POISON 中編
ぽつりと、呟いた独り言に。
「―――――何が?引き戻せないノ?」
再度、透き通る甲高い声が・・・・鼓膜に入って来る。
「・・・・かぐ・・・ら?」
驚愕するオレを他所に、バツの悪そうな顔して。
居候がこちらに向かって、両足を動かしていた。
――――何で?此処に。
女は少しだけ顔を俯かせると、心を見透かした様に。
「銀ちゃんと・・・・喧嘩するのは、嫌だから。戻って来たアル」
「――――――」
オレの右脇近くまで来ると、伸ばしていた両膝を折って。
先程と同じ様に、姿勢正しく――――正座をする。
「ねえ。何が、引き戻せないノ?」
再度同じ質問を、投げかけて来た。
両太股の上に、置かれた拳が――――力強く握られた為。
チャイナ服に、幾本かの皺が寄っている。
「・・・・・・・」
無言を決め込んだオレに、女は俯かせていた顔を勢い良く上げて。
綺麗に整った眉を、釣り上がらせた。
「――――答えてヨ、銀ちゃん!銀ちゃん最近、何か変アル!私・・・・何か、した?」
最初の威勢は、何処へ消えたのか。
台詞が終わるにつれて、語尾が小さくなっていくのが分かった。
太股の上に置かれた両拳は、震え始めている。
「何かしてしまったなら、謝るアル。だから――――」
容の良い唇を噛み締め、自分に否があると思い込んでる居候。
・・・・・別に。お前の所為だなんて、一言も言っていないのに。
自分自身の理性に、感情が負けて。
―――――ただただ。お前を、欲しているだけだと言うのに。
「ぎん―――」
名前を噤む筈だった、その唇は。
―――――オレの唇で、塞がれていた。
自身の瞳には、驚きで2つの碧眼を――――限界にまで、開いている女の姿が映っている。
密着させた唇は、互いの熱を行き来させ。
想像以上の柔らかな感触に、脳内に電流が走った感覚。
硬直する女の唇から、そっと離れれば。
触れていた熱は、外気を受けて――――瞬時に消えた。
「ぎ・・・・ん・・・・ちゃ」
居候から施された『毒』は――――唇から注がれ、全身へとくまなく流れ出す。
解毒薬なんぞ、いらない。
寧ろ、このまま。蝕まれ続けていたい。
「――――これが。引き戻せないって、意味だ」
言うが否や、女の身体をこちらに引き寄せて。
再度、今度はより深く。
唇を、丹念に味わう。
「んっ――――」
固く閉じられた唇を舌で抉じ開け、生まれた隙間に入り込ませ。
逃げる舌を執拗に、追い詰めた。
顔を逸らして、この口撃から逃れようとするが。
右手で頭を押さえつけ、無理だという事を理解させる。
「――――っ・・・・・はっ」
苦し気に吐かれる吐息が、更に己を奮い立たせてくれた。
歯列をなぞり、舌で口内全域を・・・・くまなく蹂躙していく。
「ふっ・・・・はっ・・・・・」
女の両手が、オレの寝着の胸元に置かれ。
苦しさを堪える様に、拳を作り――――皺を寄せた。
まだ・・・・容の良い、淡い桜色をした唇を堪能したかったが。
名残惜しさと共に、触れていた部分を離せば。
2つの唇の間に、銀糸が掛かり。
重力に従い、弧を描いては消える。
「――――っ・・・・はあっ・・・・はあっ・・・・はあっ」
漸く唇を解放された女は、両肩で盛大に呼吸を繰り返した。
右目尻から一滴、頬に沿って零れ落ちる――――。
それを舌で拭ってやり、もう一度居候の顔に視線を戻してみれば。
陶磁の様な白い頬に、薄っすらと帯びる――――赤色。
2つの碧眼は、潤み――――繋がっていた唇は湿り、艶かしさを醸し出していた。
オレの視線に気付いたのか、息を整えていた女がこちらに視線を合わせる。
「ぎん・・・ちゃ――――どう・・・・して」
「お前に、触れたいから。欲しいから。――――抱きたいから」
率直な台詞に、ぐっと言葉を詰まらせる居候。
「以前から――――抱えていた、感情だ。けれど最近、制御が効かなくなっちまった。
―――不夜城で知り合った女達で、吐き出していたけど」
「――――――!?」
女は見る見る内に、驚きを隠せない表情に変貌していく。
オレはそんな、居候娘の顔を見ながら。
再度自嘲的な笑みを、浮かべた。
「・・・・そんな。信じられないって、顔すんなよ」
「・・・・・・・」
「四六時中―――オレはお前の『毒』に、中てられ続けて。理性の逃げ場を、失ったんだ」
女の顔も見れなくなり、下ろしていた右手で。
表面を隠す様に、覆った。
「・・・・・・・」
オレの名を呼ぶ、聞き心地の良い声色。
オレに見せる、まだ少女の面影を残す笑顔。
オレに触れる、細く白い華奢な手。
オレの鼻腔を擽る、甘い香り。
―――――そして。今しがた味わった。
感覚を麻痺させられる程の、柔な唇。
五感神経全てが、神楽という『毒』に侵されている。
「毒・・・・?」
空いていたもう片方の手が、その先へと――――誘い始めるが。
瞬時に留め――――拳に変え、掛け布団を強く握り締めて。
一欠けらの理性と共に、先走る感情を押さえつけた。
「もう、分かっただろ?――――早く、此処から出て行け」
「――――!銀――――」
「オレはお前が思ってる様な、野郎じゃない。本能のままに生きる・・・・獣だよ」
この台詞に居候は、再度顔を俯かせた。
「・・・・今日もまた・・・・不夜城に、行くアルカ?」
「――――――」
分からない。一度堰を切ってしまった、この感情を抑え切れなければ。
オレはまた・・・・最悪な行動を、取る事になるだろう。
一夜限りの『戯れ』を、求めて。
この娘から、少しでも距離を置く為にも。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が、室内を支配した――――が。
口火を切ったのは、オレの方。
唇の片端を上げて、皮肉な笑みを浮かべつつも。
「・・・・お前が。鎮めてくれるんってんなら。赴かねえよ」
――――女に向かって、最低な言葉を発する。
こんな純粋培養の、『男』を知らない娘に言った所で。
どうせ、聞き届けられやしないのは。
百も、承知の上だ。