初詣
前編


――――――このクソ寒い日に、『初詣』だって?

炬燵の温もりを感じながら、ぼんやりブラウン管の画面を見ていたオレに。

いつもなら既に夢の中に旅立っている、同居人の少女は顔を輝かしながらこう言った。

『銀ちゃん!初詣行こうヨ!』

思わず眉間に皺を寄せ、「あぁ?初詣だぁ?」と。

気だるい返答をしてまっている自分がいた。

しかしそんな事で、怯む様な酢昆布娘では無い事は百も承知で。

初詣に行きたいと、何度も口から聞かされる羽目になる。

何が悲しくて――――あんな、人の多い所に行って。

身体全身を冷やさねば、ならぬのか。

どうせならこのまま、炬燵で『熱燗と肴』で新年を過ごしたいってのに。

「んなモン、志村姉弟で行って来いよ」

「姐御は職場の人達と行くって言ってたし、
新八はお通ちゃんの新年年越しライブに参加してるから駄目ヨ」

・・・・あんの、ダメガネ。今頃またあの羽織来て、隊長風吹かしてやがんのか。

「じゃあ定春と行って来い。夜中の散歩も、また乙だろ?」

この言葉に酢昆布娘は、一瞬だけ視線を巨大な飼い犬に向けて――――。

「定春はもうとっくに、眠ってるアル。起こすのは可哀想ネ」

「・・・・・・・」

「・・・・銀ちゃん。そんなに、初詣行くの嫌アルカ?」

突然寂しそうな顔をした少女に、バツの悪い感情が芽生え始めたのは気のせいか。

真正面にあった顔が、どんどん下降していく。

「ババアが初詣行くなら、着物貸してやるって言ってくれたから。
それを着て、銀ちゃんと一緒にお参りに行きたかったアル」

最後の台詞の方では、消え入りそうな声色で。

此処まで落胆した酢昆布娘を、放っておける程―――――オレも馬鹿な男じゃない。

「だああああああああ!!わあった!分かりましたよ!行けば良いんだろ!?行けば!」

最早半切れ状態で、両肩を落としている少女に向かって言葉を放った。

「本当!?」

今までの落ち込みぶりが嘘の様に、表情が明るくなる。

「行くったら、行くって言ってんだよ!コノヤロー!」

あんな台詞吐かれて、「あ、そう」で片付けられるかっての。

それこそ、最低野郎じゃねえか。

「――――じゃあ、待ってて!今から、ババアん所行って来るネ!」

余程嬉しかったのかこちらに、笑顔を向けて炬燵から猛スピードで抜け出し。

廊下を走る音と、玄関の開閉の音を鼓膜に響かせて。

眼前から姿を、消した。

再度ブラウン管に視線を戻しながら、思わず深く溜息をする。

初参りをする人々の状況を、真顔で伝える男性テレアナ。

中継地点は北国なのか、背景にはチラホラと粉雪が見える。

「――――大変だね。アンタも」

自分に言った台詞なのか、アナウンサーに言った台詞なのか。

良く分からないまま、オレは少女が戻って来るのを待った。




「―――――ゃん」

・・・・・・?

「――――ちゃん」

「・・・・・ん?」

「銀ちゃんてば!」

頭上から酢昆布娘の声が、降りて来る。

半分閉じられた瞼を擦りながら、横たわっていた身体を起こした。

どうやらオレは、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「ふああああ〜」を、大きな欠伸をして両瞼を擦れば。

両腕を組んで踏ん反り返る、少女の姿を視界が捉えた。

「ほら!シャキッとするアル!初詣、行くヨ!」

まだ残っている眠気を飛ばす為、頭を左右に軽く振る。

「―――――」

無意識に、眼前の少女を凝視してしまった。

・・・・・これが、あの――――神楽・・・・・か?

