私の辞表は――――あの銀髪の侍に、ちゃんと渡っただろうか。

口では『万事屋を辞める』なんて、言ったけど。

言葉とは裏腹に、直ぐには行動に移せなかった。

『北斗心軒』で幾松姐の好意に甘えて、一晩泊まらせて貰った翌日。

直接銀ちゃんに会って、自分の決意を伝えようと思ったけど。

どうしても身体が――――二本の足が、動いてくれなかったのだ。

『銀ちゃんと、顔を合わせる事が怖い』

折角の意志が、銀ちゃんの顔を見た瞬間に。

音を立てて崩れるのが、容易に想定出来てしまうから。

そんな私を見た幾松姐は、もう止めようとはせず。

『辞表』の二文字がある事を、教えてくれたのだ。

職場を己の意志で離れる際、雇用主に提出する物だと。

自分の気持ちにも、整理を付けられると思うと。

―――――これだと、思った。

私が無理矢理に押し掛け始めた、万事屋だったけど。

けじめは、けじめだから。

問題は・・・・・どうやって『辞表』を、渡すか。

散々試行錯誤した挙句、結局新八に頼む事になってしまった。

万事屋に顔を出さなくなった私を、心配して探してくれていたらしい。

銀ちゃんの事が口に出て来たって事は、事情も呑み込んでいたのかも。

・・・・今でも辞表を手渡した時の、新八の顔が忘れられない。

「とんでもない・・・・阿呆面してたアルナ」

思わず笑いが、こみ上げてしまう。

私が銀ちゃんの元を離れて、もう二週間以上が経ったが。

案外、冷静な自分がいて正直驚く。

・・・・別れって―――――こんなモノなんだろうか?

銀ちゃんに逢いたくなって、気が狂うんじゃないか。

涙が枯れるまで、流れてしまうんじゃないか。

あまりのショックで、寝込んでしまうんじゃないかって。

あんなに好きで好きで、堪らなかった筈なのに。

銀ちゃんや新八、定春と一緒にいた時間が楽しかった筈なのに。

どうして・・・・・こんなに、落ち着いていられるんだろう?

「―――――女王さん?どうかされました?」

背後からの優しい声色に、我に返り振り返って今の雇用主に返答をする。

「ううん、何でもないよ。そよちゃん」

見下ろしていた城下町を遮断する様に、後ろ手で障子を動かした。



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