『―――――好きアル』
この言葉に対し、私の胸中を占領する相手は。
予想通りに、驚きの表情を浮かべた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
珍しく『万事屋』に、依頼が舞い込んで来て。
特に障害にぶつかる事無く、終了させ――――帰路に着く。
上空を仰げば――――雲ひとつ無い青に、己の存在を誇示し。
燦々と輝いていた、黄金色の球体の姿は無く。
今では空の青は橙色に変わって、球体は姿を変えて茜色の半円となり。
頭を少しだけ出して、地平線に潜ろうとしている。
遠く後ろの方からは、数羽の鴉達の鳴き声が響き。
河川敷に伸びる、大小2つの影が。
歩を進める動きに合わせて、僅かに左右に揺れていた。
番傘を盾にし、隣にいる――――男に視線を送る。
当然の事ながら、傘が邪魔をして顔が見えない。
けれど。
―――――傘が、あって・・・・良かった。
いつもの所持品が、とてつもなく有難く感じる。
昨日の夜、私は。胸中に宿る想いを、銀髪の家主に告げた。
お互いが眠りの世界に、旅立とうとしていた時を狙って。
気持ちを伝え、そのまま押入れに入り――――襖を閉めてしまったのである。
勿論・・・・返事なんか、聞く事も無く。
いや。ただ単に、聞くのが怖かったのかも知れない。
当然ながら、その夜は。ちっとも、眠れやしなかった。
早鐘の様に鳴る、自身の心臓の音と。
とうとう言ってやったという、満足感と。
明日、どんな風に。家主と顔を合わせば良いのかという、不安感が。
ごちゃごちゃに、入り混じっていた為だ。
あれだけ思考回路がショートしたのは、生きてて初めてかも知れない。
しかし時間は、止まってはくれず。
当たり前の様に、朝を向かえる事になり。
このまま押し入れに引き篭る訳にもいかず、ぼんやりした頭の中で。
締め切っていた襖の戸を開けて、『今日』という一日を開始したのだが。
・・・・・銀ちゃんは、至って普通通りだった。
寝室から出てきて、私の顔を見るなり。
欠伸をしながら「よお。おはようさん」と、いつもと同じ挨拶を投げ掛ける。
まるで、昨晩の『告白』など。無かったかの様に。
その瞬間。自分の中に、
何かが『ストン』と落ちて来て。
―――――なんだ。
勇気を、振り絞って。気持ちを告げたとしても、私とこの男の間に。
何も変わる事なんか、無かったんだ。
私の言葉に対して、驚愕の表情を浮かべたのだって。
「何言ってんの?コイツ」といった、意味合いのモノだったのだろう。
一睡も出来なかった自分が、何だか馬鹿らしく思えて。思わず、自嘲する。
『本気に取られてなかった』
――――――冗談だと、思われたんだ。
そうだよネ。まさか私から、『好き』だなんて。言われるなんて、思いもしなかったよネ。
最初から、そういう『対象』で見られるなんて事。無いって、分かってた事だし。
・・・・・うん、そうヨ。冗談なら、冗談で。それで良いアル。
私が銀ちゃんに、気持ちを告げた事によって。
今の関係が、崩れてしまうくらいなら。壊れてしまうくらいなら。
何よりも、銀ちゃんが。私から、遠ざかってしまうくらいなら。
『家主』と『居候』。
『社長』と『従業員』。
―――――このままの、関係が良い。絶対に・・・・その方が、良いんだ。
「―――――あれ?」
思考の世界から、現実へと戻されたのは。
隣にいた銀髪男の気配が、何時の間にか無くなっていた為だった。
動かしていた二本の足を、同時に止めて。
首を左右に動かし、男の姿を探す。
――――――と。数歩後ろに、立ち止まる人影。
「銀ちゃん?どしたアル?」
