Happy Happy birthday 前編
「何か欲しい物ある?」と。
もう一人の従業員から、突然問い掛けられて。
一瞬何の事だか理解出来ず、酢昆布の咀嚼を止めてしまった自分に。
「明日、誕生日でしょ?」と、苦笑いで言われた。
――――そうだった・・・・。
壁に掛けられたカレンダーに、視線をさり気なく移動させれば。
11月3日―――――私の誕生日である。
文化の日と同じなんて、中々覚えやすい日にちだ。
ダメガネこと、新八の質問に対し。
「米俵と卵を一生分」と、冗談半分本気半分に答えたら。
「一生分なんて、用意出来るかあああああ!!」
―――――と、マジに怒られてしまった。
「ちっ。自分から要望聞いといて、見事にへし折ってんじゃねえヨ。
ケツの穴の小さい男アルナ」
これまた本音半分、冗談半分に言ってやったら。
「良く考えてみてよ!僕にそんなプレゼント、用意出来る訳ないでしょ!?
もうちょっと、レベル下げてってば」
両眉を八の字にさせて、盛大に溜息を吐かれたので。
「――――しょうがねえな」と両腕を組み、新八が購入しやすいプレゼントを考えてやる。
・・・・・とは言うものの、脳を働かせてはみたが。
すぐに欲しいものが、浮かんでくる訳も無く。
「新八に任せるヨ」と、言葉にした。
この言葉に安心した様な、困った様な。
そんな表情を浮かべたダメガネは、「了解」と首を縦に振った。
―――――任せられるのが、本当は一番難題なのは知っているけど。
新八がどんな贈り物を用意して来るか、それはそれで楽しみである。
変てこなモノだったら、問答無用で毒を吐かせてもらうが。
「―――――って。あれ?そう言えば、銀さんは?」
首を左右に巡らして、雇用主の姿を探す新八に。
私は両目を瞑って、肩を竦めながら答えてやった。
「午前から出掛けたネ。どうせいつものパチンコアル」
あのマダオ侍の、行動からしてみて。
夜から出掛ければ、行く先は不夜城と決まってるが。
陽射しがある内に出掛けるとなれば、パチンコ以外思いつかない。
「あ〜・・・・またか。一昨日も大負けしたって言ってたのに、何で足運ぶかなあ。
・・・・って言うか。そんなに資金があるんなら、僕達の給料払えってんだ!あんのマダオ侍!」
当然だが雇用主の言い訳が、届けられる事は無い。
この場にいない相手に文句言ったって、仕方が無いと。
そう考えたのか、新八は「やれやれ」と長椅子に腰を下ろす。
そんな様子を見ながら、眼前の男に気付かれない様に溜息をした。
―――――どうせ、私の誕生日なんて。
銀ちゃん、覚えていないんだろうな。
去年だって、志村姉弟から教わったみたいだけど――――。
「へえ」の、一言で終わったし。
このダメガネでさえ、誕生日を覚えてくれているってのに。
あの男に、期待するだけ・・・・・無駄だろう。
だって私は銀ちゃんにとって、従業員で居候。
更にオプションで『クソガキ』の肩書きがもれなく、付いてくる。
誕生日を迎えて、年を1つずつ重ねてみても。
銀髪男の頭に根付く、私はいつまで経っても変わらない。
ずうっと――――――『ガキ』のまま・・・・。
「神楽ちゃん?」
呼び掛けられた声に、意識が戻って来て。
「何?」と、聞き返せば。
「どしたの?泣きそうな顔、してるよ?」
よりによって――――触れられたくない所を。
「何でもねえヨ。ちょっと欠伸を堪えただけネ」
時計の短針と長針が、2の数字を示した頃。
依頼人も来ない万事屋は―――普段と同じで。
家事を一折終えた新八は、お茶を飲んで休憩すると。
「買い物に行って来る」と口にし、玄関へと向かった。
――――私も、一緒に行こうかと思ったが。
「定春と、散歩に行って来なよ」の言葉に、素直に従う事にする。
どうせ、何をする事も無いのだ。
暇な時間を持て余すくらいなら、定春と一緒に表に出た方が良い。
私と新八の会話を聞いていたのか、白い巨大犬は一吠えすると。
機敏な動きで、玄関へと向かって行く
・・・・・余程、表に行きたいらしい。
長椅子から立ち上がり、新たに酢昆布を噛み締めて。
新八と定春が待つ、玄関へと足を踏み出した。
―――――と。
戸越しから、見慣れたシルエットが浮かび上がる。
見間違える筈も無い、この人影は。
戸がゆっくりと開けられ、影は隙間から徐々に鮮明になっていく。
「たで〜ま」と、挨拶の言葉を述べながら。
右手で頭を掻きつつ、気だるそうに引き戸を開ける。
「銀さん!?」
当分は帰って来ないと決め付けていた分、新八は驚きの表情で出迎えた。
それに対し、家主は思い切り不機嫌に口を開く。
「・・・・・・何よ?その『何で此処にいるんですか?』的な、反応は。
オレが自分ん家に帰っちゃおかしいの?おかしいんデスカ?」
「――――べ、別に。そういうつもりじゃ。ただ、当分は留守にするもんだと思ってたんで。
パチンコ・・・・じゃなかったんですか?」
新八の問い掛けに対して、銀髪侍は一瞬だけ視線をこちらに寄越した・・・・が。
両肩を竦め、盛大な溜息を吐くと。
「・・・・ちげえよ。つうかさ、やめてくんない?そのパチンコ=オレみたいな言い方。
まるで依存症みたいじゃん」
・・・・いや、実際そうじゃねえカ。
思わずこの台詞が出そうになり、必死に前歯で塞き止める。
ブーツを脱ぎつつも「お前等、出掛けんの?」と聞かれ。
各々「買い物」「定春と散歩」と、告げたら。
「あっそ。いってらっさい」と右手を掲げてヒラヒラさせた。
――――さっきこちらに寄越した、あの視線は何だったのだろう?
不思議には思ったが、定春に背中を押し促され玄関の外へと来てしまった。
・・・・まあ、良いか。あんまり深く考えたって、仕方ないし。
「よっし!定春!散歩行くヨ!」
「ワン!」
階段を下りたその場で、私と定春は新八と別れ。
いつもの散歩コースへと赴くため、繋がれたリードを退いた。
夕飯を終えて、新八は一時間程ゆっくりした後。
「じゃあ、また明日」と、志村家へと帰って行った。
いつもの定位置で茶を啜りながら、ブラウン管へと視線を向けたが。
何ら心惹かれる様な、番組がやっておらず。
眼前にいる男に目をやるも、背凭れに身体を預けながら何処か放心状態。
→NEXT