桃色吐息 後編



「だ・か・ら!その他、大勢じゃなくて!オレだけの、ヴァレンタインチョコくれよ!」

・・・・これで本当に、NO.1ホストなのかしら?

私の目の前にいる男は、どうみても駄々を捏ねる子供にしか見えない。

そんな姿に両肩を竦めながら、苦笑いを浮かべる。

・・・・・全く、其処まで私に固執しなくても良いじゃない。

「――――残念ね。貴方が欲しがりそうなチョコは、此処には無いわよ。
・・・・そうね、あるとすれば――――このワンダースチョコくらいかしら。
――――って言っても、もう1つしかないけど」

仕事上・・・・疲れた時等、たまに甘い物が非常に欲しくなるので常備しているのだ。

私は最後の1粒を手に取り、そのまま己の口に運ぶ。

「――――ああ!」

金髪男が大声で――――残念そうな声を出したが、それを敢えて無視する。

口内で温められた茶色の固体は、みるみる溶けていった。

チョコの空箱を、ゴミ箱へ捨てようと――――体制を変えた時・・・・だった。

したり顔をする、眼前の男の唇が両端に上がったのは。

「――――いんや。まだ、あるじゃねえか」

そう言うと、無骨で大きな右手が私の頬に触れて。

そのままラインに沿って、顎まで移動させる。

「?」

何事かと――――思った瞬間に。

男にしては綺麗な親指と人差し指が、私の顔を持ち上げて。

唇に暖かな感触が、舞い降りた。

突然の行動に驚いた所為か、半開き状態になっていた唇は。

男の舌によって、強引に開けられていく。

「う・・・・っ・・・・ん」

私の口内を、くまなく蹂躙し――――尚且つ舌を絡めて来る。

両手で、胸板を押し返そうとしても。

金髪男は逃れない様に、私の後頭部をしっかりと押さえていた。

「はっ・・・・あ・・・・・」

無意識に両目を瞑る羽目になり、男の為すがまま。

時々唇から漏れる吐息からは、少し甘い香りを醸し出している。

――――どのくらい・・・・深い接吻を行っていたのだろう。

「ふっ・・・・・」

お互いの唇から銀糸が零れ、重力に逆らう様に落ちていく。

ようやっと、私を解放した男は――――満足気に笑顔を浮かべた。

「やっぱ・・・・ヴァレンタインは、こうじゃなくちゃ。
好きな女から貰えるのが、一番の醍醐味なんだし?チョコ味の接吻てのも、悪かねえな」

悪びれた様子も無く、舌を出してぺろりと己の唇を舐める。

「・・・・馬鹿」

荒い呼吸を抑える為に、幾度か深呼吸をして――――。

一人納得している男を、睨み付けてやる。

「・・・・ホワイトデー・・・・高く付くわよ」

「惚れた女の為なら、幾ら金が掛かったって文句言わねえよ。
何なら、オレをプレゼントしましょうか?オーナー。
NO.1ホストが貴女の為だけに、ご奉仕致しますよ?ソレこそ、お宅で一日中」

再度右手の親指と人差し指が、顎に掛かり顔を持ち上げられる。

私は飛び切りの、笑顔を作って。

「丁重に、お断りするわ」

「どうして?」

「だって――――貴方が家に来ると、疲れが倍増するもの」

「そんな事ねえよ。心も身体も、癒してやるって」

優しい眼差しで、そんな台詞を言うもんだから。

思わず心が、ぐらつくのを自覚する。

「そういう言葉は、貴方の大切な『お客様』に言ってあげて頂戴」

顎に掛けられた手を、さり気なく振り払えば。

言わねえよ

きっぱりと、短い返答。

「一緒にいて――――心底・・・・愛したいのは、お前だけだから

「――――こんな女に惚れても、何にも良い事無いわよ?」

何時何処で『命』を、堕とすかも知れない危険な女なのに。

貴方だって、それを知らない訳じゃないしょう?

「良い事なけりゃあ、オレが作ってやるさ」

「さあてと」と、私から離れ――――事務所の入り口へと踵を返す。

「ちょっ・・・・!金時!忘れ物!」

ソファに置かれた、大量に入れられたチョコの2つの紙袋を。

持たずに此処から、立ち去ろうとしている男を呼び止める。

「欲しかった、本命貰えたから・・・・いらねえや。
側近達に渡すなり、食べるなりしてくれや。んじゃ、オーナー宜しく」

閉じられたドアに向かって、「もう!」と発したが。

―――――金髪男が戻って来る事は、無かった。

「・・・・全く、どうしろって言うのよ。この膨大なチョコを」

机に右肘を乗せ掌に、顎を乗せて――――またもや溜息。

本命に置き去りにされてしまった、可愛そうなチョコ達を眺めながら。

・・・・本当に、罪深い男ね

机上に置かれた煙草に手を取り、ライターを点す。

室内にゆっくりと先端から、立ち昇る白煙を見送りながら。

そっと左手で、先程の熱を帯びた唇に触れてみる。

・・・・そして、馬鹿な男だわ

けれど。

直球で想いを伝えてくる男に、心をぐらつかせているきっと己が一番――――。

「馬鹿・・・・なのかもね」

苦笑いを浮かべながら――――肺に送りんだ気体を。

何度目かの溜息と一緒に、紫煙を室内へと吐き出した。




目に映る煙は、白くても。

何故か―――――私には、桃色に見えた。





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