いた神楽が、大きく両目を開く。
「つうか、お前下手過ぎ。オレだって、これくらい出来んぜ?」
―――――『かまっ娘』で、「パー子」になった時。
それなりに、修練させられたもんな。
言っとくけど、コイツよりはうまく塗れる自信ある。
「――――下手なのは、当たり前ネ。だからこうして練習を―――――」
断ろうとする神楽に、対して。
「まあ良いから、良いから。銀さんに任せなさいって♪」
いつまでもタオルで隠す、その手を取り。
「こっち来い」と、居間へと促す。
長椅子に座らせ、オレも神楽に向き合い。
「動くな」と、念を押して。
持っていた口紅の蓋を取って、筒を捻り。
左手で神楽の顎を、持ち上げた。
小さな唇は、堅く閉じられている。
―――――コイツの・・・このアングルって・・・・。
ただ顎を上げただけなのに、少女の顔つきが――――変わった様に思えて。
心なしか・・・・色っぽく感じる。