自宅の台所にて、その男は―――――。
忙しなく、動き回っていた。
「――――?銀ちゃん?何してるカ?」
暖簾を上げて、背後から疑問を投げ掛ける―――――が。
「ああ゙?見ての通り、今。銀さん、奮闘中なの!話し掛けないでくれる?」
何とも素っ気無い返答を受ける羽目になり、眉間に皺が寄ってしまった。
こちらも見る事無く、『話し掛けるな』と催促までされるとは。
思わず反論をしてやろうかと思ったが、私の存在など無視するが如く。
作業に没頭していた為に、開きかけた口を閉じる事にした。
「フン!もうイイアル!」
踵を返し、居間へと戻る。
今日に限って、もう一人の従業員も『万事屋』にはいない。
――――新八がいれば、暇を潰す事だって出来たのに。
先程までテレビを付けて、時間を過ごしていたものの。
特にこれといった、面白い番組も無くて。
おまけに家主の姿が、何時の間にか消えていたので。
銀髪男の姿を求め――――居間を後にするも。
台所で発見し声を掛けたら、あんな言葉が戻って来た。
テレビの傍では、愛しい愛犬である定春が。
気持ち良さ気に、寝息を立てていた。
散歩でも行こうかと思ったが、今此処で起こすのは何となく忍びない。
・・・・仕方ない。一人で、街中でもぶらつくとするか。
そう思い立ち、再度居間を後にして。
玄関へと辿り着く、その中間――――台所へと視線を送るも。
やはり何かに没頭しているらしく、こちらの気配にも気付かない家主。
それを横目に通り過ぎ、玄関へ到着すると。
愛用のチャイナ靴に、二本の足を通して。
私は、『万事屋』を後にした。
番傘片手に、目的も無く・・・・・街中を練り歩く。
これから、何処に行こうかな?姐御の所でも・・・・。
―――――と、思ったのだが。もしかしたら、留守にしているかも知れない。
「暇アル・・・・・」
ぽつり、独り言を呟いた時―――――だった。
「―――――よお」
背後から聞きたくも無い声が、番傘越しに届けられたのは。
振り向きもせずに、只管前進していたら。
「おやおや。
その両耳に付いてるのは、もしかしてお飾りかィ?それとも、その齢で。もう耳が遠くなったってか?」
「誰が!お前の声なんか、聞きたく無いだけネ!」
つい奴の挑発に乗ってしまい、勢い良く振り返ってしまった。
案の定―――――眼前には、黒い制服を身に纏った。
くされ縁のドS王子こと、沖田総悟が意地の悪い笑みを浮かべている。
「そりゃあ、残念だなァ?オレの声を聞きたくなきゃ、いっそ鼓膜を破ったらどうでェ?」
「そんな無駄な事、しねえヨ。お前をぶっ倒せば、済む話しだロ」
右肩に乗せていた番傘を閉じ、戦闘態勢に入る。
気分もムシャクシャしていた所だし、丁度良いカモが転がり込んで来た。
けっちょん、けっちょんにして。道端に捨ててやる。
私の構えを見て、ドS王子も――――と思ったのだが。
制服のポケットから何かを取りだし、こちらに放り投げて来た。
「!?」
咄嗟の事で反応が遅れたが、私の右手に何かが到着する。
細く・・・・四角い――――。
「酢昆布・・・・・?」
掌には酢昆布が、2つ。
思わず首を傾げ、怪訝に思いながらも――――眼前の男に視線を送れば。
「さっき、其処で拾った。てめえに、くれてやらあ」
拾ったとは言ったが、どう見ても新品である。
何故この男が、私の大好物を放り渡したのか?
「・・・・おい。これは、一体どういう―――――」
説明を求めたが、再度こちらに向かって。何かが、放り投げ出される。
今度は、感触が違っていた。何やら、草で出来た人形と・・・・。
「人形と――――釘?」
「おう、藁人形ってんだ。滅多に手の入らねえ、一級品だぜ?それを真夜中の、丑三つ時に。
木に人形を当て、どてっ腹に五寸釘おったてて。金槌で、何度も打てば良い。そうすりゃあ、願いが叶う」
「・・・・何で、こんなモンを寄越すアル?」
益々、不思議でならない。
「何でって―――――」
返答をしようとした時に、ドS王子の背後から。
「――――総悟おおおお!てめえ!まあた、サボってやがったなああ!?」
これまた、聞き慣れた声が。両耳に届けられる。
「別にサボってなんざ、いやせんぜ?道端でチャイナと、会話してただけでさぁ」
「それを、サボりと言うんだよ!―――ったく、てめえは!
