一緒の空間で、時を共に過ごす『相手』は。
――――己にとって、『毒』にしかなり得なかった。
POISON
湯気と雫を纏った気だるい身体を、バスタオルで拭き。
床に脱ぎ捨てた着流しと、シャツを手に取って。
生まれたままの姿に、袖を通す。
「・・・・・行くの?」
横たわっていた女が、背後から――――これまた気だるそうに、声を掛けて来た。
返答もせずに身支度を整え、この場から立ち去ろうとしたが。
袂の端を掴まれ、行動を阻止される。
「まだ・・・・・行かないでよ」
女の懇願めいた台詞を、敢えて聞き流し。
掴まれていた振袖を、無理矢理引っ張る様にして。
『情事』を目的とした部屋の、入り口へと向かう。
ドアノブを捻り、この場を後にしようとした際。
再度背後から・・・・今度は、女の怒声が投げ掛けられた。
―――――何て言ったか?なんて。この際、どうでも良い。
どうせ一夜だけの、『戯れ』。
今さっきまでこの両腕で、組み敷いていた女の事など。
何ら関心も、湧かないのだから。
その証拠に。
今まで同じ様に知り合った女達の顔なんて、すっかり忘れている。
ただ・・・・自分の『欲』を、吐き出したに過ぎない。
野郎として、最低な事をしていると。
自覚は、しているんだが。
そうせざるを得ない状況に、オレは追い込まれていた。
建物内から、外に踏み出せば。
深夜もとっくに回った、かぶき町の『ネオン街』には。
『愛』を確かめ合う為に、複数の男女二人組が寄り添い合っている。
そんな恋人達を、横目に。
煌々とした灯り達に出迎えられ、オレは――――家路へと赴く。
火照った身体には、丁度良い風が。
吹いては、遮って行った。
前方には、見慣れた屋根。
――――オレの居住地であり、職場でもある。
『万事屋 銀ちゃん』。
今夜も其処で、眠りの世界へと旅立っている。
一人の居候と、白い巨大犬。
「・・・・・・・・」
いつからだっけ?誰彼構わず、『女』を求め始めたのは。
脳裏にそんな疑問を浮かべながら、一歩・一歩。
地面から続く、階段を昇っていく。
段を昇り終え、少しだけ歩を進めれば。
鍵が掛けられた玄関に、辿り着いた。
解錠し――――戸に手を掛け、静かに開けていく。
徐々に開かれる隙間からは、灯りも何も届けられない。
真っ暗闇が、自身を出迎えた。
後ろ手に戸を閉めて、再度施錠する。
愛用のブーツを脱ぎ、少しひんやりとした廊下へと足を踏み入れた。
歩を進める度に、微かに板の軋む音が生まれては消えて。
廊下を歩き終えたオレは、消灯された居間へと到着。
目を凝らしながら、長椅子へと腰を下ろした。
テレビの横では、巨大犬が両手に顎を乗せ。
気持ち良さ気に、寝息を立てている。
そのまま、視線を移動させ―――――居候の寝室を見やった。
襖一枚隔てて、『女』は其処にいる。
「・・・・・・・・」
両肩を上げ、肺に溜まった気体を盛大に吐き出した。
陽が昇れば、また――――アイツの『毒』を・・・・受ける羽目になる。
ああ、そうか。
オレが不夜城で、『女』を求める様になったのは。
「―――――」
神楽・・・・・という名を持つ、『居候』兼『従業員』から。
逃げ出す――――為。
「――――ん!」
・・・・・・・。
「――――ちゃん!」
・・・・・うる・・・・さい。
「――――銀ちゃんてば!朝ネ、とっとと起きろヨ!」
頭上から注がれる、鈴の様な甲高い声に。
オレは布団から顔も出さず、返答をした。
「・・・・うるせえなあ。頼むから、寝かせろよ」
「――――また。朝帰りカ?」
呆れた様な口調が、両耳に届けられる。
「――――――――」
その声を無視し、睡魔に導かれるままに――――夢の世界へ、ダイブしようとしたが。
「・・・・・最近。朝帰り、多いアルナ。いつまでも調子こいてっと、襤褸がでるヨ?」
朝帰りの原因を作ってる本人に言われ、思わずムッとした。
「――――オレがどうしようと、お前には関係ねーだろが」
早くこの場から、いなくなってくれ。
――――頼むから。
しかし、願いは届けられる事は無く。
居候はオレの枕元に佇み、こちらの様子を伺っているのが分かった。
「・・・・ねえ、銀ちゃん。最近、変ネ。――――どうしたアルカ」
「・・・・・・・」
「私の事――――避けてない?」
若干悲し気な、声色――――。
いきなり核心を突かれ、無意識に両瞼が開く。
「避けてねえよ。気の所為だろ」
悟られぬ様に、平静を装い――――淡白な返事を送ったが。
「―――っ!嘘、言うなヨ!今も現に、こうして――――」
今にも、喰って掛かって来そうな勢いに。
横たえていた身体を、起き上がらせ。
枕元で正座している、居候に顔を向けた。
「何度も、言わせんな。避けてねえってんだろ?今オレは、頗る眠い。寝かせろよ、頼むから」
平常通りの、表情と言葉・・・・だった筈なのに。
眼前に佇む女は、今にも泣き出しそうに―――――碧眼に涙を浮かべて。
「もう、良いアル!銀ちゃんの、馬鹿!」
投げ台詞をして、座していた場所から立ち上がり。
――――寝室を、後にした。
「――――――」
涙を堪えた女の表情が、脳裏に染み付いて離れない。
右手を額に当て、思わず自嘲する。
あんな表情、させたい訳じゃねえのに。
『神楽』という、『毒』が――――。
抑えきれない程の『欲』を、引き出して来るのだ。
『触れたい』
『抱きたい』
『自分だけの、モノにしたい』と。
他の女達には絶対に出来ない、アイツだけの特権で。
理性は既に箍を外し、本能だけが先走っている。
どんなにこの手で、『女達』を抱いたとしても。
―――――空しさが、募るだけ。
―――――後悔だけが、増すだけ。
・・・・・なのに。己の『願望』を、抑え込む事も出来ずに。
気持ちとは相反する行動を、取りながら。
――――アイツとの日々を、過ごしている。
いっその事。全て、曝け出してしまおうか?
本能に従うだけとなった、オレを見て。
アイツは・・・・どう、思うんだろう?
一度この『欲望』を、解放してしまえば。
「・・・・もう。引き戻せなくなる」