いつまでも受け取らない辞表を、無理矢理握らせて。
「じゃあネ」と踵を返し、僕に背を向ける。
歩き出そうとする、彼女の名前を呼んだが。
振り返る事無く、どんどん距離を広げていく。
―――――これは、冗談じゃない。
神楽ちゃんは、本当に『万事屋』を辞めるつもりなんだ。
硬直していた身体を、慌てて動かして。
遠ざかる背中に追いつこうと、必死で己の両足を動かした。
「神楽ちゃん!」
後数センチで、彼女の肩に手が届きそうな時。
・・・・・突然、目の前から姿が消えた。
伸ばした左手は、宙を留まったまま。
「いつまでも、女の尻を追い掛けるなヨ」
頭上から聞こえてきた声に、僕は瞬時に顔を上げる。
民家の屋根から僕を見下ろす、神楽ちゃんと視線が交錯。
彼女は苦笑いを浮かべて、ゆっくりと口を動かす。
何を言おうとしているのか、固唾を飲んだ。
「さよなら」
「―――――――!」
その一言を告げた表情は、言葉にし難い程の悲痛さを秘めていて。
「――――――まっ」
姿を晦ました彼女に、僕の台詞が届く事は無かった。
「・・・・・・・・・」
無人の屋根を、じっと見つめ。
右手の中にある封筒を、ぎゅっと握り締めて。
「――――――――っ」
僕は踵を返し、大急ぎで『万事屋』へと向かった。
「はあっ・・・・はあっ・・・・こんな・・・・こんな事って!」
通行人達が何事かと、僕を怪訝な表情で見ている。
―――――けれど、そんなの知ったこちゃあ無い。
どう思われ様が、構わなかった。
下唇を噛み締め両目を瞑り、途切れる息の中で。
「銀・・・・・さん・・・・・・の・・・・・・・・・・」
僕は当り散らす様に、声を張り上げた。
「馬鹿やろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
この声はきっと―――――かぶき町全域にまで、聞こえたかも知れない。