屁理屈ばっか捏ねてねえで・・・・って。おい、総悟。てめえ・・・・ソイツに何、渡してんだ?」
私の手に納められた品々に視線を留めた、もう一人の黒の制服姿の男。
くされ縁であり――――銀ちゃんのライバル?でもある。
マヨラーの、土方十四郎だ。
「何って――――オレの願いを完遂させる為の、道具」
「飄々と、語ってんじゃねえよ。藁人形の顔の部分に、オレの顔写真が貼り付けてあんじゃねえかあ!」
苦虫を噛み潰した様な表情で、部下に怒声を送っている。
「しゃあねえでしょう?
オレ一人の『
「そんなモン、欲しがるんじゃねえ!
オレからしてみりゃ、大迷惑なんだよ!とっとと、チャイナ娘から『ソレ』を取り上げろ!」
そう言うと額に血管を浮かべながら、右手の人差し指をこちらへ向けた。
「ええ?じゃあ、てっとり早く。おっ死んでくれやすかい?つうか。今すぐ、死ねよ。土方」
「誰が、てめえの望み通りにするかああ!」
・・・・・ああ。何か、此処にいるのが。とてつもなく、阿呆に思える。
閉じていた番傘を開き、馬鹿2人組から離れようと。
踵を返し、歩き始めた時だった。
「――――おい!チャイナ娘!」
半ばヤケッパチのトッシーの声が、またもや番傘越しに届けられる。
動かしていた両足を止めて、不機嫌さをモロに出し「何だヨ?」と振り向き様答えた。
―――――が。先程のドS王子と、同じ様に。
トッシーが両手をポケットに突っ込み、何かを取り出し――――こちらに放り投げて来る。
「!?」
条件反射で、『ソレ』を受け止めたのだが・・・・・。
「・・・・・・酢昆布」
今度は、3個。
「今さっき、其処で拾った。くれてやんよ」
どこぞで聞いた台詞だと思いつつ、全部で5つある酢昆布を凝視していると。
その上に――――更に、何かが降り落ちてきた。
着地した途端――――掌にあった酢昆布達を、地面へと蹴落とし。
存在を誇示するかの様な、物体。
赤い、キャップ。クリーム色の、プラスチック容器。
「マヨネーズ・・・・」
「違う。『まよねぇいず』だ。
それを、大量に酢昆布に付けて食ってみろ。この世の天国を味わえるぞ?オレが言うんだ、間違い無い」
真顔で言うトッシーに対し、すかさず隣に立ち並ぶドS王子が。
「天国どころか、無限地獄になるこたあ・・・・間違いねえなァ。つうか、死ねよ。土方」
「・・・・総悟。マジで、のされてえか?」
不毛な会話がまだ続きそうなので、今度こそ踵を返し――――その場を離れる。
不要なモノも渡されたが、大好物の『酢昆布』の礼を言って。
「仕方ねえから、貰ってやるネ。感謝しろヨ?愚民共」
―――――何か、変だったな。あいつ等。
手にした酢昆布5つと、不用品類達。
多少時間を取られたが、同時に時間も潰せたと思いつつ。
再度、街中を練り歩き始める。
すると・・・・私の横を、一台の黒塗り高級車が通り過ぎた。
と、思ったら。少し前で、停車する。
数秒して、後部座席のドアがゆっくり開けられた。
「・・・・・・?」
「いやあ!チャイナ娘!」
愛嬌のある笑みを浮かべ、こちらに笑みを浮かべて近づいて来る男。
「―――――ゴリ?」
「奇遇だなあ!?」と、わざとらしい台詞。
何だって・・・・今日は、こんなにも。『真選組』の奴等に、出会わなくちゃいけないのか?
「別に私は、お前に用は無いアル」
眉間に皺を寄せ、『近寄るな』オーラを発したのだが。
この男には、通用しなかった。
「そんな冷たい事、言わないでくれ!これを渡そうと思って、おたくを探してたんだから」
差し出された両手には――――これまた、酢昆布。しかも10個。
「車に乗っていたら、急にこれが落ちて来てな。どうぞ、貰ってくれ」
「・・・・・・・」
ドS王子といい、トッシーといい。そして、このゴリラといい。
拾った・降って来た等と、ほざきながら。新品の『酢昆布』を、何故渡す?
―――――こいつ等。何を企んでるネ?