驚きのあまり、声が出ない。

目の覚める様な赤い振袖には、所々金と銀の刺繍が入っている。

模様は松や蝶などが、鮮やかに彩られ。

――――元から持っている、少女の美しさを更に引き立たせていた。

見慣れた髪型も一つに纏められ、その横からは桃色の桜の花弁がいくつも連なっている。

更にいつも見慣れたすっぴん顔にも、色が施されていて。

いつもの『クソガキ』像が、綺麗さっぱり流されてしまう。

あんまりにも自分を見ているのが、不思議に思ったのか。

首を少しだけ傾げて、「どうかしたカ?」と問い掛けられるまで。

オレはきっと、動けずにいたに違いない。

「―――――何でもねえよ。着付けに、時間掛かり過ぎだっての。
つい寝ちまったじゃねえか」

咄嗟に視線を逸らし、悪態をつく事で平静さを保った。

――――まさか『クソガキ』に、見惚れてました。

なんて口が裂けても、死んでも言えない。

「ちょいと待て。オレも、用意すっから。このままじゃ、凍死しちまうよ」

――――半ば逃げる様に、その場を離れる。

とは言っても、己が着用するのはいつもの半纏にマフラーくらいだが。

少女も白いふわふわとした、襟巻き(?)を巻いて。

「銀ちゃん!早く!」と、小股で玄関に向かって行った。

「へえへえ」とおざなりな返答をし、玄関に向かいブーツを履いて。

玄関の戸に手を掛け、少し開けた瞬間――――冷気が出迎えてくれた。

「さむっ!」

「おら!いつまでその状態でいる気ネ!とっとと、開けろヨ!マダオ侍!」

いくら綺麗に着飾っても、中身はそのまんまだと言う事を確信し。

勢い良く戸を全開にして、外気に全身を晒した。

首を引っ込めて、マフラーの暖かさの恩恵に預かる。

後ろ手に戸を閉め、鍵を掛けた事を確認すると。

『万事屋銀ちゃん』から地面に通ずる階段を、ゆっくり下りていく。

酢昆布娘は着慣れない和装の為か、幾分か動きがスローモーだ。

ようやく路地に辿り着き、オレ達は『初詣』に向かう事にした。

「何処、お参りに行くネ?」

「近場の神社とかでいいだろ。人も混んでねえだろうし」

「――――銀ちゃん!もうちょっと、ゆっくり歩いてヨ。
着物の所為で、そんな早く歩けないアル」

小股の早歩きで、オレに追いつこうとする姿に。

思わず、己の左手を差し出していた。

「―――――え?」

「ほれ、掴まっとけ。後で転ばれても、困るしな」

細く白い手が、左手に絡まると同時に。

酢昆布娘は笑顔と同時に、「うん!」と頷いた。

左手に宿る自分とは違った体温に、少し照れらしきものが生じたのは気の所為だ。

――――絶対に、気の所為。





近場とかなら、初参りを終わらせてすぐに帰れると思っていたのだが。

―――――が、新年の初参りを甘く見てはいけなかった。

神社の参拝客の多さに、思わずげんなりする。

そうだよな・・・・普通なら、誰もが考える事だよな。

誰だって近場で済ませて、早く帰ろうと思うモンな。

『最後尾』と書かれた看板を見て、更にげんなり感が肩に降りて来た。

「うわ〜・・・・めっさ、混んでるアルナ」

少女もこの人混みの多さには、舌を巻いているらしい。

しかも規制ロープが張られ、人数制限が行われている。

こりゃあ参拝するのに、相当時間が掛かりそうだ。

前方からやけに甲高い音が、深夜に響いた。

どうやら笛の音と共に、規制ロープが動くらしい。

その動きに合わせて、参拝待ちの人々がぞろぞろと動いていく。

登り口が一つしかない為、参拝を終えた人達は再び同じ階段を下っている様だ。

「―――――神楽、はぐれんなよ?この状況だと、見つけにくいからな」

「大丈夫ヨ」

握られた左手に、再びぎゅっと力が篭る。

―――――と、何処からか視線を感じて。

首を左右に動かせば・・・・一瞬だけ視線が合った男性は、急いで視界を逸らした。

「?」

・・・・・・何だ?

不可思議に思いながらも、再度何処からとなく感じる視線に顔が自然に動く。

またもや野郎と視線が合い、これまた逸らされた。

前列に並んでいる青年らしき2人組みは、何度も後ろを振り返っては
前を向くという不可解な行動をしているし。

眉間に皺を寄せながら、首をかしげていると。

青年達の小声が、鼓膜に届いて来た。

「――――後ろの娘。すんげえ可愛いよな」

「ああ。何度見ても、超絶に可愛い。隣の男――――彼氏かなんかかな?」

「いやあ〜・・・・彼氏って風じゃねえだろ。年齢離れてるっぽくねえ?」

「じゃあ・・・・親子?にしちゃあ、似てねえよなあ。
兄妹?でもだったら、普通『手』なんか繋がないよな」

―――――成る程。視線の正体が、ようやく分かった。

着物で着飾った、酢昆布娘を見ていたのだ。

帰りの参拝客――――特に野郎大半が、この少女を盗み見ては帰って行き。

これから参拝する――――これまた特に野郎大半が、後列にいる少女を何度も見ている。

挙句の果てには、彼女と一緒にいる野郎までが。

『酢昆布娘』に、見惚れているのだ。

―――――自分と、同じ様に。

「・・・・・なあんか、むかつく。あれ?何だろな、これ」

独り言を呟いたつもりが、隣にいた『超絶美少女』に聞こえていたらしい。

「ん?何か言った?銀ちゃん」



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