怒りが止まない弟を宥めて、お妙は促すと万事屋を後にした。
玄関の戸が閉まる音を、耳で確認した後。
テーブルの上に置かれた、『辞表』と書かれた白い封筒を手に取る。
「・・・・・相変わらず、汚ねえ字」
たった二文字なのに、こうも重く感じるモンなのか。
これで・・・・・良かったんだよな。
いつの間にか定春が隣に来ていて、白い封筒を何度か嗅ぎ出し。
「クウン・・・・・・」
――――――寂し気な一声が、静寂を訪れた室内に広がる。
定春の息遣いを、感じながら。
「これで・・・・・・良かったんだよ」と。
『あの時』発した同じ台詞を、再び口にした。
そう――――様々な出会いがありゃ、様々な別れもある。
過去に幾度となく、それを繰り返したんだ。
それがまた、巡り来ただけの事。
懐の茶封筒を、テーブルの上に放り投げ。
続いて右手に収まっていた、『辞表』の白封筒を。
机上目掛け、滑り落とせば――――小さく乾いた音をさせて着地した。
一連の行動を見守っていた、白い巨大犬に視線を移し声を掛ける。
「・・・・・お前はどうする?此処にいても、大好きなご主人様には会えねえぞ?」
「ワン」
どうするも何も無いと言った態で、定位置に戻ると腰を下ろして蹲る。
どうやら――――『万事屋』を後にする気は、無いらしい。
「やれやれ。エンゲル係数は、あまり変わらなさそうだな」
―――――それも、仕方ねえか。
視線を外し時計を見やれば、かぶき町が『不夜城』と化す時間帯。
「ちょっくら、行くとしますかね。―――――おい。かぐ―――――」
無意識に出そうになった名前を、前歯で塞き止め思わず苦笑い。
もうあの娘の存在は、此処には無いのに。
「―――――時間が全て、解決するってか」
月日が経てば、神楽のいない日常は・・・・いずれ当たり前になる。
オレはいつもの様に、日々を過ごして行けば良い。
「――――定春。留守番頼んだぞお」
両手の上に顎を乗せて、寝息を立てる飼い犬に一言告げて。
愛用のブーツを履き、念の為鍵を閉め。
煌々と灯るネオン街へと、足を向けた。