思わず受け取るのを躊躇い、後退りを試みた。
「大丈夫だって!毒なんか、入ってないから!――――絶対!オレが保障するから!」
怪しい・・・・全くもって、怪しい!怪し過ぎる!
「お前等!私を『酢昆布』で手懐けて、どうするつもりネ!?
言っとくけどナ!こんなんで懐柔される程、私は安く無い――――」
突然・・・・ゴリの顔が、真摯的なモノへと変わって行く。
やっぱり!何か、企んでるアル!
両眉を吊り上げ、『受け取れ』と両手を差し出して来る。『局長』を、睨み付けた。
「ダメ?これじゃあ・・・・・足りないか。良し!じゃあ!更にこれも付けるぞ!――――おおい!山崎ぃ!」
山崎と呼ばれた男が、もう片側の後部座席から――――ひょっこり姿を現す。
「はい、局長」と答えたのは。新八とタメを張る、ジミな男。山崎。
ジミーは、ゴリラの両手の中の酢昆布の上に。
透明な袋に入れられた、お菓子の山を載せた。しかも・・・・・ずっしり、重そうな。
「――――!?」
この光景に思わず呆然としてしまい、警戒心も解けてしまっていた。
「まあまあ。そんな怖い顔を、せんでくれよ
――――っあ!いけね!とっつあんを待たせたままだった!ってな訳で――――よっと!」
無理矢理に押し付けられ、結局受け取る事になってしまい。
「あっ・・・・!ちょ――――」
「それじゃあな!万事屋に、宜しく伝えておいてくれ!」
「食べ過ぎには、気を付けて下さいね!チャイナさん!」
言いたい事だけ言うと、ゴリラとジミーは黒塗り高級車に乗り込み。
―――――エンジンを吹かせ、車を発進させてしまった。
「つうか・・・・何アルカああああああああ!」
私の怒涛の雄叫びは、お江戸中に響いたに違いない。
両手に抱え切れんばかりの、酢昆布達&お菓子の山。
番傘の柄をどうにか右肩と顎で押さえながら、一度『万事屋』に戻る事にする。
奴等に対して大いに不満はあるが、酢昆布やお菓子には・・・・何ら罪は無い。
一体どういう意図で、渡されたのかは不明だが。
この際、存分に食ってやる。
もしそれで、体調に不具合が発生したら。
――――真選組を、木っ端微塵にしてやるネ。
新たな決意を胸に、帰路へと向かう。
「ただいまヨ〜」と。右足で器用に、玄関の戸を開けていく。
どうせ返事も禄に、返って来ないだろうとは思ったのだが。
悲しいかな、これも習慣づいてしまい。
無意識に、言葉を出してしまっていた。
両腕の中には溢れんばかりの、品物類。
とりあえず一度、置こうと――――腰を屈めた時。
「よお。おかえり」
頭上から、家主の声が注がれた。
「―――――銀ちゃん」
「お前が戻ってくんの、首長くして待ってたんだよ。
おら、その荷物。とっとと置いて、戻って来い。今から、新八の家に行くぞ?」
そう言うと、銀ちゃんは。踵を返し、台所へと入って行く。
「・・・・・・・・」
この荷物を見て、何も問われないのは何故なんだ?
という、疑問はさておき。家主の言われた通りに、実行する。
居間に置かれた、テーブルに。酢昆布達と袋一杯に詰まったお菓子の山を置く。
「ワン!」
「起きてたの?定春」
私の気配に気付いてか、蹲っていた愛犬が。急に顔を上げて、一吠えるした。
「お〜い!神楽あ!準備、良いのかあ?」
玄関の方から、銀ちゃんの声が響いて来る。
「今行くヨ!―――定春!おいで!」
「ワンワン!」
尻尾を激しく左右に振り、こちらへと向かって来たので。
そのまま促す様に、玄関へと向かった。
「――――?何アルカ?その箱」
既にブーツを履いて、玄関前で待っている男の。
右手に持っている、白い箱について。質問を、投げ掛けるが。
「う〜ん・・・・?まあ、新八の家に行ってからのお楽しみって事で」
それ以上は、答えてくれなかった。
・・・・何だろう?見た目は、ケーキ用の箱にも見えなくないけど。
いや、待て。相手はあの、銀ちゃんネ。他に何か、怪しいモノが入ってるやも知れない。
「んな、怪訝な顔せんでも。別に爆弾とかじゃねえから、安心しろって」
それは、それで。迷惑な代物である。
「ほれ、いつまでも。ボサッと突っ立ってねえで、靴を履けっての」
若干急かされ気味だったが、再度チャイナ靴に足を通した。