SKIP BEAT 前編



風呂上り。バスローブを羽織り、リビングへ向かい。
濡れた髪の雫を、タオルで丁寧に拭き取る。

「ワン!」

白く短い4本の足を、駆けさせ。
尻尾を振りながら、足元に来た定春。

タオルを首に掛けて。

小さな身体を、両手で抱き上げ。
膝の上に乗せ、頭を撫でてやる。
気持ち良さそうに、両目を細く閉じて。

「クウン。」と、一声。
私を癒してくれる、唯一の存在。

鏡の様に自分と定春を映す、窓からは。

高層ビル群の警告灯ランプの点滅。



一等地に構える、高層マンション。
最上階。
此処が、私の『城』。

今まで誰一人として、部屋に入った者はいない。
勿論『組織』の者でさえ。
この『領域』は、私と定春だけのモノ。

ワインでも、飲もうと。

「ごめんね」

膝の上に乗せていた、定春を。
ソファの上に、移動させて。
冷蔵庫の横にある、ワインクーラに向けて足を動かそうとした時。

突如。

室内に、軽快な音が鳴り響いた。

「―――――?」

壁に掛けてある、時計を確認すると。
午後10時を、回った頃。

「・・・・こんな時間に」

誰なのだろう?

一瞬『ある考え』が、脳裏に過ぎるも。

――――もし。
『組織』に何かあったなら。
直接家に訪ねて来ず、連絡を入れてくる筈だ。

すると、再び。
室内に響く、来客を告げる音。

「――――――――」

仕方無しに、インターホンの通話ボタンを押し。
「はい」とだけ、答えると。

『やっほ〜♪神楽ちゃん』

「――――!?」

スピーカ越しに、聞きなれた低音の声が帰って来る。

・・・・この声・・・・。

『――――坂田金時、参上で〜す』

思わず、大きく溜息を吐いた。

「どうして、此処が?貴方には、教えてなかった筈だけど?」

『オレの事、見くびって貰っちゃ困る。こう見えても、顔広いんだぜ?
この程度の情報なら――――金さんに掛かれば、お茶の子さいさいってな』

・・・・・どんな、情報源よ。

そう聞きたいのは、山々だけど。
今は、そんな事より。

「――――で?何しに来たのかしら?」

『勿論。お前に、会いに』

再び、盛大に溜息。
どうやら、聞こえたらしく。

『・・・今、溜息ついたろ?感じ悪ィなあ』

「つきたくもなる心情を、察して貰える?そんな理由で、此処まで来たわけ?」

『そんな理由でとは、言ってくれんじゃねえの』

・・・・このままいても、埒があきそうにない。

「悪いけど、帰って」

『そんな冷たい事言うなって。お前の事、心配で来たのに』

「心配って――――」

『ここ最近、体調崩してたろが』

「・・・・・・」

『事務所』でも、『ホストクラブ』でも。
気付かれない様、振舞ってたつもりが。
よりによって、一番知られたくない人物に勘付かれるなんて。

「―――大した事ないから。平気よ」

ちょっと『本業』の方で、問題が起きて。
その対処に、追われてたから。

そう・・・ちょっと疲れが出ただけ。
気に掛けて貰う程の、事でもない。

『お前の大した事ないって、信憑性全く無しなんだよ。
オレを早く帰らせたいなら。顔を見せた方が、一番効率的だぞ?』

っとに・・・口だけは、達者ね。
内心舌打ちしたい、気分に駆られる。

「じゃあ、今から私がそっちに―――」

『いんや。部屋に案内してくれねえと、多分オレ。一晩中此処に居座っちゃうよ?』

放たれた言葉に、眉間に皺が寄る。

「・・・・それ、脅迫してるの?」

『まさか。神楽様の、お顔とお部屋を拝見したいだけ』

スピーカーの向こうで。
さぞ憎たらしい表情を、してるに違いない。

「・・・・分かったわよ。今、ドアを開けるから」

『そうこなくちゃ』

通話ボタンを、OFFにし。
ドアの解除ボタンを、押す。

「・・・・全く」

これで数分後、金時が部屋に来る。

「・・・・・」

何故、招いてしまったのだろう。
此処は自分だけの、『聖域』なのに。

しかし、招かなければ。
此処の住人達に、迷惑が掛かるし。

あの男は本当に、一晩中居座る。
冗談だろうと思われる事を、抵抗無く。
簡単に、やってしまう男だ。

「いけない・・・・着替えなきゃ」

自分が身に着けているのは
白のバスローブだけ。

こんな格好で、出迎える訳にいかない。
かと言って、今更外着になるのも億劫だ。

寝室に向かい、ベットに放られた寝着を纏って。
その上に、厚手のカーディガンを羽織る。




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