「・・・・・・・・」
疑問を投げかけても、銀髪男は沈黙を守ったまま。
こちらに視線を、投げ掛けていた。
怪訝に思いつつも、もう一度名を呼ぼうと――――口を動かした時。
「神楽」
私の名を呼ばれ、思わず開きかけた唇が固まる。
着流しの懐に入れていた右手を取り出し、顎へと移動させ。
「・・・・その。昨夜の事、なんだけどよ」
突然の如く切り出してきた、言葉に。
平静に動いていた鼓動が、一瞬だけ高鳴ったのを自覚しつつも。
「―――――あ〜!あれアルカ?冗談ヨ、冗談!ぬわはははは」
自分でも驚くくらいの、明るい声を出しながら。
空いている片方の手を掲げて、上下に何度も激しく振る。
「冗談?」
「銀ちゃんが、もし私から告られたら。どんなリアクションするか、試したかっただけネ!予想通りの、間抜け面だったアル」
そう言って。唇の片端を上げ、意地の悪い笑みを浮かべてみる。
これで、良いのだ。冗談だったと言えば、眼前の男だって。
『だよな〜?お前がオレに告白なんて、天変地異が起きたって。
有り得ねえもんなあ?てか、てめえ!純な銀さんの心を、弄んでんじゃねえよ!』
と、安堵と怒りを交えた表情で返答して来る筈――――なのだが。
「・・・・・・」
銀ちゃんは、再度沈黙してしまう。
無表情を浮かべ、こちらを凝視して来るので。
遠慮がちに、男を名を紡いでみた。
「・・・・?銀・・・・ちゃん?」
茜色だった天は、またもや姿を変え始め――――群青色になりつつあり。
その群青色に混じって、恒星達が光を放ち存在を示し出す。
「あれ・・・・本当に、ジョークだったのか?」
普段とは違う真剣な表情と、一段と低い声。
そんな態度に、思わず喉元が詰まる。
「オレには、ジョークに見えなかったんだが」
「―――――――」
無意識に視線が銀髪男から、地面へと移動される。
・・・・言わないでヨ、そんな事。
折角人が、無かった事にしようとしてるっていうのに。
告白されたって、困るのは銀ちゃんだって――――理解してるから。
離れて立ち止まっていた影が、徐々にこちらへと近づいて来る。
「神楽」
銀髪男が私の名前を呼んだと同時に、私の影と男の影が・・・・1つの線になった。
視線のすぐ先に、見慣れた黒のブーツが見える。
銀ちゃんは、今――――目の前にいるのだ。
私を見つめる視線を、ひしと感じて。
肩に掛けていた番傘の柄を持ち上げて、気持ち前に持っていく。
こうすれば、先程と同じ様に。傘は己の顔を隠してくれる。
だが――――その行動は、眼前の男に阻止されてしまった。
「!?」
「こっちを向けよ、神楽。――――お前、今日一度も。オレとちゃんと。視線、合わせてねえだろ」
「そ、そんな事ねえヨ。銀ちゃんの、気の所為じゃネ?」
「じゃあ、こっち向け」
男の言葉に、仕方なく。地面に落としていた視線を、移動させるも。
かち合った瞬間、すぐに逸らしてしまう。
「何処が、気の所為だって?」
これ以上突っ込まれたくなくて、話題を逸らそうと試みた。
「い、いい加減。家に戻ろうヨ!何時までもこんな場所にいたら――――」
『風邪を引く』と、言葉を続け様としたのに。
「帰らねえよ、まだ」と。
思いの外、強い口調で遮られてしまった。
私の頭上近くで、「はあ」と男は溜息を吐き出して。
「おい、もう一回聞くぞ?あれは、冗談だったのか?」
「・・・・・・・」
先程みたく、返答が出来ない――――口を開いて、言葉を紡ごうとしても。
『冗談』の二文字が、出て来てくれない。
「か〜ぐ〜ら?」
痺れを切らしたのか、銀ちゃんは身体を僅かに斜めに傾けて。
私の顔を、覗き込んで来た。