――――――何なんだ?この男は?
僕が叩き付けた、神楽ちゃんの辞表を見つめたまま微動だにせず。
もう彼女は、此処に来ないって。
『万事屋』を辞めるって、伝えたのに。
眼前の男は、静かに―――――「そうか」の一言だけ。
「――――――っ」
無意識に僕の身体は動き、両手で銀さんの胸襟を掴んだ。
「言う事はそれだけかよ!?神楽ちゃんが、辞めるって言ってんのに!?
あんたはそれで構わないのかよ!!」
背後で「新ちゃん」と、姉上の声が両耳に届く―――――が。
「姉上は、黙ってて下さい!」
自分でも驚くほどの、声量が出た。
それだけ僕は――――このマダオ侍に対して、怒りを感じているんだ。
「何とか言ったら―――――――」
―――――――突然。
僕の両手に、銀さんの両手が重ねられる。
「放せ。苦しいだろが」
「―――――――なっ!?」
「お前がどんなにオレに対して、怒ろうが貶そうが。
神楽がそうすると決めた以上、オレにどうこうする決定権は無い。
アイツは、此処を辞めた。それだけの事だ」
―――――どうして?この男は、こんなにも平静でいられるんだ?
胸襟を掴んだ両手が、脱力していくのが分かる。
銀さんは緩んだ僕の両手を放させると、2・3回軽く胸襟を伸ばし。
「・・・・お前も辞めたきゃ、辞めても良いぜ?元々、一人だったんだからな」
「――――――――あんた、まだ―――!!この期に及んで――――」
「・・・・悪ィけど、もう帰ってくんね?」
僕と姉上に背を向けて、右手をヒラヒラさせながら。
「ふああああ」と、大きな欠伸をかます。
怒りの頂点に達していた僕は、血管が切れんばかり。
抗議をしようと口を開きかけた時、背後から肩に手を置かれた。
「新ちゃん、帰りましょう」
静かな口調で、僕を少しでも落ち着かせるかの様に。
「―――――でも!姉上―――――!!」
肩越しに振り向けば、姉上は首を左右に振ると。
「――――良いから。それじゃあ、銀さん。お邪魔しました」
仕方なく僕は姉上に促され、腑に落ちないまま玄関へと赴いた。